9th December

「ワタシは全てのモノにおいて、結果、統一された唯一無二の提示を求めている。はたしてはたして。故にワタシが問いをもたらすならば、それは全て数式と同等の定義とされるのだ」

「じゃあウミガメモドキよぉ、その唯一無二という定義は一体どこからくるってんだよ?」


 ラビは反射的に、彼の言葉を飲み込んだうえで言葉をそう返した。


「そりゃ世界にあんた一人だけなら、イコールのモノはひとつしか無いだろうけど。あんたが例えば全知全能だとでもいうのなら、話は別だけど」

「〝全知″など存在しない。言い切ろう。全知だと自覚した時点で、その者は一秒後には全知で無くなってしまうからだ。はたしてはたして」

「全知で無いのなら、どうして〝唯一無二〟の判別がわかるのさ。それは唯一無二じゃなく、逆に誰もが知るような〝その他に候補の出てこない納得のいく解答〟じゃねーの?」


 ああ、オイラも大概偏屈なのかもしれね。舌を出してやや呆れたような表情をしながらラビは思う。


「ほほう。そこのイキモノモドキはなかなかに口がまわるようだな。はたしてはたして」

「意味論と解釈を突き詰めてもどうしようもねーんじゃねーの? 個々で何通りもの違う受け取り方をするのが生き物だ。そもそも何かの意味を遡った語源を調べてみると、まったくもって違う意味のモノからきている場合もあるじゃんか? それはあんたの言うイコールからとは、かけ離れているんじゃないかと思うんだがよ」

「なんとまぁ! ウミガメモドキに言い返しているよ! まったくまったく、訳が分からない」


 頭上にいたグリフォンが、くぅーと伸びをしながら言った。


「俺も大概捻くれてっけど、ソイツの言い分は議論でも正論でもなく、ただの哲学のようなものだと思っただけだよ」


 面白そうな顔をしてこっちを見ているグリフォンにそう話す。


 ——さて。


 こっちを見つめ、まだ何かを言いたそうにしているウミガメモドキを見る。

 そういえば、この生き物はいつもこの柱の上にいるんだろうか? そもそも、こんな水気の無い場所にずっといて大丈夫なのだろうか? 海ガメなのに。


「でも不思議だな。オイラの知っている物語に出てくるウミガメモドキは、確か海辺に居たはずなのに」

「岩棚だろう? いや、海岸でもいいか」


 グリフォンが答える。


「〝つもり〟なんだよ、ニンギョウモドキのうさぎさん。ウミガメモドキは海亀モドキなんだから。海ガメのように、水辺に居なくてはいけない〝つもり〟で生きていたのさ」

「はたしてはたして、グリフォンが言う通りだ。ワタシ達は組み合わせの生物として存在しているが、足りない生き物のように扱われる。結局、ワタシは海ガメとしては存在できなかった。1+1+1は3であるはずなのだが、ワタシ達は1以下の生物としての扱いを受けるのだ」

「それも〝つもり〟だ、ウミガメモドキ」


 グリフォンが少し諭すような口調で言った。


「キミはあの大きなため息と涙の粒をようやく出さなくなったというのに、まだそんな事を口にするのかい」

「泣いていた? じゃあ海辺に居て泣いていた、お話の中のウミガメモドキはあんたなのか?」


 ……スープにされるのが辛かったってか?


 ラビの言葉にウミガメモドキは唸った。


「はたしてはたして、時代は流れる。海ガメのスープなんぞ、今となっては遠い昔、書物の中の〝今〟でしか語られない産物になってしまった」

「んー。この世界の事は知らねーけど、少なくとも今や大多数の国や世界では海ガメを勝手に獲って食べたりしたら、捕まっちまう世の中になったけどな」


 まあ、でも。


「良いと言われたって、オイラはこいつをとっ捕まえて捌く気分にはならねぇけどな」


 ウミガメモドキはまた唸った。


「ほらほら、まったく。そうやって〝悲しいつもり〟になるんじゃないと、いつも言っているだろう?」


 自身の片方の翼を持ち上げ、反対側に居るキメラを指差すようにしながらグリフォンが呟いた。彼はふぅ、と少し呆れたようにため息をつくとまたラビの方に向き直る。


「さっきキミとウミガメモドキが理論的な会話をしていたけれど、私からは……そうだな、仮定的な話をさせてもらおう」


 ラビは頷く。身体は大きいし見た目は獰猛そうだが、こちらのグリフォンの方は比較的話を聞き入れてくれそうな優しさが、さきほどからの会話で感じ取れる。


「そもそも世界には、基準なんてモノは無いと私は思うのさ。唯一無二、なんて話をキミ達は先ほど交わしていたけれど、逆に私からすれば物事なんて唯一無二でしかないつもりさ。同じモノばかりが並ぶ世界なんて、何て言うか……〝作られた〟世界じゃないのかい? 全部が全部、唯一無二のモノなのに、でもだからこそ相手の〝唯一無二〟を欲して皆争うのかもしれないね。自分の唯一無二を見出せないからなのかもしれない」


 逆もしかり、とグリフォンは呟く。少し遠い目をして。


「唯一無二の価値を求めるクセに、唯一無二を迫害するのも知性を持った生き物、例えば人間とやらもそうなのだよ」


 そう、寂しそうに言った。

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