13th December

 月のにんまり嗤う夜。


 月の影からきっと視ているだろう誰かを探して、ラビはぎょろりとその血走った巨大な方の目を向ける。


「……ここは、何十年先のどこのなんの世界だァ?」


 扉をくぐると、景色が変わった。


 とげとげのついた鉄球にはめ込まれた、時計の針と文字盤がぐるぐると回ったのを見て後ろを振り返れば。もうそこには森なんて見えなかった。


 耳に繋がれた鎖に繋がれたそれは、足枷のように見えなくもない。


 事実、何百年も前に自分が繋がれていた枷だ。

 鎖が切れないので、こうして刻ウサギの歪時計を埋め込んで、それ以来ずっと持ち歩いてるシロモノ。


 月の輝く辺りはまっくら。


 どうやら時間軸までめちゃくちゃらしい。


「おぅい。何時何分何十秒? 今は一体いつなんだよゥ〜?」


 無作為無秩序青いフラミンゴはきょとんと首を傾げた。




♠︎♤♠︎♤♠︎♤♠︎♤♠︎♤




 ……どこかで大きな音がした。

 眠れない夜、騒がしい外の喧騒に好奇心が勝ってしまう。部屋の扉に近づこうとした時、少女の背後でカタリと音がした。

 すぅっと夜風の匂いがして、少女はそちらを振り向いた。


「おやおや、お姫さまは今日も夜更かしかい?」


 影のようにおぼろげで、闇が溶けたように真っ黒な外套を羽織っている。まるで、夜が切り取られて出てきたような人物が、いつの間にか少女のいた部屋の窓辺に立っていた。


騎士ナイトさま!」


 部屋にそっと降り立ったその青年に、少女は飛びつく。


「おっと」


 勢いよく飛びつかれた反動でよろけながら、青年は少女を抱きとめた。

 そして、「シィーッ」彼女の口元にそっと指を添える。


「あっ、ゴメンなさい。だって、嬉しかったんだもの」


 少女は少し声を落として、申し訳なさそうに青年の顔を見上げた。

 彼が時々こうやって少女の部屋を訪れるのは、二人だけのヒミツなのだ。


(ヒミツ?ううん、もしかしたらヒミツにしているのは私だけなのかも)


 名前も、どこの誰なのかもわからない。

 漆黒の長い髪を首の辺りで一つに括っている、オレンジというか黄色というか自分とは違う肌の色をしていた。

 どこかの文献で目にした、遠い外の国の出身なのかもしれない。

 そしてアーモンド型の綺麗な目、その瞳は混じり気のないルビーのような紅さをしていた。

 もう何年も前だろうか、一人の部屋を与えられてからほどなくして、決まって彼は深夜に少女の目の前に姿を現すようになった。

 誰かも知らないその青年を、いつしか少女は「騎士さま」と呼ぶようになっていた。


「仕方ないなぁ、じゃあ今夜もキミが眠るまで、何かお話を読んであげようか」

「やったぁ」

「だからホラ、冷える前にベッドへお戻り。お姫さま・・・・

「違うもん、わたしは姫なんかじゃないもの」


 青年は優しく少女を降ろす。

 少女は少し名残惜しそうにしながらも、静かに頷いて青年から離れると自分のベッドへ向かった。


「お姫さまだよ、だって女の子はさ、なんでできていると思う?」

「なんだろう……?」


  男の子って何でできてる?

  ぼろきれやカタツムリ

  子犬の尻尾

  そんなものでできてるよ


  女の子って何でできてる?

  砂糖やスパイス

  すてきなことがら

  そんなものでできてるよ


 ゆっくり語るその言葉。


 確かに、と少女は笑う。

 にいさまは剣のお稽古と、庭の虫や動物たちが好きで、いつも侍女たちに叫ばれているわ。


 優しいやさしいナイトさま。

 本当はひとつ、知ってるの。

 あなたがいつも私を守ってくれていること。


 ブギーマンの現れる夜、あなたは必ずやってくる。


 だから――。

 恐ろしいその夜も、私はちっとも怖がらない。

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