7th December
ハンプティダンプティの言った通りに、ラビはひとまずその壁沿いを時計回りに歩くことにした。
時々、また誰かいないものかとその壁の上を見上げるのだが、声をかけられることもなく、丸い物体どころか何の影も見当たらなかった。
またそうしてしばらく歩いた。たが色んな昔話をしてくれた。
「ん?何だありゃ」
目を凝らすと、遥か前方に何かが動いているのが見える。
「こっちに向かって……きてるのか?」
とりあえず立ち止まってはみたものの、その遠くに動く物体はなかなか近付いてはこない。用心しながらこちらも再び歩き出してみると、程なくしてそれが何なのかわかるくらいに近づいた。
「何だありゃ……ダチョウ? みたいなガチョウ?」
そう、大きさはダチョウほどもある生き物がこちらに向かってきている。しかしどう見ても、その首の太さに足の短さとフサフサの毛並はダチョウのそれではなかった。
ああ、ドードー鳥だ。そう理解した頃には、ちょうどそのドードー鳥とかち合うことになった。
ていうか、でかっ。
「やあ、こんにちは。君、どうして逆走なんかしているんだい?」
「逆走? この道には向きがあんのか?」
「向き? 何を基準に〝向き〟と言うんだい? ボクがこちらから走ってきたから、対してあちらからやってきた君は逆走であろうに」
……そして例外なく、出逢う奴はトンチンカンだった。
なるほど歩くよりも遅く感じるようなスピードで前からやってきたドードー鳥だったが、彼にとってはこれが全力疾走らしく、ゼェゼェと息を切らしている。
「なんで走ってたんだよ?」
「そりゃあ、コーカスレースをしていたのさ」
「コーカスレース? ……でもよドードー鳥、オメー以外に誰も走ってねぇじゃねーか」
辺りをキョロキョロと見渡し、ラビは言った。
「他の皆はボクの遥か後ろを走っているのさ。もしくは、遥か前方とも言うがね」
いや、前か後ろかでだいぶ違うと思うんだけど。順位とか。
あーでも。そりゃちょっと違うんだなァ。こいつがやっているのはコーカスレースなんだもんな。
ニヒヒ、と大きく笑い、コーカスレース! とラビが呟けば。
コーカスレース! とドードー鳥はもう一度大きな声で言った。
「おや? キミももしかしてコーカスレースに参加しているのかい? だけども、それならもうとっくにゴールしちゃっているじゃないか」
ドードー鳥はブルブルと首を振って汗を飛ばした。
「うーん、ボクはちっともまだまだゴールできないや」
どうしたらいいと思う? そうドードー鳥は木の幹のような首をかしげる。
「なぁドードー鳥よぅ、お前レースでこの城壁の周りをずっと走ってんのか?」
「そうともそうとも! 皆でゴール、皆が一番、それがこのレースのルールなのだからね」
みんなでゴール、みんなで一番。
順位をつけるかけっこやレースで、ビリッケツが可哀想だからと「おててを繋いではいゴール」なんて世界もあったっけ。
ちなみに、かの物語に登場する〝コーカスレース〟というものは、鳥や動物たちが皆して身体を乾かす為に行っていたもので、順位なんぞは初めから存在しなかったようなものなのだ。
——つまりだ。
「ここから逆走してみるっていうのはルール違反なのか? そうすれば他の皆にも会えると思うんだけど」
「もちろんだよ。常に公平で無ければルールとは言えない」
「んー。じゃあ、歩いてみたらどうだ?」
「ホウ、歩くだって?」
ドードー鳥はその大きなくちばしをパカッと開き、もう一度首をかしげた。
もちろん、きっとこれまでも全力疾走だったんだろう事は、その汗の量を見ればわかるのだが、いかんせん彼はラビの歩くスピードほどの速さでしか走れていなかった。
「そう、歩けばきっとオメーの仲間は追いつくか辿り着くかするだろうし。歩けばその汗も引いているだろうから皆で一緒にゴールできると思うんだ」
「ヨーホホホ!」
ラビの言葉を聞いたドードー鳥は嬉しそうに、その短い翼をパタパタさせた。
「いかにも! ナルホドだ! ホッホウ、うさぎさんは実にかしこいのだね」
「いや逆に、どーして今までオメーはそれを思いつかなかったのか、聞きたいくらいだけどな」
呆れ気味にそのつぶらな目を見上げる。
「ホホホ、いいぞ。とても機嫌が良い。今すぐ走り出したいくらいだ!」
「だから走ったら、そのレース終わんねぇんだろーが」
オイオイ、と呆れたようにラビナズが口をはさむ。
「よーし、そうと決まれば! 一刻も早く、だ。ゆっくりゆっくり歩くとする。ありがとう、うさぎさん」
そう言うと、ドードー鳥は先程出逢った時よりも更にゆっくりと、おしりをふりふり歩き去って行った。
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