5.最高にして、最悪の出会い。
数日後。
「これでよし、と」
俺は早起きして、道端の電柱周りに植木鉢に入った花を大量配置していた。
なにも町内美化に貢献しようとしているわけではない。
これも全て「
ここ数日。俺は自らの主義を破り、コハル先生のツイッターアカウントをずっと監視していた。
そこで分かったことがある。
コハル先生はあくまで「コハル先生」を演じている、ということだ。
性別は女性。そして、可愛いものに縁が無く。恋愛に興味はあるものの、相手がいない。所謂「恋に恋している」という状態である。
ダイエットは時々行うも余りうまくいったためしがない。だけど、自らの外見をさらすことはしない。
所謂“映え”そうなスイーツは全て写真に収め、画像を加工して、投稿する。これはインスタの方が顕著だったが、ツイッターでもその傾向は変わらない。
これらは全て、彼女が作った“設定”の可能性が高い。
何故なら「だけ僕」の一巻あとがきでは「恋愛には興味が無い」とはっきり書いていたからだ。
もちろん、短期間で考えが変わったという可能性もなくはない。だけど、あとがきでの語りと、ツイッターでのキャラクターには、ちょっとづつだがずれがある。従って、どちらか、あるいは両方が作り物である可能性が高いのだ。
そして、彼女は「作られたコハル先生像」を再現するために利用できるものは全て利用する可能性が高い。
だからこその、この大量の植木鉢なのだ。
光景としては割と異質ではある。
けれど、配置、配色には不自然さがなく、「自治体の試み」だと言われればそれで通るレベルのものだ。そして、遠目にも目立ち、明らかに写真映えする。というか、そういう「目立つ花」を中心に選んだつもりだ。
そして、この道は、春菜が通学に使うはずだ。彼女の家は学校からそう遠くない位置にある一軒家だ。
間違いない。以前口げんかをした際に、こっそり後をつけて家の位置も確認したからな。脳内の
条件は整った。時間はまだ早い。春菜が学校に来るのは比較的遅いことを考えると、この時間に配置しておけば、きっと登校時に気が付くはずだ。俺はその一部始終を隠れて眺めていればいい。
幸いここの道は割と物陰が多い。そう言ったことには適している。時折通る通行人に怪しまれないように、腕時計とスマートフォンを完備し、待ち合わせをしている風を装う準備も完璧だ。
(さあこい……いや、来るな!)
複雑だった。憧れのコハル先生の正体があの春菜かもしれない。疑惑は疑惑のままであってほしい。そんな気持ちが強い。だって、あいつのことを尊敬は、
(来た……!)
春菜だった。
電信柱の前に立ち、暫く眺めた後、鞄からスマートフォンを取り出し、写真を撮る。そして、立ち止まってスマートフォンの操作を行う。俺もまた、手元のスマートフォンで、コハル先生のアカウントを監視する。やがて、春菜がスマートフォンを鞄にしまう。それとほぼ同タイミングで、コハル先生のツイッターが更新される。
『道端でお花を発見!誰が置いたんだろう?綺麗だな』
ちなみにこれは文字だけを抽出したもので、実際にはここに絵文字やらなんやらの装飾が一杯ついている。なんでも盛ればいいってもんじゃないんだぞ。なんならビックリマークまで絵文字だ。機種依存性が強い文体だこと。
だけど、これではっきりした。はっきりしてしまった。
コハル先生は、
「よう」
俺は物陰から姿を現し、春菜に声をかける。その存在に気が付いた春菜はというと、
「うわでた」
身体を抱えるようにして、俺と距離を取る。随分な反応だ。まあいい。
「お前、今その花を写真に撮ったよな?」
「は?それが何?」
うーん……なんとも非協力的。俺は淡々と続ける。
「そしてお前はツイッターに投稿した、そうだな?」
そこで春菜の反応が「嫌悪」から「苛立ち」に変わり、
「なんでそんなことあんたに話さないといけないわけ?アホなの?」
「別にアホではない。ただ、お前がもし語らないとしても、結果は大して変わらんぞ?」
春菜は相変わらず不機嫌を隠そうとせずに、
「何言ってんのか分かんない。私、行くから」
そう言って立ち去ろうとする春菜に俺は、
「なあ、コハル先生?」
「っ……!?」
振り返り、俺を凝視する春菜。俺は手元のスマートフォンを、春菜に画面が見えるようにして掲げ、
「道端でお花を発見、か。こんな不自然な形で配置された花なんてそうはない。咲いている花だって同じだ。それがコハル先生のアカウントに投稿されてる。時間はついさっきだ。ここまでくれば馬鹿でも分かるよな?」
それを聞いた春菜は一言、
「…………要求は、何よ」
どうやら俺がこの情報を盾にして脅そうとしていると思っているらしい。心外だ。
確かに俺は春菜に対していい印象はない。だけど、相手がコハル先生なら別だ。コハル先生はいわば神だ。崇拝対象だ。それに協力することはあっても、脅すなんてことはありえるはずがない。
だから、俺の要求なんて一つだ。
「そんなもん、ひとつにきまってるだろ」
それはつまり、
「『だけど僕らの青春は間違い続ける。』の続きを書いてくれ。また一巻みたいなキレで、な」
春菜はぽつりと、
「それって……」
はっとなり、
「cosmo……」
呟く。それは俺の名前だ。だけど、この場合春菜が想定しているのはアルファベットの「cosmo」であり、それはつまり、俺が「コハル先生」宛にファンレターを送る際に使っているハンドルネームに他ならない。
春菜がわなわなと俺に人差し指を突き付けつつ、
「も、も、もしかして、あんたの下の名前って、“うちゅう”でも“そら”でも“ひろし”でもなくて……………………“こすも”って、読むの?」
「まあ、そう読むな。一応」
肯定。
どうやら名前の読み方を知らなったらしい。それにしたって普通は気が付きそうなもんだけどな。思い込みって言うのはなかなか強力なものらしい。
春菜は人目が少ないのをいいことに、
「はぁーーーーーーーー!!!!????冗談でしょーーーーーーーー!!!!????」
絶叫。
…………それは俺の台詞だ、クソ野郎。
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