第20話 「おもわく」


心なしかウィルを女にしたような

整った顔に人間特有の肌色のすべすべした肌

露出度は高くないが

なんともそそられる騎士のような姿をしていた


綺麗な親近感を沸くような女…


俺は女を殴るのか…?

だが、今までの旅は…

ウィルとの約束は…

アキナの思いは…


俺の頭の中がごちゃごちゃと考えていると彼女が口を開いた


「オーグンさん ゴブリンの村ではあなたに迷惑をかけてしまいましたね…

ですが…」

彼女の否定が入ったところで俺の拳が迷わず振り下ろされた

ゴブリンたちは何も悪いことをしていない

ただ利用され傷つけられた

言い訳などが通用するはずがない


しかし、俺の拳は空を切った


「すみません オーグンさん 私にはもう殴られる身体が無いのです」

彼女が台座に目をやる


それは台座ではなく棺桶だった


中にはかなり年のいった人間の女が入っていた


「私は死に際に魔法で精神体を魔道具に移し

この結界によって生きながらえているのです

物質的な力は一切ありません」


「なんでそこまでして生きながらえるんだ?」

次に口を開いたのはテンだった


「白い妖狐さん 私たち人間はあなた方と違って短すぎる寿命があります

それだけでは私の…いや、人間の罪は積み重なるばかりなのです

生死が早いけれど死で清算されるわけではないのです」


「人間の罪?」


「はい

人間はこの大陸には存在しなかったのです」


「ああ、それはイルスから聞いた」

俺がそう言うとうれしいような懐かしむような申し訳なさそうな

複雑な感情が入り混じったような顔をした


「イルスですか…

彼もまだ生きているのですね…

彼は今の現状をなんといっていましたか?」


『人間が何をしようとそれは自然のサイクル

俺らは結局その中に居るんだ』と

彼女はそれを聞くとふふふっと笑った


か、可愛い…

俺は彼女を決して殴ることは出来ないだろう


悪いアキナ…

もう俺は君に顔向け出来ない


「数千年たっても変わらないのですね

オーガスタは死にましたか?」


「ああ、俺のじいちゃんは死んだ」

じいちゃんやイルスの話…

この子がイルスの言っていたウィンザードなのだろう


まさかとは思っていたが本当に悪魔王だとは


「そうですか あなたがオーガスタの孫ですか

少し似ていますがそこまで面影はないですね」

そう俺を見つめる彼女の目は普通の綺麗な女性の目だった


外見だけならめちゃくちゃど真ん中ストライク


血筋だけじゃない それ以上にウィルによく似て透き通っている

彼女が悪魔王等と呼ばれる者とは程遠く感じる


もちろんウィルがタイプなんてことはない

あいつは男だ


けれど本当に彼女が黒幕なのだろうか…?


「あんたがウィルの言ってた武神ウィンザードならなぜ人間を滅ぼす?」

確かに知りたいことは山ほどある

でも、世間話をしに来たんじゃない


悪魔王を殴るというアキナとの約束は守れなかったが

ウィルとの約束は守らなくては


「裏切者の私をそのような名で呼ぶとは…やはり人間は薄汚い…


ですが、私もこうして生きながらえている

薄汚いものが決着をつけなきゃならないのです」

俺にはその意味が分からなかった

人間は美しい 俺は今でもそれを感じている


「悪魔王ウィンザード 人間の国への襲撃を辞めるんだ」


「それは出来ません

人間はこの地に居てはならない存在です」


おれの拳に力が入る

同時に眷属たちが臨戦態勢に入り白い獣人が飛び込んできた

「オーグン!やる気か!

今やるなら早くていい!」

白虎は飛び込み際に腰に掛けた二本の白い剣を抜き振り切った


速い…


俺は腕で顔と首を守る


白虎が振りぬいた剣には血がついている

俺の腕には傷がついていた

すぐ反撃しようにも俺の拳の届く範囲にはすでに白虎は居ない


「おー白虎やるのぉ」


鳳凰の火の羽 

周囲に朱色の炎が纏われ

『ブレイブウィング』

羽ばたくとそれらが細い矢のようになって向かってきた


「とったぁあああ」

鳳凰が無邪気に叫ぶ


「?」

しかし攻撃は俺の横を通り過ぎ

炎の矢は後ろの石壁に深く突き刺さり石を焦がした


直撃したらかなりダメージを食らうだろう…

魔力はイルスほどではない

凝縮具合もウィルほどではない

だがそれらと比べられるほど凄まじい魔法だ…


「むむむ?」

鳳凰は不思議に思い周囲を見渡す

テンがやったんだ テンは俺の後ろで知らん顔している


メルサも腰を落とし周囲を警戒する

彼女に玄武が近づく

「儂らと同じ悪魔のお嬢ちゃん

お主も戦うのか…?」

そう言いながらのそりのそりと近づく玄武に

メルサは同じペースで後ずさりをしていく


「やめなさい」


ウィンザードがそういうと眷属たちはピタリと動きを止め

初めの位置に戻っていった


「こちらから仕掛けて申し訳ないのですが

私たちはあなた方と争う気はないのです


普段は外の接触が無いのであなた方の強さに気圧されているのでしょう」


強さ? 気圧された?

いや、気付いたら剣を振りぬかれ

ダメージを負う攻撃を見せられて

そこまで大差はないはずだが…?


「私たちにも大義があります

私には責任があります

義務があります


この地を汚してしまった責任が

この地から人間を滅ぼさなくてはいけない義務が」


この地から人間を滅ぼさなくてはならない

彼女の極論的な言葉が

俺にとって一番なってはならない事を起こそうとしている彼女の言葉が

俺の悩みを吹っ切らせる


「ウィンザード 俺にとってはやっぱりお前が黒幕だ

お前のおかげで俺の決意も固まった


お前らが作った他種族不可侵俺がぶっ壊す!

俺は人間を含め全員が楽しく笑っていられる世界がいいんだ」



過去とか、通りとか世間の常識とか そんなものに縛られて生きている

そんな人生が楽しいのだろうか


いや、俺も今だから分かる

ウィル、テン、メルサ、ムー、クー、アキナ、イルス、父と母とオーガの里のみんなと人間の一緒に戦ったみんな

この数年多くの人たちと関わることによって分かった

生物は誰しも幸せを求めている

不幸を求めてる者なんていないのだと

それが様々に拗れて悪者だと言われるような事を起こす

自身の幸せを得るために


イルスの話だとウィンザードにも色々あったのだろう


もし大災害でオーガの里が無くなり生きるために他に移り住むってなったとしたら

必ず争いは生まれるだろう

それぞれ自身の幸せを守るための争い


俺は人間側やゴブリンにも大切な人がいる

もしかしたらウィンザードのようになるかもしれない


だからウィンザードはずっと楽しかったのだろう 

じいちゃんとイルスといる時間が


だからその責任を取ろうとしている


ウィンザードはふっと顔を緩めたが

すぐに引き締めた

「甘い…

誰かが笑えば誰かが泣く

これが世界の法則」


俺も顔を引き締めた

「…ああ分かってる

でも俺は一人じゃない

ウィンザードお前は対等に話して喧嘩出来る奴がいない

間違ったら咎めてくれる奴ら一緒に悩む奴らが居ない」


眷属たちが前のめりになったのをウィンザードが制す


ウィンザードは言葉を飲み込むように俯き

強い目線を俺に向けてきた

「確かに今はそうかもね 忠告ありがとう

逆に一つ忠告してあげる

オーグンあなた人間をなめ過ぎよ

今でこそ大人しくしているが奴らの思想は人間第一主義

自身の幸せなら他の排斥を厭わない」


「ここにはいないがウィルはそんな奴じゃないと俺らならできる」


「ウィル…?」


「なんだ、あんた情報通のくせに知らないのか

『不吉な妖精』を連れた王子ウィルって有名だぞ」

テンが割って入ってきた


「……もちろん知っていますとも」

ウィンザードはポロリと涙を流す

「やはりあの子ですか

それにあなたの耳飾りは やはり

時は来たのですね


もう一度聞きます

あなた方は魔族と悪魔 私たちと同類

協力する気はないのですね」


「ああ、あんたを止めるとウィルと約束したからな」


「残念です

ここまで来ていただいたのは 

万が一あなた方に邪魔されないため…

藍っ」


「なにっ?」

建物内の空間が歪んでいく

目の前のウィンザードや眷属たちも

それなのに俺らだけは形を保っている


まさか…


そう思った時には俺ら三人は外にいた


「やられた…

まさか瞬間移動できる魔法なんかがあるなんて」


「オーグンどうするよ…?

ウィルが心配だけど今から戻ったらすべて終わってるかもしれないぞ」


まんまとウィンザードの術中にハマってしまった

こんな僻地に取り残され

しかも戦争が起こる前に帰らなくては…



ウィル



止めた


「私が悪魔の頭取 ウィンザードです」


俺が殴ろうとしたのはきれいな人間の女だったのだ

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