第2話

病室へ急ぐ。

部屋の前では、看護婦が惨状に手を出せぬまま部屋の中を見ていた。

看護婦を押し退けて、病室へと入る。

一人、豪腕な看護婦が必死になって彼女をベッドに押し付けていた。


ベッドの中では、爪を看護婦の腕に突き立てて暴れる稲穂を連想させる髪の毛を伸ばした、一人の少女が半ば狂乱に陥りながら暴れている。


「いやあああっ!やめて、やめてぇえええ!!」


泣き叫ぶ彼女の声を聞いて、俺はベッドの上に乗り込むと彼女の頬に手を添えて顔を近づける。


「旭、アキっ!俺だ、弦だっ」


彼女の名前を告げる。

鮮やかな銀髪を搔き乱し、焦点が合わなかった目が俺に向けられる。

俺の姿を確認すると、彼女、統道旭は安堵の表情を浮かべて俺の頬に手を添える。


「弦、げんくん、げんくんだぁ……あのね、あき、一人でがんばったよ?」


幼い口調で統道旭が褒めて欲しいと懇願してくる。

俺は作り笑みを浮かべて、彼女の頭を優しく撫でる。

嬉しそうに彼女は甘い吐息を吐くと、目を潤わせる。


「げんくん、今日は一緒に居られる?」


「…あぁ、今日はお前の傍に居るよ」


彼女の頬から指を離して、俺は椅子に座って、彼女の手を握り締める。


「加咬さん」


腕から血を流す看護婦さんが俺の事を見ていた。

その痛々しい腕を俺は見ながら、看護婦さんに頭を下げる。


「今日は俺が居るんで、二人きりにして貰っても良いですか?」


看護婦さんは俺の願いに二つ返事で了承すると、すぐに撤収した。


「あのねぇ、今日、夢を見たんだぁ」


ベッドの上で横になる統道旭は嬉々として語り出す。

幼い彼女の口調は、精神的トラウマから逃れる為に、幼児退行を起こしている。


迷宮で受けた傷は既に完治している。

それでも心に負った怪我は、現代の治療でも、迷宮の遺物でもどうにもならない。


統道旭。

迷宮専門学校を統括する学園理事長の孫娘だ。

学園長から直々の指名によって転入試験を受ける彼女は、俺に取っては忌むべき人間だったが、今では、神経に障る様な傲慢さや高飛車な性格は消え失せている。


「げんくん、聞いてるの?」


俺が物思いに耽っていると、統道旭が俺の顔を覗いて聞いて来る。

俺は我に返ると、笑みを作って聞いていると、彼女に告げる。


「疲れてるの?やすむ?」


心配そうな表情を浮かべている彼女に、俺は首を横に振った。


「俺は大丈夫だよ。旭。早く元気になって、外に出ような」


「あ、うんっ、えっとね…あきはね、おじいちゃんに逢いたいなぁ、げんくんも一緒に、逢いにいこうね?」


彼女の言葉を肯定する為に頭を縦に振った。

彼女が壊れてしまったのは、やはり、あの迷宮に入った時からだろう。


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