第3話

一日中。

彼女が眠るその時まで、適当な会話を続けていた。


『丁度良い、私の盾になる事を許すぞ』


迷宮化した学校で彼女と邂逅した時、そんな傲慢な言葉を吐いたのを覚えている。


『何故、偉いか?当然、統道旭は凡人の生まれではない。世界で一線を凌駕する迷宮専門学校統括理事長の孫娘である。偉くなければ一体誰が偉いと言うのだ』


前髪を上げてカチューシャで留める。

額を顕わにする彼女の姿は傲岸不遜ながら自尊心が高く、それでいて自己を通す様な威厳に満ち溢れている。


先導者としての才覚があった。

彼女と共に付いていけば、きっと迷宮から脱する事が出来ると。

けれど、そんな甘い考えは、ダンジョンの中では通用しなかった。


ダンジョンにはお決まりの罠が存在する。

踏めば毒矢なり岩石が転がって来ると言う代物。


統道旭はそれを踏んでしまった。

その罠は落とし穴だった。

下層へと落ちた彼女を助ける為に、俺や他の仲間が下へ降りる。

部屋の中は魔物の巣窟だった。

衣服を破かれ、暴行され、血を流す彼女は今にでも死に絶えそうだった。

其処で仲間を一人失いながらも、俺は彼女を助けた。


けれど、既に彼女は死んでしまっていた。

肉体ではない、精神がだ。


『やめて、嫌、痛いのいや、やめて、やだ、やだやだ…』


涙を流して恐怖に怯えて、俺に縋り安堵を求める統道旭。

其処に、彼女の威厳も傲慢な性格も、全てが死に絶えていた。

残るのは、心に深い傷を負った少女が一人。


ダンジョンと言うものは、簡単に人を壊す事が出来る場所だと、その時気づいた。


「……」


そんな事件が起きて以来。

彼女は俺に依存している。

魔物の群れから彼女を助けたのは俺だ。

彼女を助けて、俺の顔を見た時、その時に安堵の感情と俺の顔が合わさって、擦り込みされたのだろう。

加咬弦の傍に居れば大丈夫、だと言う擦り込みが。


「…おやすみ」


光栄な事とは言えまい。

彼女は既に死んでいる。

統道旭の心は壊れて、俺なんかに縋らなければ生きていけない生き物になってしまった。

これ程までに悲しい事があるだろうか。

まだ、死んでいた方が、救いがあったのではないか。

そう思って仕方が無い。けれど、それは決して、口に出してはいけない事だ。


俺は彼女が深い眠りに付いているのを確認した。

明日は、迷宮で会得したスキルを迷宮探索協会に披露しなければならない。

迷宮に入った人間は最低でもスキルが一つ所持されている。

そのスキルは凶器と同じだ。だから協会に登録して貰わなければ、法律によって裁かれてしまう。


早く寝て、早く備えよう。

そう思って俺は彼女の手を離して、隣のベッドに横たわった。


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