それから100年って、よく100年も生きられたなぁ。尊敬するわ

「あの後頼光四天王は大江山四天王を倒した


そうだ。多少怪我を負いながら。俺は陰陽師に


頼み込んで酒呑様と同胞達の記憶を一部改竄して


貰った。俺という悪鬼を憎み、恨み忘れて貰うため


に。そして、俺は鬼ということを隠して彼らと共に


妖怪退治をしていた。墓参りに来ていたのは毎年


だがな。随分時が経ったのであの人達は俺のことを


忘れていると考えていた。だが、それは大いに


外れた」


数百年も経てば、その術は解ける。理解して


いたが、こんな者の為に妖護屋を差し向けるとは。


茨木童子は立ち上がり、笠を深く被り直す。目元は


笠の縁で影になり、美しい瞳は見えなくなる。


「伝えて置いてくれないか。俺はもう人だ。


あんたのような鬼とは、もう二度と顔を合わせ


たくは無い。裏切ったのは俺だ、あんたが悔やむ


必要も謝る必要も無い。人間という生き物に執着


した俺が全て悪い、だから忘れてくれと」


裏切り者は忘れて欲しい。こんな青年までも


寄越して何がしたいのだろう。酒呑童子の思惑が


分からなかった。それでも良い。既に自分は彼の


部下でも、何者でも無くなってしまったのだ。家族


からも鬼と言う事で見捨てられ、唯一の個性で


あった鬼でも無くなった自分は……。


吐き出したい言葉を飲み込んで身勝手な言葉


と、勘定だけ置いて彼は立ち去った。










数分後、伊吹を見つけた沖田と永倉は伊吹の異変に


気付いた。流石新選組の一員だ。


「どうした」


伊吹は拳をきつく握りしめ、唇を噛んでいた。二人


の存在に気付いたのか伊吹は暫し黙り、漸く口を


開いた。


「あの人茨木童子だった」


「なんだと」


衝撃の事実に二人は口を開け、呆けたままだ。


そんな二人をよそに言葉を続けた。


「俺、あの人に辛いこと思い出させた、傷つけた。


酒呑童子達のことを思っているからこそ忘れて


もらおうとしていた。自分という裏切り者を……」


二人は黙って耳を傾けていた。口を閉ざすしか


無かった。ここで何かを発しても何も役には


立たない。ここは、これは伊吹が解決する事


なのだ。彼が引き受けた依頼なのだから。


「そうだったのか。己の生き方は己で決める


ものだ。けれど、それはそいつの本意では


無いみたいだな。そうだろ?」


永倉の言葉に伊吹は思い出した。彼は忘れて


貰いたいと口に出していた時、ほんの僅かだが


悲しそうな、泣きたそうな表情をしていたのだ。


彼自身は自覚していないようだったが。


「忘れて欲しいと願っていてもどこかで憶えていて


貰いたい。そんな願いがある。だったら、一度


会って謝ってから消えた方が尚更良いだろ」


「…忘れられるって辛い、よな。自分の存在を否定


されるみたいで。でもそれをあの人は望んだ。


…っ俺にさ、出来ることって無いのかなぁ。妖護屋


って言って妖の心も助けるって豪語しておいて


茨木童子のこと何も助けられなくて…


俺、妖護屋失格だな、酒呑童子の依頼一つさえも


解決、出来なくて…」


視界がぼやけた。声が震える。喉から嗚咽が


漏れる。初めてだった。こんな難しく救えない依頼


は。諦めが悪い癖、助けられない癖にどうして


こんな時ばかり泣いてしまうのだ。情け無い弱虫


が。己を罵倒して無理やりにでも泣き止ませようと


しているのに止まらなかった。泣きたいのは、辛い


のは、数百年も苦しんでいる彼等なのに。


「だったら、ちゃんと救え。お前しかそいつらを


救えないんだろうが。救えるか、救えないか、


そんな御託は後で良い。今は依頼を最優先にしろ。


私情は後だ。お前は何だ」


沖田の言葉に伊吹は涙を拭って立ち上がった。


「……俺は妖護屋の店主、九条伊吹です。」


その目は前だけを向いていた。






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