夢に出るんだよ、どうにかしろよ!何怖いもの見せてんじゃぁぁ!!相手の気持ち考えて配慮しろよ、この野郎!
…ハッと伊吹は布団から飛び起きた。
汗が頬から垂れ落ちる。夜明け前だというのにも
関わらず思い切り叫んだ。
「夢にも出るやんけ、ふざけんなこの糞餓鬼!」
茨木童子が妖護屋の拠点にいつも通りやって
来て初めに見たのが伊吹の姿だった。
いつもと違い、貧乏揺すりをしており、どこか
不機嫌そうだ。というか、不機嫌だ。
「おはよう、伊吹」
いつものように挨拶をする。すると、この青年、
酷い形相で睨んでくる。だが、それ程怖くはない。
元が柄が悪くないただの青年だからか。
「元鬼にそんな顔をしてもあまり効果は
無いのだが……」
「分かってますけど、そんな事。いちいち言わない
で下さいます? 嫌な夢見たんだよ、こんちく
しょう!」
彼は夢の内容を思い出した様で顔を顰めた。
相当嫌な夢だったようだ。取り敢えず聞いてみる
ことにした。
「どんな内容だったんだ?」
「……昨日丑三つ刻にしこたま酒飲んでて」
「…昨日のあの臭いはお前かよ。あんなに酒臭い
臭い充満させやがって」
「酔った後、吐瀉して、知り合いと絡んでまた
飲んで」
「……」
この際、もう何も言わない、何も言いたく
ない。
「その後店から出てふらふらしてたら怪しい餓鬼と
出会ってそいつが自己紹介した時から牛が現れた
んだよ。馬鹿でかいやつ。……怖すぎて夢にまで
出て来た」
大きい溜息をつく。茨木童子は紙と墨を付けた筆を
用意して、紙に何かを描いていった。そこには蜘蛛
のような足を持った異様な生き物の姿が描かれて
いた。
「それは牛鬼(ぎゅうき)では無いか?」
「牛鬼?」
伊吹は首を傾げた。妖護屋でも知らない妖がいる
らしい。なんせ、まだ開業して1年半しか経って
いない。仕方なく知識の無い伊吹に教えることに
した。
「毒を吐き、人を食い殺す事を好むと伝えられて
いる。鬼や、その他の妖達からも危険視されて
いる。その名の通り、頭が牛で、下は蜘蛛の胴体を
持つ。主に海岸に現れ、浜辺を歩く人間を襲う。
だが、海岸の他に、山間部、森や林の中、川、沼、
湖などにも現れるとされる。その大半は残忍、
獰猛な性格といわれている」
一通り説明すると伊吹はガタガタと震え、怯えて
いた。茨木童子はそれ程恐ろしく感じる事はもう
無いが。
「え、そんな危険な妖怪を連れてるあの餓鬼
なんなの? は、猛獣使い的な? いや、本気で
あの餓鬼諸共ヤバいな……」
相変わらず怯えていても突っ込みは劣化していない
様だ。逆に凄いと感心した。
「そこ感心するところじゃないから!」
「そうだな。で、仕事は?」
伊吹はじっと茨木童子を見つめ、漸く話した。
「その餓鬼から依頼されました」
「は?」
茨木童子は伊吹のあり得ない一言に脳内の思考が
停止した。
「お前あんだけ糞餓鬼と罵っときながら依頼を?」
ブチッ、ブチッ、と音がなる。茨木童子の堪忍袋の
緒が少しずつ切れていく音だ。あれだけ散々人を
心配させて置いて最終的にそれか。慌てて伊吹は
付け加えた。
「まだ保留だから、さ。そんな怒るなって。
いや、だって怖かったんだよ?名を聞いた後にさ、
『もし依頼を断った場合、分かるよね?』
って何故か笑顔で言ってきたんだよ、恐怖
しかないだろ、一応保留ってしといたけど
断れないだろ脅されたら!」
ちゃぶ台をどんどんと叩く。かなり精神的に
参っているようだ。茨木童子はこれ以上煩く
させない為に伊吹の頭に手のひらを上から思い
っきし落とした。頭を抱え、痛みで涙目になって
いる。
「で、どんな依頼をされたんだ」
「ねぇ、茨木童子、最近俺に対して当たり強く
なって来てない?」
そう恨めしそうにするが、気にしない。
「お前の気のせいだ」
童の様に頬を膨らませ、伊吹はちゃぶ台に
突っ伏し、依頼内容を説明した。
「成る程、死を望んでいる人間を連れて来て
牛鬼に食わせると……」
まだ湯気が出ているお茶を口に含む。体の芯から
温かくなる。
「それで、伊吹。お前は依頼を受けるか?
受けるとなると大勢の命を殺したも同然になる」
鋭い言葉だ。伊吹は上生菓子を一口大に切り、口に
含む。まるで弱さを呑み込むように。
「俺だって断りたいし、死なせたくない。けどさ、
その人が死を望んでいるんだったらこれ以上生かす
方がその人達の地獄になるんじゃないの。だったら
俺はその人達の為に……最後は幸せにさせて
あげたい」
全くこの青年は……と、呆れた。それと同時に
伊吹が眩しく見えた。普段は妖の為に動く彼が、
人の為に動く事が。やはり彼等と出会い、この街の
者達と関わり、彼の中でも何か変化している
のだろう。
「なら俺はお前の意思に従う。伊吹、お前の
好きなようにやれ。ただし、無理はするな。
良いな?」
「茨木童子……ありがとう」
伊吹は頬を染め、照れ臭そうに礼を言う。
「俺さ、今までずっと一人で生きて来たんだ」
そう打ち明かす伊吹を急かさず、茨木童子は
ゆっくりと次の言葉を待つ。伊吹は湯呑みを
持ち、もじもじと指を動かす。そうでもしなければ
話せないのだ。
「俺さ、武士の家生まれで、父親は俺の事嫌い
だったらしいけど母親は面倒見てくれたから大好き
だった。けど、物心ついたある日聞いちゃった
んだ。あの人達が俺の本当の親じゃないって。
二人は子供に恵まれなかった。だから、苦肉の策に
戦場で拾ってきて跡取りとして育てた、ただの孤児
だって……」
伊吹は一旦言葉を切り、深呼吸をする。
「平気か、もし辛いんだったら無理に話すこと
は……」
茨木童子の言葉を遮り、伊吹は目を緩めた。
「良いよ、もうそんなに気にしてないし。お前も
過去のこと話してくれたから俺も自分の事、話さ
ないと」
再び深呼吸をし、話を続けた。
「けど、気付いてたよ。だって、あの人達の俺を
見る目が違ったんだ。赤の他人の子供を見てる
目で……本当は母親も嫌々、俺のこと育ててた
んだって分かった。だからさ、勢いで家を飛び
出して、ずっと走って山奥まで。気付いたら帰り道
が分からなくなっていて……馬鹿だから、道も
覚えてられなかったし。夜になっても帰り方が
分からなくてずっと歩いて、そしたら今まで
見えていなかったものが見えて来て……
いや本当は見えてたけど見るのが怖かったんだ。
親から嫌われるのが」
「だけど、拾ってくれた父や母に少しでも偽りたく
なかったからこんな俺のことを探してくれたあの
人達に正直に伝えてそれからかな……俺を救って
くれた妖達を今度は俺が救おうって思ったのは」
救われたのなら恩返しをするまで。
その逆の立場になったとしても恩返しは望むな。
望んでばかりいたら欲深く、罪を多く犯して
しまう。ある人がよく伊吹に向けて伝えていた言葉
だった。その言葉を胸に生きて来た。勿論これから
もだ。何故ならその人が最初で最後に自分に向けて
くれた言葉なのだから。
「お前らしいな。ところでその両親はどんな人だ、
名前は?」
話を聞いていた中での疑問をぶつける。
「え、そんなに聞きたいの。あー、うん。
幕府のお偉いさんに仕えてる結構な地位の人
だよ。まぁ、親は言ってくれなかったから
周りの人達に聞いたんだけどね。父親は九条
蘭丸。母親は九条八重。仲睦まじい夫婦だったよ」
そう言う伊吹の顔は少し寂しそうだった。
「……そうか、お前は愛されて生きているから
楽観的に物事を捉えて、何処か安易な考えで妖と
関わっているのかと思っていたが違ったんだな」
伊吹は分からないのか首を傾げた。
茨木童子は、伊吹の目を真っ直ぐ見て言う。
「それ以上に……寂寥で、哀れで、苦しい立場の
人間。愛されたくて、それでも愛し、愛されるのが
怖い。だが、必死に前を向いて、一歩ずつ進んで
いる。そんな人間だったんだな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます