祭りって輪になって回りながら踊るやつがあるけど正直踊るの面倒臭いから、せめてその場で回らずに踊りたい

祭り当日、土蜘蛛、鎌鼬は先日誘った事を


今更ながら後悔し始めていた。


彼等の両手には団子、握り寿司、天麩羅、


手車を持っている。その顔には疲労が


浮かんでいる。


「あぁ……誘うんじゃなかったわ」


「そうだな、女と逢引きのようだな」


「もはや、女でもねぇけどな」


「……圧倒的な馬鹿だな」


二人の息が揃う。そんな彼等を他所に


伊吹は飴細工を頬張っている。幸せそうに


している。殴りたい所だが…


「まぁ、あの顔見たらどうでも良くなっち


まうな」


「不思議だな……普段はあんなに阿呆面


なのに」


「祭りで良くある錯覚だ、そう思い込め」











疲れてしまった伊吹は川のほとりで、


休む事にした。あの二人にはぬらりひょんの


自宅へ荷物を届けてもらっている。足を


見ると、鼻緒が切れかかり、靴擦れで皮膚が


捲れている。


「普段履かない下駄履いたもんな……後で


薬塗るか……」


この痛みでは暫くは歩けそうにない。知り


合いの妖が勝手に履かせたものだ。高級そう


な見た目だが、出来れば普通の下駄が


良かったが押しが強すぎた為、結局泣く泣く


履く羽目になった。履かされたとはいえど、


借りた物なので返さなければならない。


捨て置くことは出来やしない。仕方なく、


その場に座り込む。


「どうしたんだ、お前……」


白い髪を持つ、目元、口元に赤化粧を施した


男が伊吹を一瞥し、数刻の沈黙。踵を返そう


とする。真顔で。


「……失礼した」


「ちょ! おい、待て、待て、待て!」


男の着物の裾を伊吹は引っ張る。それも尋常


じゃない程の力で。そりゃあ運良く通りかか


ってくれたのだから逃がさない他にあるか。


「痛い、痛い、首絞まる!」


「うるせぇ、おい今立ち去ろうとしたよな? 


怪我してる奴いるのに置いてこうとしたよな、


ええ? それがあの伝説の九尾かよ! 薄情者!」


そう、その白い男こそ九尾であった。


伊吹には外面だけ良い糞にしか見えなく


なったのだが。


(なんで、こいつも外面は良いんだよ、


皆、人間に化ける度、美丈夫なんだが。


てか、俺の周り、全員美男美女ばっかなん


だが。一種の虐めだよ、もうこれ)


泣くまではいかないが、本気で泣きそうに


なった。差別か、これ。


伊吹の首絞めから解放された九尾は、息を


整え、土下座した。


「反省しております。で、何で戻って来た


わけ?」


「正確には里帰り。祭りの為に……いや、


屋台の甘味の為に来ただけだから」


「本音全部出てんだけど」


咳払いを二度する。別に本音は聞かれても


いいのだが、逆にそこまで言われると恥ずか


しくなる。


「で、背負って真白さんちまで送って


くんない?」


「え、拒否するわ」


即答だった。


「やめて、即答しないで、俺歩けんのよ。


頼む、何でもしてやるから!」


この通りと、伊吹は顔の前で両手を合わせ、


頼む。


「……本当に何でもしてくれるんだな?」


数分待って返って来たのはそれだった。


「うん、本当!」


「じゃあ、妖護屋へ依頼を」











「下野国へ?」


背負ってもらい、真白の家へ着いた伊吹と


九尾は向かい合わせで話をする。


下野国は武蔵国の北に位置する。


京からは山陰道を歩いても数日はかかる


距離にある。


「どうして、そこへ?」


「……九尾の伝説。殺生石は知っている


だろうか」


「うん、前説明は省くけど宮中を追われた


九尾は那須野へと逃げ、怪異をもたらした。


そして、何人もの住民を餌食にした。


そこで、安倍泰親を軍師とした討伐軍が結成


され、討伐は熾烈を極め、とどめを刺そうと


した瞬間、九尾は巨大な石になってしまっ


た。その石は毒の気体を吐き出す石となり、


またしても人々や獣、草花をも餌食にする


事から殺生石と名付けられた」


そしてと、伊吹は続け、


「あんたがその九尾。玉藻前という女性に


化け、鳥羽上皇を苦しめた」


九尾は、今まで伊吹が話を始めてから


長らく口を閉し続けていた。


「そんで、殺生石となった筈のあんたが


どうしてここにいて、俺に依頼して来たの」


「……俺は本体が万が一の時、生きていく


為の魂を移し替えす為の器だった。だが、本体が


死に、俺は何故か自我を持った。それまで


ずっと本体と一心同体で、魂の中で、


見て来たんだ、あいつを……」


それ以上、話さなくなった九尾を見て、


伊吹は息を吐いた。


「分かった、依頼は受ける。それ相応の


報酬をくれるならな」


九尾は泣きそうな笑みを伊吹へ向けた。


「ありがとな……」










「それで、私に君達を下野国まで移動させる


労力を使えと?」


後日、伊吹は徒軌の元を訪ね、頭を下げて


頼み込んだ。


「うぅ……えっと、そういう事っす」


肯定した伊吹に徒軌は舌を打った。


その顔は人を殺したかのような凶悪さが


滲み出ている。


「うへ……」


伊吹はすっかり怯えている。自業自得だが。


「じゃあ、私への報酬として小判100枚を


要求する」


「どんな悪代官?!」


突っ込まずにはいられなかった。


「そこはお前、持って来て私が、


『お主も悪よのぅ』と言い、お前が


『いえいえ、お代官様ほどでは』と、返す


のが普通だろう」


「いや、普通じゃないからね?! てか、


賄賂送ったりしないから、そんな大金


無いから!」


どこで育て方を間違ったらこんな風になる


のだろうか。というか、どこでそんな知識を


手に入れたのだろうか。


「お前が私に言ったんだろうが。昔、幕府


のお偉いさん方から依頼を受けてそういう


場面に立ち合ってしまったと」


「偶々だから。本当に偶々だから忘れろ」


はぁ、と伊吹は息を吐いた。


「分かったけど、小判100枚以外にして」


「分かった、では上生菓子を作れ」


「うん、分かっ……ってなんで命令


口調?!」


徒軌は耳を塞いだ。


「良いだろう、お前は私の手下なんだから」


「え、いつから、聞いてないんだけど?!」


後日、結局勝手所で甘味を作る伊吹の姿が


目撃され、妖達に弄られたそうだ。








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