17th December
「で? なんだって?」
あおむしは今の話をまったく聞いてないかのようにそう続けた。
「だから、たばこ、やめりゃいいんじゃねーの?」
ぷかり、ぶわぁああと糖蜜と花の香り、そしてタバコ葉の煙がラビの頰をかすめていく。
「それは、どうして?」
自分が聞きたいことに対しては多く話すのに対し、投げかけられたら途端にみじかい返事しかしないらしい。
「どう聞いたって、お前のソレは喘息の咳だ。たばこはやめるべき、違う?」
「ちがうね」
即答かよ。思わず行儀の悪い言葉や舌打ちが出そうになったのを、ラビはすんでのところで堪えてみせた。
「第一、オイラはヘンリーでも、リチャードでも、ギーガーでもマイヤーでもないし、オズボーンでもレノンでもない」
「だから?」
またもやみじかい返事に、心底うんざりしそうになりながら、それでもラビは根気よく話を続けようとしてみる。
「じゃあ、聞くが。お前の名前はなんなんだよぅ、
「どうして?」
ああ、振り出しに戻っちまった。
ラビは気まずそうに後ろを振り返ったものの、
「なんで、たばこを吸うんだ?」
今度は方向を変えて、そう問いかけてみる。
あおむしは数度水たばこを吸い、再びごほごほと咳き込みながら、口を開く。
「そりゃあ、わたしがあおむしだからだよ、だろう?」
「だろう? じゃねーよ」
ごっほごっほと再び咳き込むあおむしの背中をさすろうと近づけば、その多くの手がずいっと伸びてそれを阻んだ。
「きのこの上に乗った、あおむし。水たばこ、あおむし、それなら水たばこを吸わなければわたしはわたしではなくなってしまう」
「……どうして?」
今度はもはやラビの方がみじかい返事で問いかけてしまう始末だ。
「こんな状況、こんなわたし。わたしがわたしであるという証明は、水たばこを吸うあおむしであるということに他ならない」
「でもそれじゃ、一生たばこ吸うことになんじゃん? 蝶になるのに?」
「……蝶は蝶、わたしはわたし」
「でもサナギになって蝶になって、そしたらそれは、お前じゃねーのか?」
今度はあおむしが顔をしかめる番だ。
「自分が自分じゃないものになるのは嫌だ、そうは思わんのかい」
「さぁね」
ごっほごほごほ。
咳はひどくなっているように感じた。
「だって、変わらないものを怖がっても仕方ねーって、オイラ教わったんだ。オイラだって、何百年の間にそういえば変わったんだなって、それで思い出したんだ」
ゲホッ、ごほごほごほごほ。
「お、おい、大丈夫か、ほんとのほんとに、休んだ方がいいんじゃ……」
あおむしはそれでもパイプを吸い、吐き出し、つぶやく。
「なぁ、ヘンリー・リチャード・ギーガー・マイヤー? 奇妙だとは、ごほっ、思わんかね? だってキミは、ゲホっ、二足歩行で、実に奇妙で」
「あー変かもしれんね、でもオイラはいいんだ、これで」
「わたしは! げほげほっ! ちっともよろしくないっ!」
何が逆鱗に触れたのか、ラビにはちっともわからない。
でもあおむしは急に糸を吐き散らしながら怒り出してしまった。
「しらない! しらん、あーしらん! きのこのヒミツだとか、バラの花束だとか、皆みぃんなうるさいんだ!」
そのときふわっと風が吹き。
バラの花輪が呼ばれたように舞い降りて。
バラの花の輪っか
ポケットいーっぱいの花束と
ハックション! ハックション!
ゲホっ ごほっ
みぃんな倒れた
「あっ!!!」
ラビが駆け寄った時には、あおむしは真後ろにひっくり返って落っこちてしまって。
はーっくしょん!!!!
残ったのは、キラキラ光る、割れた水たばこの破片。
糖蜜と、花の香りと、煙がほんのちょびっと。
「あーまったく、こんがらがっちまうなぁ」
わしわしと、ラビがその頭を掻きながら呟けば。
——がらないね。
どこかでそう、あおむしが呟く声がした、ような気もした。
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