第9話
数時間後。
スキル登録が終わったので、俺は統道が休んでいる病室へと戻る事にした。
何事もなく病室に入ると、部屋の中には既に先客がいた。
袴姿で、白髪で、髭を蓄えた初老の男性だ。
俺はその老人を知っていた。
病室に入った事で、老人が此方に顔を向ける。
「加咬くんかね」
生気を喪った円らな瞳で俺を見据える。
「どうも、統道学園理事長」
俺は老人に挨拶をした。
統道学園理事長、国立迷宮専門学校の統括者であり、迷宮探索協会の幹部でもある。
「あ、げんくん」
理事長の膝に座って髭を引っ張る統道旭の姿。
髭を触れられて微笑ましい表情を浮かべつつある理事長。
「キミとこうして話すのは、脅された時以来かね?」
理事長は和やかに俺との会話を行おうとしている。
俺は立ち上がったまま、会話に参加する事となった。
「その切は、どうもありがとうございました」
その切とは、所謂転入試験に関しての事だ。
俺は、他の参加者とは違って、推薦枠ではなく、抽選枠でしかない。
第五迷宮専門学校の予備候補科に属している俺は、五千人も在籍する予備候補生の中から五千分の一の確率で選ばれた…と言う事になっている。
表向きは、抽選の結果で俺が選ばれた事になっているが。
俺が実力で抽選枠を手に入れたと言っても良い。
「まさか我が学園が迷宮化するとは思いもよらず、最悪な結果を招いてしまった事を深く詫び入れるよ」
理事長は統道旭の腰に手を回して、柔らかな腹部を擦る。
「しかし、まさか…キミが生き残るとは、思わなかった」
「…俺も、死ぬ確率が高いとは思ってました」
基本的に、迷宮に入った人間はスキルが芽生える。
それは、自分が残した功績や実績がスキル化する為であり、社会に実力で貢献すれば、その分初期段階でのスキル開花が多くなる。
だから、推薦枠で選ばれる生徒は才能に溢れた人材ばかりだった。
俺の様ななんの才能もない人間が迷宮に入っても、スキルの開花は至難でしかない。
「あぁ、けれど悲しい事もある。儂の可愛い可愛い、孫娘がまさか、幼児退行を起こすなど…なんと、無念で可哀想な事だろうか」
「…」
統道旭は、理事長の膝の上で笑っている。
そのあどけない顔が、理事長の悲哀を深くしていた。
「あぁ、仕方がない、仕方がないこと、だけれど…それでも、収まらんのよ、この怒りが」
理事長の手が、俺の方に向けられる。
首に向けて、鷲の爪の様に、五指を構える。
「何故、貴様ではなく、儂の孫がこんな目に遭わなければならんのだ」
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