22話 任務に行くことになりました
ノエルと言い争った日から二日が経った。体感的にはまだ一日も経っていないような気はしているけど。
というのもこの二日間、ずっとバタバタしていた。
アナベルが受けてきた任務のせいだ。
その任務がどういったものなのかというと。
怪しげな行動を取る三人組がロンドという街で確認できたから捕らえろ……
というもの。
実にシンプルな任務ではあるのだが、シャルロッテの見立てではその三人組というのが各地で散見されている魔法陣を設置している奴らの可能性があるとのこと。
そう見立てた理由として三人のうち二人からかなりの魔力反応があったからだそうだ。
ふざけるな。
そんなしょうもない理由で任務を出すな。アナベルも確証のない依頼を受けるな。
そのせいで俺たちはこの二日間、ずっと準備に追われる羽目になった……
反省しろ、マジで。
本当この二日間は大変だった……
もし万が一にそいつらと敵対することになった場合のことを考えて、急ピッチで新必殺技の開発を進めることになったのだ。
結局、完成に至りはしなかったが、副産物として面白い収穫があったからプラマイゼロと言ったところか。
後はノエルが使う魔道具を王都中からかき集めて、一つずつ効果を試していた。
これがまあとてつもない時間を要した。
一つ一つの魔道具の能力とか効果を覚える必要があったため、頭が痛くなった。
本当はノエルの魔法の特訓もしたかったが、流石にそこまで早く習得できるものじゃなかった。
何とか魔力を使う……ぐらいのことはできるようにはなったけど……
ノエルが魔法を使えるようになるにはまだまだ時間を要するみたいだった。
……とまあこれが休む時間もなかった二日間の話。
そして現在、俺たちは馬車でロンドに向かっている。
といっても王都ベルゼルグへ移動しているときみたいなワクワク感はない。
別に新天地というわけでもないからな。
というのもロンドは冒険者時代に拠点としていた街。
かれこれ二年ぐらいはいたんじゃないだろうか。
まあカインにパーティーを追い出されて泣く泣くロンドを出たわけだけど……
今回、その街に任務で訪れるというのだから不思議な気持ちにもなった。
もし任務が無くても一度行こうとは思っていたけどな。
そういえばこの馬車で移動する感覚、アナベルとノエルに出会った日のことを思い出す。
あれももう……二週間も前のことになるのか。
時が経つのも早いものだな。
あの日、もしアナベルたちと出会わなければ、俺はまだ家に引きこもっていた。
本当にあの一日が、俺の運命を大きく変えた。
それがいいか悪いかはさておき、な。
しかし、どうやらそれはアナベルも思っていたようで。
「私とノエル、そしてアルトの三人でまたこうやって馬車に乗れていることにとても幸せを感じている。正直に言うと、アルトがいなければ今みたいにみんなと笑い合う日常は訪れていなかっただろう。だからアルト。キミが私たちの勇者でよかった。本当にありがとう」
謎に感謝を述べられてしまった。
や、やめろよな。恥ずかしくなるだろ。
俺、別に何もしてないし。
初めからアナベルたちの仲は悪くなかった。
あ、オルガは別な。
まあでも、仲は深まったのかもしれない。
ノエルがみんなに頼るようになったし、よく話しているのを見かけるようになった。
そもそもの話。
「アナベルがノエルのことをもっと気にかけていれば、俺がいなくても今みたいな騎士団にはなれてたはずだが? お前はもっと団員のことを見ろよな。それが隊長であるお前の責務だろ」
「……ぐっ。それを言われてしまうと何も言えなくなるな。私は隊長失格だ」
アナベルはガックリと肩を落として、あからさまに落ち込む態度を見せた。
まあアナベルもノエルの抱えている悩みには気付いていたとは思う。
ただ、言い出せなかっただけだろう。
あれはそれぐらいデリケートな問題だった。
正直、仲間に頼るという形でノエルが立ち直ってくれたからよかったものの、下手すれば関係そのものが崩壊していてもおかしくはなかった。
我ながらとんでもない賭けをしたものだ。
と、ノエルに視線を向けたのだが、どうやらノエルも俺を見ていたようで目が合った。
……のは束の間、すぐに逸らされてしまう。
「何だよノエル」
「な、何でもないです」
うん、絶対何かあるな。はぐらかすの下手すぎるだろ。
別に詮索するつもりはないけど……。
あ、そういえば。
「これずっと聞くの忘れてたんだけどさ、聖剣ってどんな能力があるの?」
ふと思い出したことをアナベルに聞いてみた。
今後、聖剣を戦闘に使っていくかは分からないが、何も知らないよりは知っておいた方がいいだろう。
便利な能力があったりするかもしれないし。
そう思っていたのだが。
「私は何も知らないぞ?」
と、まさかの返答が返ってきた。
「えっ、知らないの?」
「ああ、知らない。聖剣は使用者によって能力が変化するらしいからな。だから、聖剣の能力を知るには使っていくほかない」
「なら別に知らないままでいいや。一つだけ能力に心当たりはあるし、それだけあれば他の能力はいらないような気もする」
「アルトがそう言うのならそれで構わない。個人的にあまり聖剣は好ましくないのでな。それで? その心当たりのある能力って?」
「ああ、それはな……」
俺はアナベルに一週間以上前のできごとであるオルガ戦で起きたことを話した。
そうあれは……『セイント・メテオレイン』を使用したときのこと。
俺は確かに全ての魔力を使い切ったはずだったのに、魔力が大幅に回復していた。
当時はオルガとの戦闘が優先だったから深くは考えなかったが、魔力が回復したのは聖剣を装備していたからではないかと俺は考えている。
しかし、聖剣が回復させる魔力は微々たるものだと推測する。
聖剣といっても、そこまで強力な魔力回復能力を有しているとは思えないからだ。
なら何故、急速に魔力が回復したのか。
という話だが、俺は千を超えるスライムにも聖剣を複製して装備させていたのだが、恐らくそれが原因だろう。
「なるほど。そんなことが起きていたのか。魔力欠乏症を一瞬で治すほどの魔力回復か……。恐ろしいな」
「まあ俺の見立てが正しければ、スライムにも装備させないといけないから、あまり使い勝手はよくないな」
「ふむ……そうみたいだな」
「で? 聖剣を好ましくないと言っていたがそれはどういう意味だ?」
俺は疑問に思ったので聞いてみた。
すると。
「私も気になります」
ノエルも追随してきた。
やっぱり気になるよな。
聖剣に対して好ましく思わないのは、何かしらの思うことがあるからだろう。
俺はアナベルが応えてくれるのを待つ。
「……そうだな。いずれ話さなければならないことだ。ここで話しても問題はないだろう」
「やっぱり何かあるのか?」
「あるにはある。だがそうであると確証はない。だから今は知っているだけでいい」
「分かった」
「これはシャルロッテ様が言っていたことなのだが……どうやらこの世に聖剣は三本あるらしい。それに伴い勇者も三人いるということになる。だが、いつの世も語り継がれるのは一人だけ。この意味が二人には分かるか?」
そう真剣な表情でアナベルは問うてきた。
俺は何となく分かったような気がする。
アナベルの隣に座るノエルは首を傾げていたが。
つまり、アナベルが何を言いたいのか。
それは。
「語り継がれる勇者以外は殺される……ってことか? たしか英雄譚でも似たような感じの話が書かれていたな」
「ああ、その通りだ。英雄譚の主人公として描かれる勇者以外は作中で殺された。反逆者としてな」
「でも、あれは作り話のはずだろ?」
「アルトリア王国。この国名に見覚えは?」
「……ある! 英雄譚の主な舞台がその名前だった……!」
「なら、もう分かるだろう」
「まさか、俺たちは英雄譚のシナリオをなぞっている?」
だとすれば、分かった。分かったぞ!
シャロの話を聞いたときからおかしいと思っていたのだ。
魔法陣を対処するためだけに勇者を探すなんてって。
あのときから何かほかの目的があるのではないかと思っていたが、まさか英雄譚に答えがあったとは……!
でも、もしそれが本当なのだとしたら、勇者は次期国王の後継者にこき使われる道具ということになる。
それは英雄譚でもそうだった。
確かに英雄譚の主人公は勇者だが、もう一人だけ重要人物がいる。
それが、次期国王の後継者だ。
英雄譚は勇者の視点で描かれてはいるが、その中身は国王になりたい後継者の足の引っ張りあいがほとんどだ。
著者によって上手い具合に編集されて、勇者の英雄譚に落とし込まれてはいたが……。
「え? じゃあ俺、殺されるの?」
他人事のように考えていたが、俺がその勇者だった。
だが、アナベルがとても力強いことを言ってくれる。
「安心してもらっていい。キミは殺されない。私がキミを守る――騎士として。それにシャルロッテ様はこれで終わらせるおつもりだ」
「どういうこと?」
「勇者の英雄譚はキミで完結させるということだ」
「へぇ……」
あまり期待しないでおこう。
シャルロッテは信用できないし。
……はぁ。これからどうなるんだろう……
俺は心の中で溜め息を吐いて、馬車に揺られるのだった。
俺ってば、ほんとにツイてないよなぁ……
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