2話 女騎士が無断で部屋に上がり込んできました
友達だと思っていたカインからパーティー追放を言い渡されてから、数ヶ月のときが経った。
俺――アルトはと言うと……見事な引きこもりになっていた。
どうやら俺は冒険者に嫌気が刺しただけでなく、己の人生にも嫌気が差してしまったらしい。
もう何もしたくなくなっている。
ゆえに今の俺は無気力だ。ベッドから降りることすらしたくない。
ずっと、ここでダラダラしていたいと思っている。
もうここまで堕落してしまったら、元の生活には戻れない。抗えないのだ。
この……何物にも脅かされない幸せな日常に。
これは外に一歩も出ない引きこもりの特権なのだ。二度と手放すつもりはない。
何もしなくてもご飯は出てくるし、口うるさく働けとも言われないからな。
何せ俺は友達に裏切られて心を痛めてしまった哀れな青年。
こんな可哀想な人に、誰が文句を言えようか。
あぁ……幸せだ。ずっと続けばいいのに……。
そう――俺は思っていた。
しかし、その幸せだった日常は唐突に終わりを告げたのだった――。
「――勇者アルト! キミにはぜひとも私たちと一緒に、魔物と戦ってもらいたい」
「あなたにしかできないことです。どうか、私たちに力を貸してはもらえませんか?」
何と運命は残酷なのだろうか。
俺からこの幸せな日々を取り上げるつもりらしい。
だが、俺が引きこもりを辞めることはない。未来永劫、俺は引きこもってやる。
それは確定事項だ。どれだけ頭を下げられようとな。
しかし、気になることが一点ある。
勇者アルトとは一体、誰のことを言っているのだろうか。
確かに俺はアルトという名前だが、この人たちは一体どこのアルトと勘違いしている?
ただ、この場で言うということは、少なくともこの人たちの間では俺が勇者ということになっている。
だからどれだけ俺が違うと言っても、聞いてはもらえないだろう。
なら、やることは一つだけだな。
「寝る。おやすみ」
「おっ、おい! なぜ寝ようとしているっ! この間にも、魔物の手によって人々の暮らしが脅かされているのだぞっ!」
……うるさいな。
何なんだ、この女騎士は。イメージ通りのイヤラシイ体型をしておいて。
お前みたいな奴はオークに孕ませられればいいんだよ、ったくよぉ。
……というか。
「たった今、お前らに俺の暮らしが脅かされているわけだが……何か言い分は? あるなら聞こう」
「何を言っているんだ、キミは」
「何故さっきので伝わらない? お前らに俺の暮らしが脅かされているって言ったんだ。言葉を理解できないのか? 脳筋なの? 見た目通り」
「いや、本当に何を言っているんだ? ずっと家に引きこもっているだけだろう?」
「…………」
ぐうの音も出ない。
どうやら俺に反論の余地は残されていないみたいだ。
しかしそれでも! そうだとしても……!
「俺は引きこもりを諦めない!」
布団をより深く被り、断固として拒否する姿勢を取った。
……が、そんなことで諦めてもらえるはずもない。
「さぁ、アルトさん。駄々を捏ねていないで、私たちと一緒に来てください」
もう一人の女騎士が布団を剥ぎ取ろうとしてくる。
しかし俺は剥ぎ取られまいと、頑張って抵抗した。
その抵抗は虚しく終わってしまったけど……。
流石は騎士だ。力の差が歴然だな。
こっちの人はもう一人の方と違って弱そうに見えたけど。
「……分かったよ。分かりましたよ! ったく、魔物を倒しさえすればいいんだろ」
俺は抵抗を諦めた。
何をしても、どうせ無意味に終わるに決まってるからな。
それに魔物を倒すだけなら、これまでにもやってきたことだ。
俺には家に引きこもりながらでも魔物を倒す術がある。それをこの数ヶ月の間で身につけることに成功したのだ。
だが、相変わらず俺の戦闘力は皆無だ。
俺、自分の手で魔物を倒したことが一度しかないからな。
しかも魔物の中で最弱のスライム。倒すのに一時間かかったっけ。
こんなこと、誰にも言えないけど。
「分かってくれたんですね、アルトさんっ!」
それに、ここまで喜ばれてしまっては仕方ない。
いずれバレるとは思うがそれまでは魔物を倒して人を助けることを生業にしようかな。
勿論、引きこもるのを諦めるつもりは毛頭ない。
でも。
「勘違いはするなよ? 俺は交流のない人間が死んだところで、何も思わない。だから万が一に死なせてしまっても、俺は責任を取らないからな」
「今はそれでいい。では、アルト。今からすぐに戦場へ向かう。いいな」
「……へ?」
「何をボケッとしている。さっさと来い。置いて行くぞ」
おいおい、何がどうなっていやがる。
ついさっき、戦うと決めたばかりだぞこっちは。
それも仕方なく……。
それなのに今から戦場に向かうだって?
それはあまりにも人の扱いがなっていない。
もう少し時間を空けて、親睦を深めてからの方がいいに決まっている。
決まっているはずなのに……。
「ほら、行きましょう。アルトさん」
優しい方の女騎士が手を差し伸べてくる。
「あー、クソッ」
俺はガシガシと頭を掻いた後、その手を掴み女騎士たちの後をついて行くのだった。
はぁ……ツイてねぇなぁ。
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