嵐山は妖の集落があり、ぬらりひょんの家が一番豪華だけど、煙管の臭いが蔓延してるんで滞在すんのは無理
伊吹が今、いるのは西部にある嵐山。
渡月橋を歩いている。その下を流れるのが桂川だ。
季節によって顔が変わり、見方が違ってくる。
美しい川だとこの嵐山へ訪れる際、幾度も思う。
「歩くの面倒だな〜」
途中で足を止め、橋の欄干に寄りかかった。
頬杖をつき、景色を眺めていると、
「伊吹?」
低い声が聞こえ、ゆっくりと目をそちらに
向ける。いたのは褐色肌、赤い瞳、長い茶の
背まである髪を結んでいる男がいた。
「……いや、人違いだろ、多分」
「何故目を逸らす?!」
目を逸らした伊吹の額から汗が流れている。
「じゃあ聞くが、どうしてそんな美形になった
んだよ、前会った時はもうちょっとマシな面だった
じゃんか!」
「あれから成長したからだろ!」
「否定しないのがむかつくんだけど?!」
「お前も十分綺麗だろう、伊吹」
「……は、ねぇ本気で言ってる?俺、へいへい
ぼんぼんな顔だよ? そんな風に言うのあんたか、
彼奴等くらいじゃないの? 鵺さん」
「そうかもしれないな」
鵺と呼ばれた男は、髪紐を揺らしながら足を
動かした。
「一緒に行くか、」
「じゃあ疲れたから背負っていって」
「疲れた?! お前、まだ若いんだろう」
「人間は妖より年取るのが早いんです〜」
屁理屈を言い吐いた。
結局鵺は仕方なく、伊吹を背負っていく羽目
となった。後で覚えていろ、伊吹。
と、心の中で悪態をつく。すると、ぶちっと
いう音がして伊吹の赤い髪紐が切れ、風に舞い、
桂川の方へと飛んでいく。
「あー、俺の髪紐が!」
「諦めろ」
川に落ちてしまっては沈んでいるか、流れて
しまっているんだろう。既に古かったし、
紐が細くなっていたから仕方ない。鵺は、これ以上
関わりたくないと、目を逸らした。
「あら、伊吹ちゃん、久しぶりね」
着いて早々、雪女の真白が青い着物を纏って
伊吹に近付く。冷気が漂う。まるで青女。蒸し暑い
夏なので寧ろ涼しい。冬だったら確実に凍えて
いるが。
「真白さん、相変わらずですね」
「貴方もね。伊吹ちゃんに会えなさすぎて
心も凍え死にそうだったわ」
「いや、初めから凍えてるでしょうが」
真白は伊吹に抱き着く。くっついた箇所から
体の芯まで冷えてくる。
「寒い、寒い!」
訴えても真白は知らぬ顔だ。だが、風邪を
ひいたらいけないので、体は離し、夏にも
かかわらず、熱いお茶を出した。
「あらー、それは有難う! 祭りの為にこっちに
来たんでしょ?」
「あ、はい」
「今回は私の家に泊まらない? 渡したい物がある
の。ぬらりひょんさんの家だと煙管臭くて無理
でしょ、貴方」
気遣いが出来る女性だ。彼女を裏切った男は
どうしてこんなにも心優しい彼女との約束を破った
のだろうか。それが人間の良くないところだ。
「神様、女神様~!」
伊吹は真白を抱き締め返した。寒いが、さきほど
熱い茶を飲んだので少しは温かかった。
「へ、何この子。数年で可笑しくなった?」
「いえ、こいつは元から可笑しいのでご心配無く」
「あ、そうだったわ」
「ただいま戻りました」
一度伊吹はぬらりひょんの元へ赴く事にした。
ぬらりひょんは伊吹の存在を目に留めると、
朗らかな笑みを浮かべる。
「おお、お帰り。伊吹」
その言葉を聞き、実家へ戻って来た様な錯覚に
陥る。あの時、自分を受け入れてくれたのはこの
妖達だ。それがどれだけ自分にとって支えに
なった事か。だから、ここは、この場所は伊吹に
とっては本当の意味での帰る場所だ。
「うん、ただいま」
伊吹の胸に温かいものが流れた気がした。
「どうじゃ、妖護屋は」
伊吹は練り菓子を口に含んだ。
「…楽しくやってる。従業員が一人来た
から」
「ほう、それは良かった」
「うん、今度連れて来るよ。元鬼だったんだけど
ね」
暇になればの話だが。しばらくは帰れそうにない。
忙しいし。
「鬼。酒呑童子の元にいる坊やか?」
「うん、茨木童子」
「その坊やは救えたか?」
懐紙を畳に置く。かさりと音が鳴る。
「うん、救えた。けどね、その後の依頼で
救えなかった依頼主がいた。死を望んでいる人を
生かすなんて無理な話でしょ?」
ぬらりひょんから見れば痛々しい笑みを彼は
作っていた。彼は優しすぎるから、些細なことでも
傷付く。
「それでも、お前は依頼をこなした。伊吹、
頑張ったなぁ」
伊吹は照れ隠しなのか、背中の中腹まである長い髪
を掻いたり、弄ったりした。その髪は、日に
照らされ、輝いている。
「やはり、その格好が楽か?」
「まぁね、髪紐ももうボロボロになってる
し、暫くこのままでいる」
懐から櫛を取り出し、髪を梳かしだす。
そして、耳に髪をかけた。
「それで良く女性から恋慕を向けられない
ものだ」
ぬらりひょんはぼそりと呟いた。
伊吹がぬらりひょんの家を後にし、歩いて
いると、
「お、伊吹」
紫の髪を持った男と、緑の紙を持った男が
伊吹に手を振る。
「土蜘蛛さん、鎌鼬(かまいたち)さん
かよ」
「いや、反応……」
「んで?」
「祭り、一緒に回るか?」
「なら、荷物持ちを」
「へ?」
鎌鼬は首を傾げた。
「俺と回るんだったらそれくらいの覚悟は
持たなきゃ」
そういう伊吹の顔は嫌らしい程の
笑顔だった。
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