遅刻した時計ウサギ - 29th December

 キラキラしたカケラを拾い、周りを見回しても。やっぱりあおむしはどこにもいなくて。


「ありゃりゃ、蝶になったらまた世界は違っただろうに」


 なぁ? とラビは無作為無秩序青いフラミンゴを振り返る。


 ——きょとん。


 やっぱり無作為無秩序青いフラミンゴはそうやって首をかしげるだけだ。


「ありゃあ、これって?」


 少しばかり糖蜜でベトベトしたカケラを郵便袋に入れつつ、ラビはそのきらきら光る水たばこのかけらたちを眺め見る。


『きのこの端っこ、右のほう』


 カケラが糸と絡まって、小さな文章になっている。

 これは、あおむしのヒントだろうか?


 言われるがまま、キノコの周りをぐるりと回り。おそらくあおむしが座っていた真正面から見て右のほうの端っこをつまむ。


「食べろってか?」


 毒々しい色味にうへぇっとなりながらも、ラビはそのきのこをえいやっと口に放り込んだ。


「おやおやおやおやぁ??」


 ぐんぐんと小さくなったラビは、あっという間にきのこの下へ。


「よかったぜ、服や鉄球、ピアスなんかがそのまんまだったら、オイラ潰れて死んじまうよぅ」


 身体のどこを眺めても、そのまんまの比率で小さくなっている。


 ——こつん、こつん。


「おい、やめろって。お前もさっさときのこをつまんで来いってんだ!」


 ラビをいつもの調子で突こうとする無作為無秩序青いフラミンゴは、もはや大怪獣さながら。ぎゃぁあっとその嘴から逃れようときのこの下へと潜り込めば。


「……ドア?」


 そこに一つのドアを見つけ、ラビはゆっくりとそこを通り抜けていった。




♠︎♤♠︎♤♠︎♤♠︎♤♠︎♤




 扉を抜けると、目の前には眩いエメラルド色をした森が広がっていた。

 エメラルドというのは決して比喩ではなく、木の幹も、枝も、葉も、地面も全て、エメラルドの色。所々、ターコイズブルーといったところか。


 がさがさがさっ――。


 近くの茂みで大きな音がした。

 木々をかき分け、へし折り進んでくる音だ。


「……何か来る!?」


 ラビは咄嗟に鉄球の鎖をその手に握りしめ、草むらを睨みつけたまま身構えた。


 がさがさっ、ざざざざざざざざっ――。


 草木の揺れ方からして、かなり大きな〝何か〟が真っ直ぐこっちへと向かってきている。

 

 森の奥から出てきたそれは――。


「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああっ」


 絶叫。物凄い叫び声がこだました。


 ……あれっ?

 叫んだのは、オイラじゃない。


「おっ、オィ……」


 拍子抜けしたように、ラビの耳がへにょんと垂れた。


 喉が張り裂けんばかりの叫び声を上げ、そこにうずくまっていたのは——。

 森から出てきた奴の方が、まるで怯えたように頭を抱えているなんて誰が予想しただろう。

 

「ごめんなさいぃぃぃぃぃぃぃ、僕、僕、悪い事していないから撃たないで! バッグにしないでぇぇぇぇえぇぇぇええ」


 ただそれは、怯えているにしてはやけに大きすぎる図体の、大きな大きなワニだった。


 ワニは基本、水辺にいる肉食の爬虫類。ゴツゴツして大きくて、牛や馬でさえあの大きな顎で噛み砕いて食べてしまう……、なのに。


 ラビはその、全く演技には見えない怯えように戸惑い、声をかける。


「なんでそんなに怯えているんだ? ってか……喋れるのか?」


 近づくと更にデカいと思った。その短く太い前足で怯えたように顔を覆っているが、ラビを一口で丸呑みできるだろう、それくらいの大きさだ。

 ワニの躰には、この森の景色のように鮮やかなターコイズの模様があちこちに斑に入ってる。ゴツゴツした岩のような肌、たぶんこの太い尾で殴りつけられたら一発であの世逝きだ。ちょっと、これ以上はなんだか近寄りがたい。


(うーん、でも。本気でオイラを怖がってるのか? 反応がまるでガキみてぇだ)


 ラビはトコトコと、うずくまるワニに近寄っていく。


「えっと、あの……ワニ……さん? でいいのか?」


 距離一メートルもない、その近さまで寄ってもなお顔を隠してビクビク震えている大きなワニに声をかけてみた。

 恐る恐るワニはその前足を顔からどける。チロッと金色の目がラビを見た。


「うっ、うわぁああキミなにっ? だれっ? おばけ?」


 ラビを見た瞬間、その巨体がズシンと音を立ててひっくり返った。


「失礼な……オメーも大差ねぇじゃねーかよ」


 フンッとラビはワニを睨んで鼻を鳴らす。それを見たワニはまたごめんなさいと謝った。


「いや、別に謝らなくても……」


 縮こまってまだビクビクしているワニにそう声をかける。

 おずおずと、ワニは体勢を戻してラビをゆっくりと眺め見た。


「うわっ、うわ。ニンゲンじゃないの? でもキミ、ここにきたってことは……新しいロストボーイなのかい?」

「ロストボーイ?」

「そうさ」


 ワニもこちらを敵じゃないと判断したのだろう、今度はきちんと起き上がり、首をもたげると、目線をラビの高さになるように合わせて話し出す。


「大人にならない子供達の事だよ。この森の奥にね、いつも集まっているんだ。時々そのメンバーが入れ替わっちゃうから、新しい子かと思ったんだけど」


 ワニはキョロキョロと、その金色の目でラビを品定めするように見ている。


「でも、違うのかな? ニンゲンじゃないのはわかるけど、キミは一体なぁに? それに金色の鱗粉の匂いがしないなぁ。新しい子が来ると必ずその匂いがするから、すぐにわかるんだけどな……」

「はぁ……?」

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