大江山へ。…何も無いから逆に嫌だわ、頂上まで登んのが俺にとって苦痛。鬼なんだから俺一人くらい運べよ、そこら辺の配慮?優しさ、気遣いはねぇのか

 丹後へ辿り着いた伊吹たちは、大江山へと足を踏み入れた。宮津街道があるにも関わらず、人はほとんどいない。それは未だ酒呑童子の言い伝えが信じられている証拠でもある。


「良かったわ、人がいなくて」


 周りに一人でも人間がいた際の仮定はまだ伊吹には出来ていない。伊吹一人は辛抱が出来るが、それ以上だったら最悪な未来が想像できてしまう。そうならない為に頑張らなければならない。


「で、かつての鬼の里は山の奥深く。峰付近か」

「朧げな記憶ではそうだ」

「そんな場所に今でも鬼の残党達がいたらそれこそ奇跡だけど」


 茨木童子の他に生き残っている鬼がいると予想している。当時の鬼達がどれほどの数、いたのかは不明だが、数体は逃げ切れる。幾ら人間でも人外の逃げ足の速さには追いつかない。


 伊吹は何か思案しているのか足を止める。ふと、空を見上げる。


 その直後、空から何かが降ってきた。


一瞬、光の刺激で思わなくもなかったが、人間に関わらないだろうなと、その思考は消した。


「は?」


 伊吹は間抜けな声を出してしまった。が、降りて来た者達は気にしてはいない。人間である伊吹には一眼もくれず、酒呑童子にばかり目線を向けている。 


「…酒呑童子、お前何かした?絶対にしたよな」

「疑うのも良い加減にしろ。何もしていない……恐らく」

「何自身無さげに言ってんだよ、きちんとお前が対処しろ」

「俺一人で出来るとでも。妖護屋は非力なのか?!」


 依頼主個人の事情の場合、伊吹は対処も干渉もしないと契約書には記載されてある。きちんと読んでいないのはこの鬼の方だ。

 我関せずの態度を取り続けている伊吹に漸く諦めがついたのか、酒呑童子は渋々それらに再び目を向けた。


「酒呑様。お戻りになられたと聞き、直ぐさま駆けつけて来たのです」


 跪いた鬼の一人は、歓喜を抑えながら伝えている。やはり、主が帰ってきてかなりお喜びのご様子だ。


「お前達……生きていたんだな」


 酒呑童子の顔が緩む。殺されたと認識していた臣下達が生き残っていたのだからもっともだ。すると、臣下が真剣な趣で言う。


「酒呑様、お願いです。鬼の王としてもう一度我らをそばに置いてはくださいませぬか」


 一名が懇願している。いや、他の者達の代弁をしているのだ。だが、密かに伊吹は眉を顰めた。


「しかし……俺はお前達を危機に陥らせた。臣下を危険に晒し、大勢の同志を死なせ、挙げ句の果てに鬼としての原型ももはや大方残っていない俺など……」


 酒呑童子は残っていないなどと嘆いているが、その気になれば、再生するはずだ。今はその時分ではない。故に、角も無くしている。それだけだ。


 すると、先程まで黙していた伊吹が酒呑童子の肩を叩いた。


「良いんじゃないの、別に鬼の原型なんか留めてなくても」


 は、と酒呑童子は声にならない息を吐き出した。何を言っているんだ、この人間は。みな、同様にを思っていた。


「要するにこの鬼達はただお前に主人になって欲しいだけ。数百年も支えとなる奴を、お前を失ってたわけだから。もういい加減彼らの気持ち考えてあげろよ。鬼だからって誰でも良いってわけじゃない。お前だから良かったんだよ」


「別に俺は是認も否認もしない。所詮他人事だからね。依頼には関係のないことだし。どうせまた人を食っても、そのうちどこぞの英雄があんた達を倒しにやってくる。俺も、陰陽師も、おそらく幕府も。だから好きにやって良いよ」


 穏やかに、聞こえは良いが、人間を食うしかない脳がない鬼達を突き放している厳しい言葉だった。依頼は、酒呑童子が茨木童子を探し出して詫びたい。ただそれだけ。鬼の里の、鬼の王の復活とは何ら関係がないのだ。


 酒呑童子は目を潤ませる。きっと、臣下達だってそうだ。


「そうですね。こんな弱っちく自信無さげな王なんて要りませんよ。けど、まだ指南してもらいたいことはありますから。だから、早く昔のように戻ってください」

「…」

「情けない面は見たくもないんで、ほら…って」

「何泣いてんだよ、酒呑様!」

「泣いていないからな!」

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