5th December

「私に問いかけるというのなら、私からもひとつ問いかけさせてもらおう」

「勝手にしやがれ」


 問うと言う割にはあまりに尊大すぎる態度に、内心呆気にとられながらラビは返事をする。

 それに対するハンプティの問いはこうだ。


「ヘクタープロテクター、とは何者だとお思いになる?」

「ヘクタープロテクター? あー、うん」

「ほう、知っているようだな。そう、かの崇高なる詩の中に存在するヘクタープロテクターについてだ。私は四六時中この不思議な詩の事を想い、考えているとココから動くことができないのだよ。さてキミはどう考える?」


 ヘクタープロテクターとは、マザーグースの詩のひとつ。訳も解釈もきっと何パターンも出されているだろう小さなお話だ。


(通常、物語も世界も夢も、お互いの世界を感知しないはずなのに……。こりゃHumpty DumptyとHector Protectorの世界が癒着しちまったか)



 さぁさ、ヘクタープロテクターは緑色におめかし。

 そして女王様のところにご挨拶、

 でも女王様はヘクターがお嫌いなんだ。

 そして王様はもっと嫌っているという。

 ……ヘクタープロテクターは送り返された。



 ……簡潔に言うとこんな詩だ。

 こちらもハンプティダンプティ同様、ヘクタープロテクターの正式な正体はどこにも記されていない。


「〝豆〟って解釈が多いぜ、いろんな本なんかにも書かれてるし。グリンピース食べたくないからやり取りする、みたいな」

「しかしそれは、ウサギらしきものの主観ではないのであろう? どこかの文献で読んだことがあるというような発言をしたが、つまりそれはその文献の内容を鵜呑みにした上での発言であって、故にウサギらしきものの意見を聞いたという事にはならないのだ」


 ハンプティは不服そうな表情を浮かべ、またぐらぐらと揺れた。


「……オイラはいつでもフライパンとケチャップを取り出す用意はできてるぜ? たまごやろうが」


 ラビはその左の大きなギョロ目を更に血走らせる。


「私はキミの主観を聞いているのだ。ウサギらしきものよ」


 ラビは観念した。

 物語も詩も、童謡も。こちとら何百年ひとりきりで読んだと思ってる。


「〝あおむし〟だと思ってたよ」


 唐突なラビの言葉に、ハンプティは「ほう、新しい意見だ」と言って頷いた。


「モンシロチョウやアゲハの幼虫とか、な。ホラ、すごく青々しくなるだろ? でも女王様も王様もお城育ちだから、どんなにおめかしして奴らが鮮やかな緑色になっても気持ち悪がって嫌っちまったのかなって」


 答え合わせなんて無くて。誰が書いたのかもわからない詩が沢山詰め込まれていて。マザーグースとはそういうものだと思っているから。


 やる気なさそうに過ごして夢なんか見たくない、希望なんてあるもんか。


 いつも心からそう思ってもいるくせに、本当はずぅっと昔から本も童話も大好きで。その世界に埋もれちゃうくらいおとぎ話が大好きだったのに。


「それは良い! 新しい! 誠に新しい意見だ!」


 ラビの考え事は、ハンプティのとても興奮した声と拍手で中断された。


「ウサギらしきものよ、私は今その答えを私の中の真の答えと認めよう。いや傑作だ! これで私も何処かへと歩いていくことができる」

「あっ! おい! 待てって……」


 嬉々揚々とその場から腰を上げたハンプティダンプティは、自身のその球体の身体によりぐらりと傾き。


 そして……真っ逆さまに下へと落ちた。

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