心的外傷の原因の物って案外身近にある気がする

郝吏兄妹の共にいた数年程の人生はそれは


薄幸なものだったという。


二人は所謂、妾の子であり、実父や彼に仕える


者達からも遠巻きにされており、蔑まれ、結局、


互いを頼るしか生きていく術が無かったという。


それでも、彼等は幸せであった。どれだけ他人に


哀れられても決して自分達を哀れまず生きていく


と、そう決めていた。妹はまだ幼く、自分が


守らなければ彼女はこれ以上の不幸にあって


しまう。だから、昼も夜も必死に働いた。


いつか彼女と二人で二人で幸せに生きて行くことを


夢見て……。


けれど、叶う事の無いものとなった。


彼が家へ帰った瞬間、見た光景は妹もいる家が火に


包まれていたのだ。笑い声が聞こえ、視線を移す


と、その者達は父と彼に仕えていた武士だった


のだ。妹が、実の子があの中にいるというのに、


笑っていた。その途端、悟った。彼等も、父も、


自分達を捨てた母も、結局は自分の事で頭が


一杯で、他人の事も思いやれない馬鹿な人間


なんだと。父は不義な存在である自分達を抹消


したい程自分が好きなんだと。夜藺魑よいち


血相を変え、野次馬達に止められてもなお、


火に包まれる家へ飛び込んだ。


夜濟は、夜濟は何処だ。生きていてくれ。


ただそれだけを願って、望んで彼女を探し続けた。


遂に夜濟を見つけたが、彼女は気を失っており、


片目から血が流れており、失明をしていた。所々に


痣や擦り傷がある。彼等に暴行をされていた


のだろう。


「夜濟、ごめん……こんなに遅くなって、


お前を守れなくて!」


涙を流したとしても最も辛いのは、夜濟だ。


彼女をここから出す術を見つけなくてはならない。


「二人で逃げる事は不可能か」


初めから悟っていた。夜濟を救いにここへ


飛び込んだ時から。


「……夜濟、今まで有難う。お前は一人で


生きていける。だから、幸せになれ!」


彼女の体を、障子窓から投げた。夜濟の体は


火に包まれた家の外へと出された。火傷も無く、


重傷では無い。ただ、片目が使えなくなっただけ。


徐々に夜藺魑の体は火に呑み込まれていく。


(夜濟をこんな目に合わせた者達を……


不幸な目に合わせたかったな。そして、父も、


僕達を捨てた母も皆、皆、嫌いだ。)


募った怨みが膨張し、挙げ句の果てに彼は妖へと


成り変わってしまっていた。邪悪な、牛鬼へと。


それから、彼は父も、母も、妹に暴行を加えた者達


も全員殺し、化け物となってしまっていた。夜顔


と名を偽ったのは、夜藺魑という馬鹿な子供を


消し去りたかったからかもしれない。そして、


自分が彼等と同じになっていたと気付いた


のは夜濟に倒された時だった。


夜藺魑が化け物へとなったその後、夜濟は義眼を


身に付け、荷物を持ち、その地を後にしたという。


頼れる親戚もいなかった為、遠く離れた地で静かに


暮らしていく事となったという。当然誰にも知ら


れずに。兄を犠牲にしたという罪悪感を胸に


抱いて。伊吹がそれを知ったのは、徒軌の能力を


使い、過去を覗いたからだった。


夜藺魑が死んだ後日、夜濟は泣き腫れた目で


伊吹と顔を合わせていた。兄が化け物となって


おり、この手で殺したのだ。辛いのは当たり前だ。


それでも、晴々とした顔でもあった。


「兄を最後に私の元へ連れて来て下さって


有難う御座いました」


夜濟は伊吹へ頭を下げた。硬く閉じていても


その目からは涙がとめどなく流れていた。


「ちょ、やめてくんない? 恥ずかしい


んだけど」


「……貴方がいなければ私は生涯兄へ礼も


伝えられず、未来へと進めていなかった。


だから、妖護屋さん。あの人を、家族を、


兄さんを帰してくれて有難う」


今まで見た事が無かった一番綺麗な笑みを


湛えていた。照れ隠しのつもりなのか


伊吹は頬を掻いた。


「いや、それが。それが……妖護屋だから」


夜濟へ伊吹が背筋を正し、顔を向けた。


その顔は、温かい笑みを浮かべていた。


「だから、何か困った事があれば、何時


でも何処にいても駆けつける、なので


今後はどうぞ御贔屓に!」




「良いのか、報酬を貰わなくても」


帰路に着く際、烏天狗が言った。


「良いんだよ、もうあの兄妹からは何も


奪ってやりたくない」


伊吹の声は普段より断然静かだった。


兄妹の過去を知り、彼女から兄を奪って


しまい、既に辛いのだ。


伊吹は自分が思うより他人に甘く、優しい。


だから、こうやって他人の痛みが分かる


のだろう。


「…そうだな、今はただあの少女が幸せと


なるのを望むしかないな」


夕日が二人を照らし、燕が羽を広げ、飛んで


いた。










「あー、久々に帰って来た」


戻って来て早々、伊吹が布団へ飛び込み、


寝転がった。暗い空には月が昇っている。


「疲れたか?」


「うん、疲れた。もう眠るね」


「ああ」


「おやすみ」


「おやすみ、伊吹」


茨木童子は、伊吹の部屋から足音を立てずに


出ていった。



「慰めてくれるのか?」


「きゅー…」


悲しそうな声音だ。まるで、泣くのを我慢して


いる伊吹の心中を代わりに代弁しているような。


きゅうは、伊吹の頬に頭を撫で付けた。


「っ、…ありがとな、きゅう。お前がいて


くれるだけで十分だよ」


微笑んで、きゅうを抱き締めながら目を閉じた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る