やっぱ甘味は美味しいよね〜、特にわらび餅は美味い。ちなみにわらび餅は伊吹の好物です
甘味処の座席に腰掛け、二人はみたらし団子を
頬張っていた。もっ、もっ、もっ。良い
食べっぷりである。
「君、こんなことをする為に俺を呼び止めた
わけでは無いだろう?」
薄桃色の男が伊吹の食べっぷりに少々引きながらも
たずねた。勿論だ。だからこそ、慎重に聞き出さ
なければならない。言葉一つで依頼は中断される。
酒呑童子の願いは消える。それだけは決して避け
たい。
「貴方は平安の時代、大江山に居座っていた
酒呑童子という鬼の家臣……茨木童子ですよね」
どこか謎めいた確信があったのだ。
彼が渡辺綱の墓場で手を合わせているという姿を
目にして。男、もとい茨木童子はフッと笑みを
湛えた。どこか悲しそうな色をつけて。
「分かるんだな、やはり妖護屋には」
「貴方、俺のことを知って……」
大層驚いた。そこまで妖護屋のことが広まっている
とは思いもしなかったからだ。たった数年ばかり
しか経っていないというのに。それも、今まで依頼
を持ち運んで来た妖達のお陰でもあるのだろう。
「知ってるさ、風の噂でな。依頼を受け、妖の為
ならば何でもするのだろう。だったら俺の依頼は
酒呑様の、俺の為に何も聞かないでいてくれるか」
伊吹は動揺を隠せなかった。何故、何故だと。
真実を話せばきっと酒呑童子の為にも、茨木童子の
為にもなるというのに。その思いを見透かしてか
茨木童子は悲しみを映した瞳を伊吹へと向けた。
その瞳は深紅に染まっており、誰も逸らすことは
出来ない。
「もう俺は誰も、あの人を傷つけなくは無いんだ。
それも二度も」
目元が伏せられる。そんな彼を伊吹は見入る。心の
奥底を覗く様に。
「貴方は本当にそれで良いんですか」
「良いんだよ」
「たとえ酒呑童子達を悲しませることになると
しても?」
茨木童子は頷いた。瞬間、茨木童子の頬が赤く
染まる。伊吹が叩いたのだ。その顔は悲しみで、
怒りで染まっていた。
「悲しませることも傷つけているのと同じですよ。
逃げてるのはただのあんたの身勝手な行動だ。
あんたがどんなことをしたのかは聞かないと分から
ない。言いたく無いなら聞かない。けど、過ちを
犯したんだったら逃げずに言えよ。あんたのせいで
何千年も悲しんでる奴がいるんだよ。許されなく
とも伝えて謝ることが大事なんだ。俺は目の前の
薄桃色の鬼の、赤髪の鬼の王の悲しんでる顔、もう
見たく無い。どっちにも笑って欲しいんだよ、今度
こそ」
伊吹は怒りで瞳を揺らす。まだ言葉を続ける。
伝わっていて欲しい。心を閉した優しき鬼の心に
届いて欲しいから。
「あんたはただずっと己の犯した過ちから、
仲間から目を逸らして逃げてるだけだ。
ちゃんと向き合えよ……大馬鹿野郎」
肩で息をする。言い過ぎただろうか。
いや、このくらいが丁度良い。伝わる。未だ
茨木童子は呆然としていた。憤っているのだろう
か。すると、茨木童子はぽつりと言葉を溢した。
「……本当、だな。昔から逃げることしか
出来ないんだよな。あの時も、両親に鬼の姿を
見られたくなくて逃げて来て。探していたのを
ずっと分かっていたのに目を逸らして。人間に
襲われた時も自分一人だけ逃げて……本当逃げて
ばっかだな」
その声は震えている。いや、泣いているのだ。
生まれて初めて鬼が泣いている姿を目の当たりに
した。鬼は泣かないと決め付けていた。鬼とは
いえど元を辿れば同じ人間なのだ。
「俺…両親ときちんと向き合えば良かった。
怖くても立ち向かえば良かったなんて後悔が
心の中を渦巻くんだ。苦しくて、苦しくて、
辛いんだ……」
途切れ途切れに茨木童子は言葉を紡ぐ。彼の何百年
にも及ぶ苦しさを他人である自分は理解する事は
出来やしないけれど。
「そうだったんですね……逃げることは簡単です」
伊吹が茨木童子の考えを肯定しようとする。
だからこそ、心を押し潰されてしまうのだ。
「直ぐに目を逸らすことが出来る。けれど、
後悔や罪悪感が心を埋めていく。だから逃げること
は駄目なんです。いつか罪悪感などで心が押し
潰されてしまうから。悪いことではありません。
でも、逃げないで欲しいんです。御自分の罪から、
大切な人達から。逃げたら一生手を伸ばせなくなる
かもしれないから」
その言葉に顔を上げて青年を見た。まさか
この青年も自分と同じで……。
茨木童子の心を読むかのように伊吹は微笑んだ。
同じなのだ。結局は妖も人間も罪を犯している時点
で。伊吹は幼少期から幾つか罪を犯してしまって
いるが、行った理由を言ったとしても心から理解
できる者は少ないだろう。伊吹も分かろうとしなく
ても良いと思っている。結局自分の苦しみを
理解できるのは自分自身だけなのだ。
「聞かせてくれますか、貴方のお話を」
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