第18話
「…」
双蛇刹那は自らの髪に着けたヘアゴムを外していた。
しかし、髪に絡まっているのか、うまく外す事が出来ない。
既に、俺の視線を受けている為に、双蛇刹那は恥ずかしくて涙目になりつつあった。
「あの、こっち、見ないでください…」
「おい、泣くなよ」
ばつが悪そうな表情を浮かべて、俺は今日何度目か、溜息を吐く。
まったく、朝からこんなに溜息を吐いてたら、若い内に人生分の幸福を捨ててしまうな。
「…はは」
幸福、ね。
そんなもの俺が転入試験を受けた時に既になくなっているかも知れないな。
「ぐななーっおのれ、肉体の主人格風情がぁ!あ、あたしちゃんを追い出そうとしてんなぁーこのぉ!!」
頭を抑えながら八の字になるように上半身を振り回す。
「やめ、て、返して、私の、体っ」
「な、なんだとぅ!あたしちゃんはディープでダーティなキャラなんだよッ!体を返してって言われてそう簡単に返す様な悪魔ちゃんじゃねぇんだっ!!」
髪の毛を握り締めて、無理矢理ツインテールを作る双蛇…この状態は刹那なのか、羅刹なのか、どちらの状態であるのか気になる所ではある。
「それに、お前、あーんなに加咬に惚れてっからあたしちゃんが何とかしてやろうとしてんのによぉ!!悪魔の界隈で天使の様な悪魔だって言われてんだぞぅ!!」
「やめてぇええ!!」
「…おいおい」
この悪魔さりげなく惚れているとか言ってるぞ。
無理矢理腕を離して、息を吐きながら、涙を流して双蛇が俺の方を見ている。
「あの、…違うの、さっきのは、羅刹が勝手に言った事で…あの、だから…嫌わないで」
ぽろぽろと涙を流して懇願する双蛇刹那。
「…別に嫌わないけど、好きになるのは止めた方が良い」
迷宮に入ってから。
俺と言う存在が如何に価値が無い存在であるか分からされた。
既に自己嫌悪に陥っていて、身の丈に合う様な幸福すら必要無いと思っている。
今の所は、愛だ恋だの、そんな感情に身を左右される気分ではなかった。
「先に上がるわ…」
一人二役の漫才を見ている様で退屈はしない。
けれどその題目が俺に対する恋愛模様なんて、三文芝居でしかない。
「おうおうおう待てよこの野郎」
その場から逃げようとする俺の首根っこを掴んで引っ張る。
「なんだよ」
「お前なぁ、さっきの台詞、申し訳ねぇと思わないのかぁ?」
なんだよ。
そもそも、お前が口を滑らせなかったらこんな複雑な感情になる事は無かったんだぞ。
「…悪いとは思うけど、それでも、俺は他の人間と一緒になるなんて」
「違ぇよ。あたしらに申し訳ないのか、って意味じゃねぇ。お前、自分を卑下し過ぎだろ」
悪魔の羅刹がそう言って来る。
申し訳ない?何がだ、自分に対して、そんな感情がある筈無いだろ。
「自分は存在する意味ないです、って感じだぜ。悪魔ちゃんからの忠告だけどな。そんな考えで生きたら、自分の身を亡ぼすだけだぞ」
「…滅ぶ、か」
滅ぶのなら、それでいいさ。
今の俺には、そっちの方が性に合っているのかも知れない。
「このやろ」
そう思っていた瞬間、俺の顔面を殴る羅刹。
「何が滅ぶのならそれでいい、だ。中二病発症させてんじゃねぇよばーかッ」
「人の心を読むなって…」
「あたしちゃんはお前の様な生き方は認めてねぇからな。これは、何よりも、刹那もそう言ってる事だからよ」
「…刹那が?」
珍しく、二人の意見が合っていると、羅刹が言っている。
「まあ取り合えずは、茶でもシバきに行こうぜ」
そして、俺に付き纏ってくる羅刹。
一人の時間は許さないと言っている様にも感じた。
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