8th December

 ドードー鳥とは反対方向へラビは歩き出した。

 たまに振り返っては確認していた、ゆっくりと遠ざかる彼の姿がやがて見えなくなる。それから更に歩き続けると、それまでずっと横に続いていた白い壁が途切れ、金の縁で彩られた大きな石の扉の門が現れた。


(これは……どう見ても門だよな? 開くのか?)

(しっかしデケェな、オイラじゃ開けられねぇ……。門番とかいねーのかよ)


「……あらあら、イキモノモドキがやってきたようだよ」


 急に頭上からゴロゴロとした声が降ってきた。

 顔を上げれば、その扉の柱の上にライオンの身体と鷲のような頭と翼を持った生き物が狛犬のような格好で腰をおろしているのが見える。


「違うぞグリフォン。それを言うならその子はニンギョウモドキじゃあないか、はたしてはたして」


 別の声がした方を見ると、反対側の柱の上にブタの頭にカメのような身体をした奇妙な生き物が居て、こちらをぎょろりと見下ろしていた。

 これはまた、珍妙な——。いわゆる混合生物キメラというやつか。


「モドキモドキって、オメーらおでんにして食っちまうぞ」

「あらまぁ、これまた口が悪いときたもんだ。カワイイモドキのイキモノモドキだな」


 先ほど、グリフォンと呼ばれていたキメラが、ラビの言葉に少し呆れたように翼を広げながら答えた。


「だからグリフォン、キミの考えはいささか単純だと常々言っているじゃあないか。今のキミの発言をワタシ流に訂正しよう、ブサイクモドキのナマモノモドキだ、はたしてはたして」


 ぷかぷかと口から泡のようなものを吐き出しながら、もう一方の生き物がそう言った。


「あのよ、この門を通りたいんだけどよ……」


 ラビはその柱の上にいた生き物の顔をそれぞれ交互に見ながらそう言った。


「はたしてはたして、それは許可の申請かい? それともワタシへの問いかけかい?」


 ぷかぷかと、ブタの頭をした生き物の方がラビを見て口を開く。

 うん、どうやらこの「はたしてはたして」と繰り返すのが口グセらしい奇妙な生き物は、どこかで見たことが……と記憶をほじくり返せば、どうやらかのウミガメモドキのように見えなくもない。


「〝許可〟の方を希望するけど……」

「ふむ。希望とは如何なるものだね? 貴殿の〝望み〟の方かね、それとも観測的な用法での方かね? はたしてはたして」

「オイ、ウミガメモドキよ、このウサギモドキは生物的な雄である確証はないぞ。それでは「貴殿」という言葉の〝殿〟はおかしくはないだろうか?」


 まったくもって不思議だ、とでも言うような表情でグリフォンが口をはさむ。


「いやもう、お前らのその会話の方がおかしくて珍妙でトンチンカンだぜ……」


 そのまま二体だけであれやこれやと論議を始めてしまった様子に、これはまた長くなりそうだな……とラビは思う。


「オイオイ、ちょっと二人の世界でいるとこ悪いんだけどよ、とりあえずオイラは今この扉の向こう側、つまり城壁の内側に行きたい。見たところお二人さんは門番か扉の守護者のように見えるんだが。この頑丈そうな扉、開けてくれねぇか?」


 二体の議論に割って入ったラビの言葉に、ふむ、とグリフォンが小さく唸って対の位置にいるウミガメモドキを見た。そしてまたラビの方へと視線を落とす。


「扉を開けることができるのはこの私だ。しかしだね、門を通るその可不可を出すのはそこにいるウミガメモドキの方なのだよ」


 ゴロゴロとグリフォンはまた喉を鳴らした。

 やはり予想通り、もう一体の方はウミガメモドキだったらしい。


「ちっ、メンドクセーなモドキだなこりゃ」


 二体のキメラを一瞥して、ラビが舌打ちをする。


「スフィンクスみたいに謎かけでもするのか? 間違えたら食べられるのはちょっと……ってかすげー嫌だけど」


 グリフォンの大きな嘴と鋭い牙を見て、かなり嫌な予感がしながらラビは言う。


「謎かけ? そんなものはしない。そもそもなぞかけに答えなど無いのだ、きゃつめはトンチをきかせた只の数式と一緒なのだからな。はたしてはたして」

「数式なら答えってのは必ずあるはずだろうがよ?」


 反対側からそう声を下ろすウミガメモドキに、ラビはそう返す。まるでこの会話自体が、ロジカルな揚げ足取りのようだ。


「〝答え〟とは如何様なモノか、とワタシはまず問いたいのだ。答えとは解釈であり、一様に統一されていないモノであるのだ。しかし数式とはイコールだ。対等であり、導き出されるモノは唯一と決まっている。つまりイコールを隔てて両者はまったくもって同じなのだ。はたしてはたして」


 ぷかぷかとまた泡をシャボン玉のように吐き出しつつ、ウミガメモドキはゆったりとした口調でそう言った。

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