第13話

俺が何か言うよりも早く。

天吏の背中から黒い霧の様なものが見えた。

そして俺の背中がどん、と強く押されると同時。

彼女の胸に飛び込むかの様に躓いてしまう。

そして、天吏尊が強く俺の体を抱き締めた。


「…お前」


俺は冷や汗を掻いていた。

今朝の事も、今、この瞬間も。

俺の見間違えで無ければ、天吏尊はスキルを使役している。


「なに?お兄ちゃん…うん、わかってる」


「…スキル、使ってるのか?」


うふふ、と目を細めて笑みを浮かべる天吏の視線は、俺じゃなくてその後ろで呆然と俺たちの姿を見詰めている、統道に向けて。


「尊も大好き、お兄ちゃんの事、大好きだよっ、ありがとうお兄ちゃん、愛してるなんて言ってくれてっ!」


大きな声で牽制する様に天吏尊が叫んだ。


「お前、何言ってんだよッ!そんな事よりも」


スキルを使っているのかどうか聞く。


「照れなくても良いよ、お兄ちゃん。尊もね、お兄ちゃんの事、好きだから、大好き、だからね」


抱擁が終わり、強く手を握られる。

同時に、俺の首が見えない手で握られる様な感触があった。


「私の一番で居続けてね?」


会話は其処で終わりだった。

手を引き剥がして、病室の扉に手を掛けて、振り向きながら手を振る天吏。


「じゃあね、お兄ちゃん、また明日」


天吏はそう言って病室から出て行った。

俺はよろめいて、ベッドに尻餅を突く様に座る。


「…なんなんだよ」


俺は溜息を吐いた。

これは、彼女がした事は、協会に連絡すべきなのだろうか。

それをしてしまえば、厳重な注意では済まされない。

推定でも、天吏尊のスキルランクはC以上だ。

それを協会の許可も無く使用したとなれば、処罰が下るに決まっている。


「…げんくん」


俺の傍に近寄って来る統道旭。

背後から首に手を回して、俺を抱き締めてくれる。


「だいじょうぶ?痛いこと、されなかった?」


心配そうに、統道が優しくそう言ってくれる。

俺は首を縦に振った、大丈夫だと口にしたかった、けど。喉が掠れて声が出ない。


「…あの人、すきる、使ってたね」


「…そうか、旭も見えてたのか」


やはり、あれはスキルだ。

言い逃れは出来ないだろう。

協会に口添えするべきかどうか。


「協会に言わないの?」


統道旭が、俺の考えていた事を口にする。


「…あぁ、どうするかな」


正直、協会に言えば、天吏尊は更生施設に送られる。

そうなったら、彼女から天吏帝を思い出さなくても済む。

だが、そう思う心の内で、『また人を不幸にするのか』『自分勝手な真似で人を傷つけるのか』と、良心であろう自分の心が非難する。

現実から、事実から逃れる為に彼女を遠ざける行動を行い、その結果更に自分を苦しめる様な真似を行ってしまう。


どちらにしても、悪夢から逃れる事は出来ず、既に地獄へ足を踏み込んでいる。


「…どうするかは、俺が考えるよ、だから、旭は何も心配しなくていい」


俺はそう言って彼女の頭を撫ぜた。


「…」


旭は無言のままだった。

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