10th December

「求めるモノなんて、意義や価値なんて。もしかしたらものすごく残酷で、ものすごく悲しくて、あるいはものすごく幸福で楽しいモノなのかもしれない。だけど、それはすべて仮定だ」

「それがさっきから言っている〝つもり〟って事?」

「ご名答」


 グリフォンは己のそのライオンのような尻尾を、パタンと柱に軽くはたきつけて鳴らした。


「悲しいつもりも、楽しいつもりも、己が作り出した気分だ。言葉にして、あるいは文字にして書き出す事もできるけれど、いまだかつて誰もその姿形を目にしたことは無いだろう?」

「……」

「あらあら、ついついウミガメモドキと一緒にいる時間が長かったからか、難しいような話し方になってしまったね。まあ要は……」

「もしあんたがそう言うように、全てのモノが考え方次第で、自分の気持ち次第かもしれないのなら」


 ついグリフォンの言葉を遮って、ラビは口を開いてしまう。


「その気持ち自体、を消してしまう事も可能なのか?」


「消して、どうする?」


 真っ直ぐに、真剣な声色でラビの目をまっすぐ見つめるグリフォンの視線に、なんだか悪い事をしてしまったような気分になる。


「そう萎縮しなくていいよ、うさぎさん。私は答えは出せないけれど、うさぎさんと一緒に考えてみる事はできるから。せっかくの縁だ、今日知り合ったよくわからない誰かに打ち明けてみるというのもオツなものだよ。話してごらん?」



 グリフォンの心地良い声音に諭され、ラビはずっとずっと心に溜め込んでいた言葉を零す。

 それは、これまで誰にも言う事ができずにいた本音の一端。


「感情が時々、すごく邪魔に思う。オイラはぬいぐるみだ、血の通ってない、ぬいぐるみ。本当は楽しい事が何なのか、わからないんだ。ずぅっと昔から。皆に合わせて、その場に合わせて、笑う事も悲しい顔もできる。でも後から自分が楽しかったのか悲しかったのか、本当にわからないんだ。それってすごく出来損ないの欠陥品に思えて、すごく嫌で——」

「うさぎさんも、自分自身を足りないモノだと思っているのかい?」

「うーん、わかんねー。だって初めからいろんなものが足りねーから。仮にオイラが居なくたって、世界も人間にも誰にも影響はないし変わらねーのかも。楽しい事なんて欲しくない、どうせ失くす時に倍以上の悲しさがやってくるから、それなら跡形もなく消えた方がラクなのかもしれない」

「誰が居なくなったとしても世界は変わらないよ。ただそこに明日がやってくるだけさ。消す事がうさぎさんの本当の心からの望みなら、それもいいだろう」


 でもさ、とグリフォンは笑いながら首を横に振った。


「キミの言う消えるという短絡的な発想も、まあかまわないだろうさ。どうせ消えた後の世界をうさぎさんが見る事なんて無いんだからさ」


 そう言って、同意を求めるように反対側にいるウミガメモドキに目をやる。


「はたしてはたして、私は生きる事と泣く事と考える事に必死で、いっぱいいっぱいだった。消えたい死にたい食べられたいなどとは、ハナから思いもしておらんよ」

「生きていると、やる事がそりゃあ山ほどあるからね。生きたいと思うと余計に」


 そう言って、またこちらに視線を戻し、グリフォンは尻尾をパタンと鳴らした。


「生きる事、に必死になってみたかいうさぎさん? 諦めた〝つもり〟で逃げてはいないかい、目を逸らしてはいないかい? 絶望した〝つもり〟になってはいないかい?」


 欠けたつもり、の大先輩から。

 これはほんのちょっとだけの肩の力を抜いて歩けるアドバイスさ。


 そうグリフォンはゴロゴロとした声をラビに降らせるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る