第24話

夜になった。

この日はとにかく長かった。

まず沈黙が多かった、傍に人が居るのに、まるで話が広がらない。

話し掛けても消極的で、一言二言会話をするだけですぐに終わってしまう。

だと言うのに、手首に繋がれた手錠が厄介な事変わり無い。

人にはテリトリーが存在する、それを侵害してはならない様に無理に気を貼ってしまうものだ。

しかし、手を動かせば、その手に繋がれたもう片方の手も動いてしまう。

結果、無意識の外へと追いやった人間が、手錠によって無理矢理意識させてしまう。


背中を掻こうと手を動かした時、携帯電話を弄っていた天吏が反応してしまった。


「なぁにお兄ちゃん?」


そして俺が呼んだ事になってしまう。


「いや、別に、背中を掻こうとしただけだよ」


そう告げると、面白そうに目を輝かせて、手錠の付いてないもう片方の手を動かして。


「じゃあ、尊が背中、掻いてあげる」


俺の服を捲って背中を掻いて来る。

カリカリと、それも、刺激が弱く、掻かれていると言うよりかは、擽られている様なもどかしい感覚だ。


「…おい、止めろ、痒い」


「えぇ?お兄ちゃん、痒いの?…じゃあもっとしてあげるね?かりかりぃ、かりかりー…」


最早爪で掻いていない。

人差し指の腹でなぞるように、ソフトタッチをしてくる。


「マジで止めろ、おい、痒いんだよ」


「ふーん…ふぅ」


「うわッ」


そして唐突にコイツ、俺の耳に息を吹きかけて来やがった!


「あはは、お兄ちゃんってビンカン?尊、なんだかイジめたくなっちゃうなぁ」


小悪魔な笑みを浮かべる天吏。

畜生、最早状況を楽しんでやがるコイツ。


「…ん、んん」


そして、俺の隣に座る、未だに顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしている双蛇刹那が咳払いをした。

何か物申す準備でもしているのだろうか。天吏に何か言ってくれるのだろうかと、俺は若干の期待を込めて彼女に視線を送る。


「あの…加咬くんは、被虐的趣味、なんですか?」


顔をぐいと近づけて、長い前髪の隙間から彼女の青色の瞳が俺をジッと見つめて来る。


「な、なんて事を聞くんだ…」


被虐的であるか、加虐的であるかなんて、今、この状況で必要な情報なのか?


「どうなんですか?!」


「食い気味で話し掛けてくるんじゃねぇよ!!」


そんな事どうでもいいだろ!!

クソ、真面な人間が何処にもいねぇ。


「失敬な奴だな、あたしちゃんがいるだろ、この中じゃ一番の良心的な全身善心人間だぞ」


口が開いて双蛇刹那が羅刹の声色でそう告げた。


「お前が真面ならもっと真面な展開になってんだよ!」


両手を上げる。

天吏の片手と双蛇の片手が上がった。


「恥ずかしがる事ないよお兄ちゃん。お兄ちゃんが度を越えた変態でも、尊はお兄ちゃんの一番の妹だから、ね?だから…いじめられるの、好きなの?」


「言うかッ」


「どうなんですかッ!?」


「お前はどんなテンションなんだよ!!」


折角、夜だと言うのに。

眠る寸前だと言うのに。

どうしてこうも、気苦労な展開にしてくるんだ…。


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