第60話

統道旭と加咬弦が共に逃走した話は、統道理事長の耳に入っていた。


「何をしておる、貴様らは…」


怒り心頭である統道理事長は、報告をしに来た私設部隊に対して怒鳴り散らした。


「大勢で向かえば、あの小僧一人、殺す事などワケないであろうがッ!!」


近くに置かれた湯飲みを私設部隊に向けて投げる。

回避する事も出来ず、一人の頭部に湯飲みが当たり、地面に落ちた湯飲みが割れた。

頭部から血を流す私設部隊の一人が大勢で戦闘が出来ない事を告げる。


「しかし…統道様、大勢で向かえば密度が高まります」


「黒粒子を行使し続ければ、最悪仮設現象を引き起こす可能性が…」


迷宮迷子が宿す黒粒子は、その粒子の量が多ければ多い程に迷宮に通じる穴を展開させやすい。

だから、大勢で向かう事はなるべく避ける行動であるのだが。


「言い訳か?それは言い訳か?自分の無能さを棚に上げて、これがこうであるから無理だと言う身勝手な言い分で儂の命令を無碍にしたのか貴様はッ」


統道理事長はその基本すら忘れてしまう程に怒りに満ちていた。


「いえ、決してそういうワケでは」


言い訳をしようとする私設部隊の一人に、統道理事長は杖を掴んで足を叩く。

痛みに倒れる私設部隊の一人の背中に向けて、思い切り杖を振り下ろした。


「ならば、やれ、やるのだッ!それが貴様らの存在意義であり、儂の可愛い孫娘の純潔を守るのが貴様らの役目であろうがッ!迷宮迷子になった貴様らを、ろくに就職も出来ず路頭に迷った貴様らを一体、誰が雇ったと思っているッ!!」


何度も何度も。

青痣が出来る程に。

痛みに堪えて、血を流しながら謝罪の言葉を口にする。


「も、申し訳、申し訳ありまッ」


それでも止まらない。


「儂がやれと言えば実行しッ!死ねと言えば死ねッ!金を払い、命を助けた、ならば儂の為に命を捨てろッ!!あの小僧の息の根を止めた時、儂は安息を得る、その為にッ!その為にィ!!」


痛みのあまり、意識を失いそうになる。

統道理事長はそんな事関係ないと言った具合で杖を振り翳し。


「…理事長殿。某が参りましょう」


その手を止める、黒い外套に身を包む髑髏の仮面を装着した男が統道理事長の後ろに立つ。


「ふーッ…ふーッ…オぉ、おぉッ、黒隠こくいん。貴様が居たか…」


統道理事長のお気に入り。

暗殺者として活動している黒隠と呼ばれる男だった。

この男の存在は、統道旭すらしらない。

完全に闇の存在であった。


「理事長殿の恩義に報いるべく…某が孫娘殿にへばりつく泥を落としてご覧に入れましょうぞ」


「おぉ…流石、流石…黒隠、お前だけは…儂の願いを叶えてくれる、儂の安息こそ、お前が齎してくれる、そう信じておるぞ…」


黒隠の肩を掴み、そして彼の肩を揉む。


「では理事長殿、これ以上の対話は時間の無駄と断じます故、仕事に掛かります」


「お、おぉ、そうだな、儂が引き留めたか、では、頼むぞ…黒隠」


彼の後ろ姿を眺めて、機嫌が直りつつある統道理事長。

黒隠が、統道旭らの元へと向かいつつあった。

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