第65話

しばらくして。

外へ買い出しに行っていた双蛇羅刹が戻って来る。


「ふぃー、疲れちまったぜ…あたしちゃんのご帰還だぞぉ!出迎えしろぉ!」


その声に釣られて、二階から一階へ降りて来る加咬弦。


「おう…お疲れ」


労いの言葉を口にしてレジ袋を持つ。

ツインテールが左右に揺れる。双蛇は周囲を確認した。


「あ?あたしちゃんに命令しやがった王様は何処行った?」


沈黙する。

はじめての事で寝込んでいるとは言い難い。

体調が悪いと言う話にもつれ込む事にした。


「体調が悪いらしい、まあ、心配するな」


「はーん…ん?お前…」


納得した双蛇羅刹。

しかし、加咬弦の視線に気が付く。


「…なんだよ?」


疑問符を浮かべた双蛇羅刹に彼は聞き返した。


「いや…なんって言うか…大人になったのか?」


即座に核心に触れた。

押し黙る、そして加咬弦は視線を彼女から逸らす。


「…急にワケの分からない事を言うなよ」


また何時もの狂言だと処理するが。


「いやいや、前のお前なら、あたしちゃんに卑猥な目線を送って来たし、特にこのナイスなダイナマイトボディを見たら必ず胸を確認する筈だけど…お前の目線があたしちゃんの目と合ってんだよ」


自らの胸を張って、双蛇羅刹が実に理に適った理由を述べた。

男ならば、その山の如き胸に視線が行かぬ筈がない。

特に未経験の人間ならば、猶更見てしまうだろう。

ちゃんとした理由よりも、加咬弦は意外にも動揺していた。


「…俺はそんなに胸を見ていない」


胸を見ていたと言う事実。

否定してしまうのは、実際意識的目を向けていないからだ。

だが、傍から見てしまえば、無意識に目が胸に視線を流していたらしい。


「嘘つけ、バレてんだよ」


女性目線だからこそ。

双蛇羅刹は変化の違いに敏感であった。


「…ッ」


事実を告げられて加咬弦の表情は険しく変わる。


「今年一シリアスな表情してんな、お前」


そう言ってレジ袋を持っていき、部屋の中へと運ぶ。


「まあ、あたしちゃんはそう言うのどうでもいいし、関係なく空気も読まず突っかかるけどよ」


胸を見られている事に対して、別段気にしていないらしい。

レジ袋をテーブルの上に置いて、ツインテールを作るゴムに手を添えると。


「但し、あたしちゃんのもう一人はどう思うかな!?」


すぽん、と。

ゴムを即座に外して、双蛇羅刹が消えた。


「おい、待て…」


ここで変わるのはまずい。

そう思ったが、既に遅く。


「……」


髪が解け、其処に居るのは双蛇刹那だった。


「…特にやましい事は…」


目線を逸らして、加咬弦は言い訳の様に口を動かす。


「てた…癖に」


今回ばかりは、視線を逸らす事無く。

前髪の隙間から、加咬弦を見詰める双蛇刹那。


「…?」


「私の胸を見てた癖に…」


ギリッ、と歯ぎしりをしながら。

彼女はそう呟いた。

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