2.????「芸術家たるもの、表現は過剰だと言われるくらいでいい」

「いやだって、イメージが壊れるかもしれないし……」


 月乃つきのは未だに納得がいかない様子で、


「どういうことだ?」


 と聞いてくる。俺はとつとつと、


「いいか?仮に、仮にだぞ?あの名作「だけど僕らの青春は間違い続ける。」の作者であるところのコハル先生が変な宗教にはまってたりとか、よく分からないアルファツイッタラーに心酔してたりとか、ちょっと作画が良いだけのアニメを絶賛してたりとか、タピオカミルクティーだとかマリトッツォが流行ったら即飛びつくみたいなミーハーだったら嫌じゃないか。なあ?」


「だからなぜそこで私に同意を求めるんだ……」


 あきれ顔。おかしいな。俺はちゃんと説明したんだけど。


 あくたはその間終始PCの画面とにらめっこし、


「んー……でもそんな変な人じゃなさそうだよ?」


「ホントか?」


 月乃の「芥の言うことは信じるんだな……」という声が聞こえた気がするが、無視だ。俺は常に信頼出来るソースからの情報しか受け取らない。そういう男だ。あくたペディアをなめるなよ。


 そのなんとかペディアはさらに付け足すように、


「あー……でもマリトッツォは食べてるね」


「……けっ」


「うわ、露骨」


 なんだよ。いいだろ。作家は孤高なんだよ、もっと。流行りに飛びついてミーハーに凄い凄い言っててほしくないんだよ。分かるだろ?分かってくれよ。


 芸術家は行動も芸術品でなければならないってどこかの兄弟愛の凄いお兄様も言ってただろ。そういうことなんだよ。ちなみに彼曰く山盛りとは28cm以上の高さのことを指すらしい。これ豆知識ね。


 そんな傷心状態の俺に、芥が気になる情報を浴びせる。


「あれ?っていうかこれ、うちの制服じゃない?」


「あん?」


「いや……これ、そうだよな、多分……」


 先ほどまでスマートフォンゲームで時間を潰していた月乃が身を乗り出して、


「ホントか?」


「うん……多分だけど」


 それを聞いた俺と月乃は二人して芥ゾーンの内部に侵入し、画面を眺める。そこには一枚の画像が表示されていた。


 芥がその一部分を指さし、


「新しい服を買いましたってツイートに添付されてた画像なんだけど、ここ、見てよ。これって多分、うちの制服だよね?女子の」


 指摘された箇所は、コハル先生が買ったと思わしき服の後ろ、重なるようにしてハンガーにかけてある服だった。上から他の服を重ねているので、当然全体像は見えないし、コハル先生だってそれを意識していたはずだ。


 だけど、前にかかっている服は夏服で、後ろにかかっている服は冬服。袖の長さを含めて、どうしたって後ろの服がちらちらと見えてしまう。そしてその一部分が、我らが私立鷹崎たかさき学園の女子制服と酷似していたのだ。


 月乃はその辺に適当にひっかけてあった自らの制服の上着を持ってきて改めて見比べ、


「確かに同じに見えるな。こんなとこまで見てるなんて……こわ」


 芥は極めて普通に、


「はいはいこわいこわい。しかし、うちの生徒だったのか……」


 俺はやや前のめりになり、


「なにか知ってるのか?」


「いや、知ってるってわけじゃないよ。ただ、不思議だなって思って」


「不思議?」


「そ。だって、このコハル先生ってのはもうデビューしてて、立派な小説家なわけでしょ?それって学校側からしたら絶好のアピールポイントじゃない。我が校のOGですって大々的に宣伝に使ってもいいはずなんだよ。だけど、そんなことしてるの見たことないんだよね」


 月乃がさらりと、


「まだ無名だからじゃないのか?」


 俺がすぐさま否定し、


「無名じゃないぞ。一巻は即刻重版したくらいで、」


「狂信者のうんちくはいいから」


 ひどい。言論弾圧だ。厳重に抗議したい。


 ただ、そんな言葉を受けても芥は淡々と、


「世間的な知名度は分からない。分からないけど、確か一冊でも本を出してれば即刻宣伝材料に使ってたと思うから、重版もしてる作家を使わない理由はないと思うけどね」


「それは……そうとうだな」


 確かに。それは俺も知らなかった。必至だな、うちの学校。少子化の波がここにも到達しているのか。到達してないところなんてないかもしれないけど。


 芥はそんな俺らをよそに淡々とPCを操作して、


「うーん……流石にそれ以上の情報はないねぇ……まあ、そもそも、こんな頻度でツイートしてるような人間がそんなうかつに個人情報を漏らしたりはしないか」


 と締めくくった。

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