6th December

 グシャッとも、ばしゃんとも取れるような音を立てて、落ちたハンプティはそれきりピクリとも動かなくなった。


 タマゴの中身が零れ出し、地面をみるみるうちに濡らしていく。

 あっけない、あっけない。一番嫌いなこの瞬間。


 カタチあるものが、壊れるのが嫌い。

 直前まで存在していた何かが、崩れ去るのが嫌い。

 掌を返すようなその現実が、恐ろしくて、嫌いで嫌いでたまらない。


 

 ハンプティダンプティは割れるもの?

 ハンプティダンプティは丸いもの?



 いやいや、ハンプティダンプティは〝元には戻らない〟ということだ——。


「なるほど。キミの言う〝割れる〟ということがどういう事なのか、よくわかった」


 ハンプティダンプティの少し落胆したような声が聞こえて、ラビはため息をつく。

 だけども、"嫌い"を並べて生きていくわけにもいかないのだ。


「そう怯えるでない、ウサギらしきものよ。後には引けない状態になってしまったわけではあるが、割れるという事を知れたのだ。知りもしない先の事を恐れ不安がり、やろうともしないままではもっとバカをみたであろうよ。んーむ、しかし」


 今の状態に果たして口があるのかどうか、ラビには全くもってわかりかねたのだが、ハンプティダンプティの大きなため息が聞こえてきた。


「私が先か、ニワトリが先か、これはまた途方もない考えにブチ当たってしまったようだ」

「……自分が割れたことなんてこれっぽっちも気にしちゃいねぇってか」


 はぁーっとあからさまに息を吐けば「そうだ!」とハンプティダンプティの声が響く。


「私もウサギらしきものの問いに答えねばならぬのだったな。今の私に腕と呼べるものが無いので指差す事が出来ず残念極まりないのだが……、ともかくこの城壁沿いに歩いていくが良い。長く巨大なこの城壁の内側はとある王国だ。何の為の城壁か、何という王国なのか、それは知らん。何故ならば私は城壁の上に腰掛けていることが役目であったからだ。しかしながらこの城壁沿いを行くと、王国に出入りできる門に当たるらしい、そこまで行くと良いだろう」

「一国の城壁って、だいぶ広くねーか? 方角は?」

「それは問題無い、門がいくつ存在するかは知らないが」


 知らねーのかよ、とラビナズが小さく突っ込んだ。


「太陽の沈む方角へ進めばよい、と昔ここを通った旅人に聞いたことがある。それを頼りに行くといい」

「サンキュ、ハンプティダンプティ。ところでその・・・・・・」

「ああ、何、私の事なら気にしなくていい。考え事が増えてしまったからな、どちらにしろこの場所を動くつもりもない」


 割れてしまった彼をどうしようかとラビは考えてもいたのだが、オッケーと頷く。


「じゃ、元気でな」


 そう語りかけ、割れた卵のカケラからひとつ、時計のカケラをすくい取る。

 もうハンプティは返事すらしなくなっていた。


「やっこさん、もう自分の世界で考え事さ」


 首をかしげる青いフラミンゴにそう語りかけ、郵便袋にカケラを放り込む。 



「あぁ! しかしまた謎ができたぞ! 何色の虫であればよかったのだ!」


 少し歩いたところで、そう後ろから声がしたのだが、そのままラビは耳に繋がれた鉄球のような時計をずりずりと引きずり、歩みを進めていった——。

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