30th November

 真っ暗——。

 目を閉じているのか開いているのかさえわからない。

 暗いというよりも、これは黒、闇だ。視覚聴覚、五感の全て奪われた……。否、それらが全て溶け出してしまったような世界。


 どれくらいの間そうしていただろう。ここに来てからどれくらいの時間が経ったのかもわからなくなってしまうような、何もない闇。

 "無"ともいえるこの空間では、逆に時間という観念の方が野暮なのかもしれない。


「それは無ではなく、無限、または有限とも——」


 黒が反転して白になり、やがてその空間は透明に。

 そしてまた黒、真っ暗。その中に幾つもの蝋燭が灯った。


「うーん、だからよ? オイラは別にあんたらの言葉遊びにもゲームにも付き合うつもりはなくってだなぁ」


 蝋燭が揺れると、ぞわりとその毛が逆立った。


「ラビ、知ってるかい? 世界の狭間でゲームを止めてはいけないよ」

「……」


 声の主の姿は見えず、ただ蝋燭の火がゆらゆらと揺れるだけだ。

 ラビは炎の揺れる、その先の影をただじっと左右の大きさの違う目で見つめる。


「こらこら、そう言ってやるな。無限の中に止めるも止めないもないじゃろうが」


 HO-HO-HO! と黒い空間にもう一つの声が響く。

 白に変わり、黒に変わり、また辺りは蝋燭の灯る暗闇へ。


「お偉いさん勢ぞろいってことかい?」

「いんや、ワシと彼だけじゃよ、今は……のう?」

「……そうだね。ははっ、ラビも今度は一緒にゲームをしよう、退屈なんだ。ただ世界の横に在るっていうのはさ」


 ——オセロ、って知ってるかい?

 ——白と黒、黒と白、挟めばその色に染まるんだ。

 ——最後に多く残った色の方が勝ち。ほぉら、シンプルで呆気なくて、まるで何か・・のようでさ……面白そうでしょう?


 笑っているのに、その声は笑っていない。

 揶揄からかうような、それでいて抑揚のないその声。男のようで、女のようで、心の底から楽しそうなのに、心の底からつまらなさそうな。


 ア・バオ・ア・クゥー。

 人は彼を世界の影とも言うし、幻獣とも呼ぶ。悪魔とも呼称するし神とも畏れた。

 だけども、彼の真の姿を見た者はだぁれもいない。


 ただ、彼はこの。

 世界と世界を繋ぎ、留め均衡を保つこの狭間に、ずぅっと昔から存在している。


「お説教という名の、世間話と戯言と、お茶会はどうだい?」


 にっこりと笑うセルリアンブルー。

 横に佇むのは恰幅の良い赤と白。


 見えない指をパチンと鳴らせば、豪華絢爛テーブルセットが宙に現れる。

 少し明るくなったその狭間の空間を眺め、ラビはため息をついた。


「なあ、一体全体。どの世界がまだ正気を保っていやがるんだぁ?」

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