4.似た者同士という事実に気が付かない。

 放課後。


 三人一緒に部室を出た俺らだったが、


「悪い。ちょっと忘れ物」


 俺が忘れ物をしたため、あくた月乃つきのに、校門付近で待っていてもらうことになった。

 忘れ物と言っても大したものじゃない。


 作品の設定やなんやらを、思いつく限り書いていくメモ帳だ。


 作品と言ったがそれはあくまで方便で、実際は作品としての形にすることはないし、全ては妄想の産物でしかない。形にする気があるかと言われれば間違いなくノーだ。


 じゃあ何故そんなものを作っているのか。


 それは俺でも分からない。


 あの日、口論をした春菜はるなに「そんなに文句ばっかいうなら自分で作ってみたらいいじゃない」と言われたのが未だに脳裏に焼き付いているからだろうか。


 そんなものは詭弁に過ぎないし、例え俺が天才作家だろうが、ただのオーディエンスだろうが、批評される作品の質が変わるわけなんてないわけなんだけれど、それでもその時は売り言葉に買い言葉で「そんなにいうならやってやるよ!その代わりお前もやれよ!」と、とんでもない喧嘩を売った。その言葉を春菜が覚えているとは思えないけれど。


「あったあった」


 夕日が差し込み、橙色に染め上げられた教室の片隅。置き弁の教科書が詰め込まれた俺の机。その中からメモを救出する。


 これを持ち帰るなら教科書も持って帰れと、月乃あたりなら言いそうな気がするけど、そんな脳内月乃のありがたいお言葉はガン無視して、椅子を元に戻し、室内を見渡す。


 黒板消しで綺麗に消したであろう黒板には「日直」という文字と、「月」「日」という文字だけが書かれている。


 数多くある机は個性があって、横のフックに物がかかっているうえに、引き出し部分からものがはみ出てた状態になっているものもあれば、数時間前まで誰かが座っていたとは思い難いレベルできれいさっぱり何も入ってないものもある。


 黒板とは反対部分にあるロッカーも様々だ、きちんと南京錠で鍵がされているものから、そもそも使っていないのか、何もついていないものまである。


 その横隣には、既にその役目を終えて、ガワだけが残っている掃除用具入れが立ち尽くしていた。


 いつからか、掃除用具は、廊下にある用具入れから取ってくるシステムになっていて、教室には置かないことになってしまったため、その役割を終えているはずの代物だ。


 だけど、その歴戦の勇者は今なお、戦いの余韻をかみしめるかのようにして、教室後方の守護神と化していた。


 多分、その処分を決めたり、実際にかかる費用を出すのが一苦労なんだと思う。そのくせ新校舎を建てるのはあっさりだったりと、今日もどこかで歪な構造が成り立っている。


「ごめんね?忘れ物しちゃって」


「別にいいけど、ほんとよく忘れるね」


 声がする。


 廊下の方からだ。


 この声は聞き覚えがある。春菜だ。


 別に顔を合せてもいいが、露骨に嫌な顔をして、俺を攻撃してくるに違いない。面倒ごとは避けるに限る。俺は視界に入っていた掃除用具箱に身をひそめる。意外と広いためあっさりと入れた。


 外から声が聞こえる。恐らく春菜と、その取り巻きだろう。


「あったあった……これこれ」


「それ、忘れたら不味いものなの?」


「不味いに決まってるでしょー!だって、私がこんなもの書いてるって伏せてるんだから」


「それ、なんで伏せてるのかよく分からないんだけど、なんで?」


「えー……だって恥ずかしくない?こういうの」


「そう?」


「そうだよー。青春とか、そういうの。ハズいっていうか。ねえ?私ももう、高校三年生だし」


「でも、書くんだよね」


「まあね、こういうのって受けるし。いい青春を体験できなかった大人がいっぱいいるんでしょ」


「きっついなー」


「事実よ、事実。さ、いこ?私お腹減っちゃったー」


「また?春菜は食べるねぇ」


 あははははははははは。


 そんな会話が暫く続いた後、声は段々と遠ざかっていった。


 それからしばらく時間を置いて、俺は掃除用具入れから脱出した。


 内部からの視界は意外と悪くって、春菜以外の二人は、ぶっちゃけ誰がどの言葉を発したのかもよく分からなかった。


 分からなかったけど、一つだけ確かなことがある。


「青春……書いてる……」


 分かっている。これはあくまで最悪の事態を想定してのことだ。物事は最悪を想定していた方がショックが少ないんだ。


 芥が出した仮説だって、あくまで仮説にすぎない。しかもそれは既に卒業したOGである可能性も含んだものだ。


 だけど、耳に覚えのあるキーワードが多すぎる。


 俺が好きな「だけど僕らの青春は間違い続ける。(通称『だけ僕』)」は、絵にかいたような青春に憧れた主人公が、残り少なくなった高校生活でそれを追い求めるっていう話だ。そこには青春っていうワードも、書くっていうワードも関わってくる。


 作者であるコハル先生のツイッターには、鷹崎学園の女子の制服が写りこんだ写真が載っていた。


 偶然にしては、あまりにも出来過ぎている。


「確かめるしか……ないか」


 取り合えず、方法を模索しよう。俺はそんなことを考えながら、のんびりと校門まで歩き、


「遅いぞ、コスモ」


 月乃に叱られた。言えない。完全に忘れてたなんて。

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