第10話

眼から零れる一滴の涙。

それは憎しみや恨みが募っていた。


「…決められた結末じゃなかった。俺が犠牲になっても、変わらない未来だったかも知れない」


「分かっている…恨むのはお門違いである事など、しかし。五体満足で、大した呪いや精神汚染も受けず軽傷である貴様を見ているだけで…」


『殺してしまいたい』。

物騒な台詞までは吐かなかった。

いや、吐こうとしたのだろう、けれど。

理事長の手から、統道旭が離れていく。

そして彼女が俺の方に寄って、俺の体を強く抱き締めてくれる。


「おじいちゃん嫌い、げんくんイジメる」


頬を膨らませて、俺の助け船となってくれる統道。

一方的に責められて精神が苛まれる所だった。

彼女がその台詞を口にしてくれるだけで、救われた様な気になる反面。


「(お前は…統道旭じゃない)」


本物の器に別の物体が入り込んだ様な彼女に違和感を覚えた。


「…いや、いやいや。旭ちゃん、お爺ちゃんは、決してイジメているワケじゃないんだよ…だから、そんな目で見ないでくれ」


祖父としての柔らかな表情。

しかし、その目は確実に憎悪を孕んでいる。

俺はそれを逆恨みだと言い除けたかった。

けれど、言う事が出来ない。


俺は、転入試験の抽選枠に受かる為に、理事長と契約をした。

もしそれをしなければ、少なくとも、俺よりも迷宮探索師として適正を持つ人間が選ばれたかも知れない。


「(…考えるな、自ら首を絞める様な真似をするな。この事実が真実なんだ。これがベストなんだ)」


自分の精神を壊さない様に、自らの行いを肯定する。

そうする事で、少しだけ自分が許された様な気分になる。


「ねえねえげんくん、きょうはね、お絵かき、いっしょにしよ?」


屈託の無い笑みを浮かべて、統道が俺の手を引っ張ってベッドの下からスケッチブックを取り出した。

鉛筆で、年齢には見合わない滅茶苦茶な子供の絵を書く。

丸を三つ重ねた様な絵は、動物を模しているのだろう。


「旭ちゃん、今日はおじいちゃんと遊ぼう」


「やっ、あきはげんくんと遊ぶの、おじいちゃん、あっちいってっ!」


腕を振り回して統道が理事長を部屋から追い出そうとする。


「…は、はは、分かった分かった、じゃあ、また今度遊ぼう、それじゃあね、旭日ちゃん」


早々と病室から出て行こうとする理事長。

扉に手を掛けて、廊下に出る寸前に、俺の方を睨んだ。


「…」


まるで、俺が彼女の全てを奪ったと言わんばかりの表情だった。

俺は、理事長に目を合わせる事無く、統道旭が渡してくれたスケッチブックに絵を書く。

それだけに集中した。



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