14th December

 ブギーマンというのは、十年程前くらいからこの国に現れ始めた怪物らしい。


 国王に双子の王子が産まれた後からの話だそうで、真っ暗な夜に主に城の中にばかり現れる事、必ず王子の護衛の兵士が殺されている事から、王子の命を狙っているのではないかと噂されている。

 ブギーマンが現れてからというもの、街の酒場も日付が変わる前には全て閉められ、夜の街からは活気が消えた。

 何も城の中だけではなく、最初のうちはむしろ、城下のこの街中でもブギーマンによるものと思われる殺人が起こっていたそうだ。

 その頃は決まって被害者は女性だったというが。


 そして決まって共通するのは〝誰もその顔を見ていない〟という事だ。

 否、見ていないのではない。見た者は全て殺されているのである。


 断末魔を上げる間も与えられず、喉元を一閃。

 だから、誰もブギーマンの顔を知らない。

 ただただ、夜の闇に紛れて姿を現すという事以外は。


「なんかさー、コレだけ聞くと『切り裂きジャック』みてーだよなぁ」


 無作為無秩序青いフラミンゴは何も言わずに、首をキョトンとかしげるだけだ。


 しんと静まりかえった月夜。バケモノ達が遊ぶ夜。人の寝静まる時間、悪意と善意が混じる時刻。




♠︎♤♠︎♤♠︎♤♠︎♤♠︎♤





 しかし。

 ウーン、やっちまったぜ——。


「ウサギさん、ここから出してあげる」


 牢の外でカチャカチャと鍵を開ける音がした。



 陽の登った街にふらりと寄ったのが間違いだった。最近はずっとピュアの帰りを待って宵闇の中で蝋燭の世話をしていたから。

 あっという間にラビはバケモノと罵られ拘束され、城の地下牢へと閉じ込められていた。正体のわからぬブギーマンの蔓延る王国で、こりゃ迂闊だったな……と思いながら、ラビはそっと痛覚を遮断した。


 ——磔にでもされるかと思いきや、ポケットに入っていたグリフォンの羽を見て何か事情が変わったらしい。


 喋る知性があると思われたらまた厄介かもしれねー。

 仕方がないのでラビは次の夜が来るまで待つことにした。牢屋を抜け出すことくらいわけないからだ。


 (……無作為無秩序青いフラミンゴめ。びっくりしてオイラを置いて飛び立っちまったなぁ、あの野郎)


 今度てめーでクロッケーしてやるからな、と心の中で悪態をつく。


 

 そうやって時間をやり過ごした夜中に。

 唐突に牢の鍵をガチャガチャと開ける人影が。


 それは年端もいかぬ、声変わりもしていないくらいの男の子に見えた。


 シルバーの髪をボブくらいの長さに伸ばし、前髪は斜めに切り揃えられていた。純白のパジャマと水色の瞳が少しだけ差し込む月の光で輝くようで。

 その左の頬には、大きなトランプのダイヤのようなマーク。


「寂しかったよね、大丈夫だよ。この国からお逃げ」

「おまえ……」

「ウサギさんはブギーマンじゃないって、騎士ナイトさまが言っていたの。だから僕が出してあげる」


 一角獣ユニコーンの加護がつくのは、女児だけだ。

 それならこの子は女の子ではないのだろうか。


 いや、それよりも。


 その背後、壁際に立つ黒。

 影をべったりと具現化したような暗闇の——。


「大丈夫、守護者はIn My Defens私は守り God Me Defend神は私を守るとおっしゃいます」


 輝くようなシルバーと水色がそう淀みもなく呟き手を差し伸べれば。



Nemo me私を苦しめる者は impune lacessit必ず罰せられる


 そう黒き影が紅い光を携えたまま囁く。



 ——純潔と、純血と、悲恋が美しいのは物語の中だけさ。


 なんて美しい無垢な。そう、まるで自分の双子の兄のような。

 そんな笑みの後ろにいたのは。


 おぼろげな黒い影のようなその男の笑みはラビには分かりすぎるほど恐ろしく。拭いきれないほどの血の匂いがあたりに充満したように感じて。


 ラビは賢かった。

 残酷なまでに賢く。物分かりが良かった。


(ああ、コイツがブギーマンだ……)


 ユニコーンはライオンと違って、鎖に囚われているものなのだ。





********



In My Defens God Me Defend(イングランド語)

「私は守り、神は私を守る」


Nemo me impune lacessit(ラテン語)

「私を苦しめる者は必ず罰せられる」


これはライオンとユニコーンを模ったイングランドとスコットランドの紋章に書かれている言葉でもあります。

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