第6話

「はい、お兄ちゃん、あーん」


売店で購入したサラダをフォークで刺して、それを俺の口に持ってくる。

ニコニコとした笑みを浮かべる彼女の言動は、とても仲の良い兄妹に見えるか、もしくは初々しい恋人の様にも見えてしまうだろう。

けれど俺の表情は歪だ。

変に作り笑いする事すら出来ない。


「あぐっ…」


サラダは青々しい。

生臭さが鼻から突っ切る。

市販品のサラダは本当に水気が無くて味が薄い。

それでも、迷宮で食べた料理を思い出せば、まだ此方の方が極上に近かった。


「お兄ちゃん、美味しい?尊にも食べさせて、あーん」


甘えた仕草で天吏が小さな口を開けた。

俺が食べていたサンドイッチを、彼女の口に向けて手を伸ばす。


ぱくりと、彼女がサンドイッチを口にした。

口の端に付着した照り焼きソースを薬指の腹で拭うとそれを口に運んで舌先で舐めた。


「ん、美味しいねこれ」


「…欲しかったら、やるよ」


俺はサンドイッチの残りを天吏に渡して、席から立ち上がる。


「何処に行くの?」


彼女の質問は、『私から逃げるの?』とも聞こえてくる。


「トイレだ…、少し、吐いてくる」


早歩きで俺はその場から離れる。

俺の言葉を本当なのだと悟った様子で、それ以上の事を口にする事は無かった。


男子トイレに駆け込んで、二番目の大便器に向けて俺は胃袋の中のものを全て吐き出した。

普段は食事をしても大丈夫なのだが、天吏が一緒に居た事で、迷宮の時に食べていたあの得体の知れない肉や植物の味を思い出してしまった。


「か、っはっ…あ、ぁ…」


喉が酷く渇く。

このまま干からびて死んでしまいそうな程だ。

胃が痙攣して、尚も腹の中から吐瀉物を撒き散らそうとしている。

十分ほど苦しんで、俺は大便器から離れた。


「くっ…」


喉を鳴らす。

口の中が酸っぱくて、喉が焼け爛れそうだった。


ふらつきながら、洗面所まで向かう。

気分が悪いが胃に何か詰めておかないと。

手を洗い、口を軽く濯ぐ。


がちゃん、と音をたてて、一番手前の大便器が開かれた。

俺は鏡越しでトイレから出てくる人物を確認した。


漆黒の様に黒いさらりと伸びた髪の毛。

両目の部分には包帯が巻かれていて、視界が作用していない。

甚平を着用し、その上に羽織を羽織っている。

片手には紫色の竹刀袋を握っていて、ふらふらとした足取りで此方へと向かってくる。


「音からして、加咬どのか」


高い声だった。

胸部は膨れていて甚平が着崩しを起こして谷間が見えた。

女性が、男子トイレと女子トイレを間違えたのかと思えば、それは違う。


日和丸ひよまる、久し振りだな」


彼女、もとい、彼は覇締はじめ日和丸と言う。

性別は元男性、有り体に言えば、彼は迷宮の呪いによってTSをしているのだ。

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