第28話

俺は急いで病室から飛び出した。


「お兄ちゃんッ!?」


天吏尊の声が聞こえて来る。

スキル『外側からの指し手』によって移動すべきかと考えた。

だが、そのスキルは壁に遮断されていない空間内でしか使用出来ない。

病室と言う空間から、敷地へと出る事は不可能だったろうし、今の俺には、スキルを使用して移動するなんて言う単純な事すら頭の中に思い浮かばなかった。


とにかく、大事だった。

金鹿の命が何よりも大事だった。

だから俺は、彼女を救う為に、誰よりも早く、凶悪犯の元へ向かう必要があったのだ。

階段を下りる。エレベーターなんて待つ時間がもどかしい。

階段を二段、三段と飛ばし飛ばしに走って、階段を踏み外して転げ落ちてしまう。

背中を打ち付けて痛い思いをしたけど、そんなの、迷宮で受けた傷に比べればどうって事はない。


「金、鹿」


病院から飛び出す。

病院の出入り口は既に破壊されていた。

硝子の扉が粉々になっていて、走って外へ出ると、地面に散らばった硝子が音を鳴らしていく。


「何処だッ」


三階から見た場所から、敷地内の庭方面へと走る。

息が続かないが、それでも、無理矢理胸を叩いて痛みを誤魔化す。


雨が降る外は久々に、新鮮な空気かと思える程に冷たい酸素が肺を満たしていく。


「…ッ」


雨に濡れながら、俺はようやく、その現場に遭遇した。

周囲には、雨と血に濡れて倒れる人間の姿があった。


そんな事はどうでもいい、俺は周囲を探す。

金鹿は無事だろうか、心配になりながら、周囲を散策した。


「あ…げんくんだぁ」


今にでも泣きそうな表情をしていた統道は俺の顔を見て嬉しそうに笑みを綻ばす。

そう言えば、お前も捕まっていたんだっけか。

銀髪の、統道旭の首を捕まえて、包帯を巻いて相貌が判別不可能となっているが、その凶悪犯は骨格からして男性である事が分かった。

俺は歯を食い縛りながら、その男に問うた。


「お前、金鹿は何処だ?」


周囲には、金鹿の横たわる姿は無かった。

彼女が居ないと言う事は、この男が何処かに連れ去ったと考えるのが筋だろう。


「…何を言ってるんだ?」


男は首を傾げた。

その仕草に俺は苛立ちを隠せない。


「だから、金鹿だ」


「これは、なんと言うか、面白い冗談じゃないか、なあ、加咬」


…ん?

なんで、コイツ。

俺の名前を知っているんだ?


「惚けた貌だな、もしかして、俺の顔を忘れたか?」


忘れたって、一体。

お前は何を言っているんだ?

俺は、お前なんて知らない。


「俺だよ。東王だ。東王とおう十字郎じゅうじろうだよ。『第三迷宮専門学校の生徒会長』、人は俺を、三十二名の中の生き残りと言う」


…。

……。

………は?


待てよ、そんなの、可笑しいだろ。

生き残ったのは六人だ。

『迷宮専門学校統括理事長の孫娘』統道旭。

『剣豪師範代』覇締日和丸。

『万能なる助手』天吏尊。

『武芸百般の戦術家』双蛇刹那。

『救校の守銭奴』金鹿冥慈。

『第五迷宮専門学校の補欠候補生』の俺。


この六人が生き残りの筈だろ?


「まさか、死人の名前が出て来るなんて驚きだ」


「…誰の事を言ってんだ、お前は」


誰が死人だ。

それを問うて俺は後悔した。


「俺、統道、天吏、日和丸、刹那、そしてお前…金鹿は死んでいるだろ?」


俺は絶句した。

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