24話 友達だった男と戦います

 俺は一瞬、カインが何を言ったのか理解できなかった。


 だが、たった今、それを体で理解する。


 カインは本気で俺を半殺しにしようとしているらしい。


 一切の迷いもなく斬りつけてきた。


「――――ッ」


 しかし、ここで暴れたら関係のない人たちまで巻き込んでしまうだろう。


 俺はカインの攻撃をスライムで受け止めた。


 チッ、攻撃が早い。

 こいつも俺と同じように強くなっている。当たり前のことだけど。


 オルガとの訓練でスライムを作り出す速度を上げていなければ、攻撃を受けていた。


「?」


 ここで一つ疑問に思った。


 カインなら、攻撃を真っ正面で受け止められたら喚くはずなのだ。


『なぜお前如きに俺の攻撃を止められるッ!』


 とかな。


 しかし、そうしなかった理由が分かった。


「――死ね」


 そう言うと、カインの剣が猛々しく燃え上がったのだ。


 まさか、これは――魔剣か!?


 カインはそんな高価な武器を持っていなかったはずだけど……


 一体、どこで手に入れた……?


 いや、今はそれを考える時間すら惜しい。


 流石に強化されたスライムでも、魔剣による攻撃を長時間防ぎ切ることはできない。

 強化したと言っても、少し魔法を吸収する速度が早くなったに過ぎないからな。


 クソッ。仕方ない。


 これは奥の手に取っておきたかったのだが――


「――『暴食グラトニー』ッ!」


 俺はスライムに魔力を注ぎ込む。


 すると、スライムは禍々しいオーラを放ち始め――青黒く変色した。


 俺はこの状態のスライムを『グラトニー』と呼ぶことにした。


 『グラトニー』という名には暴食という意味があり、この状態のスライムは文字通り、どんなものでも喰らってしまう。


 そう、暴食の名に恥じないようにな。


 もはや、スライムに魔法攻撃は効かない。

 あらゆる攻撃を喰らい尽くしてしまうからだ。


 それは、魔力を帯びた魔剣と言えども例外ではない。

 たった一瞬で、魔剣はこの世から消え去った。


「は?」


 ここにきて、初めてカインの表情が歪む。


 そこで俺は一つ、カインに提案する。


「なあカイン。こんな狭いところだとお前は本気を出せない。だってそうだろう? お前の攻撃は辺り一帯を吹き飛ばしてしまうぐらい、威力が高いんだからな。俺がさっき魔剣の攻撃を止められたのは、お前が手加減していたからなんだよ。だから、広い場所で戦うことにしよう。そうすれば、お前は本気を出すことができる」


 もちろん、全くそんなことは思っていない。


 さっきの攻撃でカインの底は知れた。


 こいつは俺に勝つことはできない。それどころか、攻撃を当てることすらできない。


 だが、ここは冒険者ギルドの中。


 こんな場所で戦ったら、ギルド職員に被害が及んでしまうかもしれない。


 だから、俺はカインのご機嫌を取って、戦う場所の変更を提案したのだ。


「クッ。クハハハハッ! よく分かってるじゃないか! 流石は無能のアルトだ! 俺の凄さが身に染みているらしい。魔剣が消えてしまったのも俺が不良品を掴まされていただけだろうな」


 煽ててやっただけなのに、気分を良くするカイン。


 こいつってこんなにアホだったかな。

 物事を自分の都合よく考えすぎだ。


 俺は内心で小馬鹿にしながら話を続ける。


「それで、場所は移動するのか?」

「ああ。こんな狭い場所じゃあ本気は出せねぇしな。それに、シオンもリリアも魔法を撃てない」

「そうか。ならいい」


 カインの奴、シオンとリリアも戦わせるつもりらしいな。

 まあ、あいつらにも仕返しをしてやりたかったところだ。


 それに、一人を相手にするのも、三人を相手にするのも大して変わらないだろう。


 たしかにシオンは魔法の適性が高く、高威力の魔法を撃つことができるが、今の俺には通用しない。


 リリアの奴は主にサポートに特化していて、恐らくカインに攻撃力を増加させるバフを使ってくるだろう。


 もちろん、これも無意味だ。


 だが、油断はしない。


 あいつらは腐ってもSランクの冒険者だからな。


「それじゃあアルト、こっちに来い」

「何でだ?」

「なに、不意打ちしようというわけじゃない。広い場所に転移するからせっかくと思ってな」

「気が利くじゃないか」

「だがその代わり、後ろの女どもを連れて行くのは無しだ。これは俺とお前の問題だからな」


 ふむ。これには同意見だな。


 これは俺とカインたちの問題だ。


 アナベルやノエルたちの手をわずらわせたくはない。

 それに、オルガが参加したら一瞬で勝負がついてしまうだろうしな。


 つまるところ、これは情けだ。


 これだけ調子に乗っている奴らが、一方的にボコられるのは流石に可哀想だからな。


 俺は後ろに振り返る。


「みんな、行ってくるよ。すぐに帰ってくるから心配しなくてもいいよ」


 そう言って、返事も待たずにカインたちの元へ。


 そして。


「――『ワープ・ゲート』!」


 シオンの詠唱とともに、視界が白に染まった。




 ……どうやら転移には成功したようだ。


 今まで感じていなかった風を感じる。

 しかし、完全に目がやられてしまった。


 目を瞑っていればよかったか……

 お陰で何も見えない。


 しばらくの間、身動きを取らない方がよさそうだな。

 しかし、こんなものカインからすれば隙でしかない。


 きっと、これを狙っていたんだろう。


「――『ヘル・ファイア』!」


 予想通り、カインたちは攻撃を仕掛けてきた。


 それも殺意バリバリの。


 何せ、『ヘル・ファイア』は上級の火属性魔法でシオンの得意技の一つ。


 その威力は俺も知っている。

 

 あれはたしか、森に出た魔物を討伐するクエストを受けたときのこと。

 シオンは時間の無駄だと言って、この魔法で森を全焼させていた。


 そのせいで、俺は冒険者ギルドに怒られて森の復興に駆り出されることになったっけ。


 ……まあ昔のことはどうでもいい。


 とにかく俺が言いたいのは目が見えない人に向けて撃つ魔法じゃないってこと。


 といっても、俺の目が見えていないだけで、スライムの目は正常に働いているから何の問題もない。


 今の俺は瞬間的に情報と感覚を共有できるようになっているからな。


 だが、流石はシオンだな。

 詠唱と同時に魔法を撃ちやがった。


 並の魔法使いなら詠唱から現象を発生させるまでに、数秒の誤差が生じるというのに大した奴だ。


 魔法の腕だけなら幻のSSランクに匹敵するっていうのは、あながち間違いではないのかもな。


 しかし、


「――『暴食グラトニー』!」


 それでも、俺より弱い。


 俺は一瞬で『ヘル・ファイア』を喰らい尽くした。


「嘘っ!? そんな、どうしてっ!」


 別に初見というわけでもないのに大袈裟だな。さっき魔剣が喰われたのを見ただろ。

 本当に不良品を掴まされたとでも思っていたのか?


 だとしたら、本当に馬鹿だなこいつら。


 それにしても……


 ……やっぱり強いな。


 俺は改めて実感した。


 しかし、これでも『暴食グラトニー』は未完成な技。

 というのも、使用可能時間が非常に短い。


 多分、一秒ほどだろうか。

 それ以上は発動しない。


 カインたち相手なら、これで事足りるだろうが……


 ……さて、そろそろ視界も回復してきた。


 さっさと片付けてやろうかと思ったのだが、気になることが一つあったので聞いた。


「なぁ、カイン。お前、街の人に襲いかかって、牢屋に入れられてたんじゃないのか?」


 三日前、シャロからはそのように聞いていた。

 もしその話が本当だったとしたら、何故こいつらはここにいるのだろうか?


 そう疑問に思っていると、


「ああ。アルトの言う通り、俺たちは牢屋にぶち込まれた。お前のせいで、お前なんかを贔屓にしていたあいつらのせいで、俺たちは捕まっちまった。……だが、見ての通り脱獄してやった! 大人しく檻に入ってやる義理なんざこっちにはねぇんだよ!」


 ……なるほど。


 シャロの言っていたことは事実か。


 それなら俺たちのせいにするな。捕まったのは自業自得だし、思いやがるな。

 それに自分たちの過ちを認めず、脱獄までしたのか。


 本当に救いようのないクズだな。


 一刻も早く牢屋にぶち込んでやりたいところだ。


 そうでもしないと、街の人たちに申し訳ない。

 せっかく俺みたいな奴を贔屓してくれたのに……


 そう思っていたのだが、


「お前をパーティーに連れ戻せば俺たちは何も悪くなくなる! だって、あいつらはお前を贔屓するぐらい気に入っているらしいからなっ! なら、お前さえいれば余裕で示談にできる。そうなれば俺たちは無実だ! 冒険者資格も取り戻せる! お前さえいれば、俺たちは元に戻れる! だから、お前を半殺しにしてでもパーティーに連れ戻してやる……! そうすれば俺たちは幸せだ――ッッッ!」


 カインはとんでもないことを口走りやがった。


 どうやら今のこいつには悪いことをしてしまったという罪の意識すらないみたいだ。

 

 堕ちたな、ほんと。


 まだ反省していれば軽くボコボコにして牢屋にぶち込むだけでよかったんだがな……


 その様子では軽くボコボコにするだけじゃ物足りない。


 二度と悪いことをしようとは思えないほどの苦痛を味わわせてやる……


 それが、街の人たちにできる恩返しだ!


「来いよ、クズども。返り討ちにしてやる」


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る