大江山へ。…何も無いから逆に嫌だわ、頂上まで登んのが俺にとって苦痛。鬼なんだから俺一人くらい運べよ、そこら辺の配慮?優しさ、気遣いはねぇのか
丹後へ着き、百鬼夜行から外れた伊吹らは
大江山へと足を踏み入れた。
その直後、空から何人かが降りて来た。天人か。
一瞬、光の影響で思わなくもなかったが、人間に
関わらないだろうなと、その考えは消した。
「は?」
伊吹は間抜けな声を出した。が、降りて来た
男達は気にしてはいない。酒呑童子に視線を
向けている。そして、跪いた。
「…酒呑童子。お前何かした? 絶対したよな」
「疑うのも良い加減にしろ。何もしていない
……恐らく」
「何自身無さげに言ってんだよ、ちゃんと
てめぇが対処しろ!」
安心してくれ。これは小声で会話をしている。
大丈夫だ。聞こえない…筈だ。しかし、鬼は耳が
良い。跪いた鬼の一人が咳払いをし、
「酒呑様、お戻りになられたと聞き、直ぐさま
駆けつけて来たのです」
嬉しそうな感情を抑えながら伝えている。
やはり、主が帰ってきて相当お喜びだ。
「お前達……生きていたんだな」
酒呑童子の顔が緩む。当たり前だ。殺されたと
認識していた部下達が生きていたのだから。
すると、部下が真剣な趣で言う。
「酒呑様、お願いです。鬼の王としてもう一度
我らをそばに置いてはくださいませぬか」
一人が懇願している。いや、他の者達の代弁をして
いるのだ。
「しかし……俺はお前達を危険に陥らせた。
部下を危険に晒し、大勢の仲間を死なせ、
挙げ句の果てに鬼としての原型ももう殆ど
残っていない俺など……」
鬼の王とまで言われていたのに弱気だ。
彼の影響から部下達も不安げな顔だ。
すると、先程まで黙っていた伊吹が酒呑童子の肩を
叩いた。
「良いんじゃないの、別に鬼の原型なんか
留めてなくても」
は、と酒呑童子は声にならない息を吐き出した。
何を言っているんだ、この人間は。みな、同じ
ことを思っていた。
「要するにこの鬼達はただお前に主人になって
欲しいだけ。数百年も支えとなる奴を、お前を
失ってたわけだから。もういい加減彼らの気持ち
考えてあげろよ。鬼だからって誰でも良いってわけ
じゃない。お前だから良かったんだよ。強く、皆を
惹きつける魅力もあり、賢く、部下達を思いやれる
お前だからこそ彼らは酒呑童子という鬼を王として
主導者として選んだんじゃないの? だったら
選ばれた者として最後までそいつらが死ぬまで導く
必要があるんだよ。てめぇにその覚悟、資格が無い
って思い込んでるんだったら直ぐさまこっから出て
けば? 鬼なんてやめれば? 仲間達の居場所を
奪って部下一人にも謝れない王なんて要らない
っしょ」
冷たく、厳しい言葉だったが正しかった。
彼の言葉は。己は部下達の死から、仲間達の死から
逃げた。全く情けなかった。自分のことしか考えて
いなかった。だから、仲間達は死んだ。自分の
身勝手な行動のせいで。それでも部下達は咎めて
こない。怒り、憎しみ、恨んでくれればどれ程
良かっただろう。憤り、殺してくれれば良かった、
赦してくれなければ良かった。本当に優しいのは
部下達で己は醜く、極悪非道であった。真っ先に
死ぬのは己であった。
「そうですね。こんな弱っちく自信無さげな
王なんて要りませんよ」
ほら、もう酒呑童子という王など要らないのだ。
彼らは自分で歩いて行ける。導く必要は無く
なった。
「けど、まだ教えてもらいたいことたっくさん
あるからなぁ」
他の者に教えて貰えば良い。
「やっぱ長年教えて貰った人にずっと仕えていき
たいよな」
「ということで、弱い王様は要らないんで
その情けねぇ面どっかにやってまた強い王に
なって俺らを導いてください。今度は俺達も
ちゃーんと支えるんで」
本気なのか。彼等は。
「俺で良いのか? また逃げてしまったら、
居場所を無くしてしまったら」
「そうしたら、しょっぴいてまであんたとまた次の
居場所を作れば良い。あんたや俺等が居なくなら
ない限り居場所も無くならないんだよ」
ああ……成長したな。この部下達は。
自然と涙が浮かんでくる。この数千年で涙腺が弱く
なったのかもしれない。
「何泣いてんだよ、酒呑様!」
背中を叩いてくるが彼らもまた涙を浮かべて
いる。本当の家族になれたような気がした。
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