第18話 「おやしき」
悪魔軍本拠地に向かう途中
ウィルの偉大さを噛み締める日々だった
今まで一人旅をしているときは全く気にならなかったのだが、
一度快適を覚えてしまうとダメになるらしい
今までだったら目が覚めたら料理があった
ウィルが早起きして作ってくれていたから
しかし、今はない
腹ペコのなか狩りをし
魔物を焼いただけの食べ物に不満などなかっただろう
喉が乾いたら水がいつでも飲めた
ウィルが魔法で大気中から水を抽出してくれたから
しかし、今はない
水は貴重だという考えが薄れているのだろう
雨風を凌げる即席の寝床を作ってくれていた
これはメルサが旅に同行するようになってからだが
しかし、今はない
この耐え難い状況は皆の精神を削る
俺は別の意味でだが…
そんなこんなでギリギリの状況のなか
悪魔軍の本拠地に向かうオーグン、テン、メルサ
目の前に現れたのは
なんとも怪しげな木造の屋敷
周囲には何もなくポツンと一軒だけ建っている
メルサは危険を察知して身震いしている
だが、少しの間でも休まないとみんなの身が持たない
「休もう」
異論がある人はいなかった
そこまで古くはない建物であった
誰か住んでいるのだろうか
建物とは逆に古く錆びた取っ手に手をかける
ギィィィと扉は開いた
中は比較的綺麗だ
こんなところに綺麗な建物があるのが逆に不気味だが
「誰かいるかー?」
俺の声が家の中に響き渡る
「悪いが休ませてもらうぞ」
中から返事はなく
家の中に入っていった
家の中は美に無関心な俺でも趣味が悪いと感じる
魔物の皮を敷物にし
首を額縁にいれ飾り
生きているかのような死体の置物が所狭しと並んでいる小奇麗な部屋
しかも、何処からか死体ではなく、生物の気配もする
「いるな?」
「い、いるね」
「ええ、…でも地下ですわ」
「地下があるのか?
誰が住んでんだ?」
「結界かなにかが邪魔して分かりませんわ」
コツコツと廊下の板の間を歩いているとコーンと床下に空洞がある音がした
三人は目で合図し
板の間を外し
そこにあった階段を下りていった
階段の下にあったのは
実験場とも解体場とも言えるような一室
しかも荒らされた後のような感じであった
そこらじゅうに散らばっている紙
読めないくらいぐちゃぐちゃに書かれている
本棚もあったが空
器材もナイフや針等何処でもあるような物ばかり残っていた
やはり誰かが持ち出した後なのであろうか
散らばった紙の中に一冊の本があった
俺は読み書きが出来ないのでメルサに読んでもらう
表紙には何も書かれていない本
内容は
『とうとう実験は完成した
私達はこの世の真理を解き明かしたのだ
やはりこの世に悪魔など存在しない
私達は何も変わらない
いや、この世の森羅万象、人、魔族、悪魔然り
動物、魔物、植物、鉱物、水や大気、魔法に至るまですべて変わらない
誰か、いや私たちが分けて呼んでいるだけなのだ
5人ともよくついてきてくれた
黄は帰ると言っているがそれが良いだろう
彼がどの道を辿りたとえ私たちに牙を向こうとも私たちは変わらない
私も寿命だ
だがやるべき事の一欠片も出来ていない
藍が言うにはこの場所で私は生き永らえれない
新しい場所を探さねばならぬだろう
そして永久の愛を我が息子に…』
ここで紙は破れたいた
ここの主の手記だろうか
いつ頃書かれたものなのか
悪魔軍の拠点なのか?
突然後ろから気配がする
反射的に振り返ると目の前にはメルサの顔があった
脱皮のせいかますます美しくなったメルサの顔に照れる
心なしかメルサも顔を赤くしている気がしている
がそうじゃない
「い、今、後ろから気配がしなかったか?」
「わ、私は前から気配がした気がしたのですが…?」
お互い顔を合わせ心臓が高鳴り
テンに足の小指のつま先を踏まれる
それは痛てぇぞ
いや待てよ 俺は後ろに感じメルサは前に感じたということはメルサの目の前に一瞬だけ現れたということ
それなのにメルサが姿すら確認できなかった
この場に緊張が走る
そこまで速いということは
下手したら次に気配を感じた時には俺らのうち誰かがやられる可能性すらあるということ
俺ら三人で全く反応できないとなると
それほどの強者がこの世界に存在するということ
三人背中合わせになり一瞬の気を見逃さないように全神経を集中させる
時間にして幾秒過ぎただろうか
また瞬間的に後ろから気配を感じバッっと振り返ると
テンとメルサも振り返っていた
俺らは顔を見合わせていた
そこには誰もいなかった
が少なくとも誰かが攻撃されたわけではなさそうだ
「クククククク」
部屋中からあざ笑うかのような声がして前に顔を戻すと
目の前でムーが三人の外周をとびながらクルクル回っていた
「ムーなぜおまえがここに?」
そいつは首を傾げた
目を閉じていて分からなかったが
よく見ると左右に目が二つ
つまりムーじゃない
「お前は何者だ? ここはなんだ?」
と問うと
クルっと縦に一回転して
小さい手から火の粉を出した
火は木の天井を焼いている
「おい! 俺らを生き埋めにするのか?」
「クククク」
とまた笑いながら手から水を出し火を消す
残った表面が焦げた木が残る
「お前は何がしたいんだ」
そいつは焦げた木に手をやると木が生きているかのように焦げた部分を落とし
木が意思を持つようにべしっとそいつを殴ろうとしたが
瞬間移動でかわす
木は諦めたかのように新しい木を伸ばすと元通りに戻った
「こいつはここを守っているんじゃないのかな?」
テンがそういうと
小さい妖精はテンの頭にポンと乗りテンの頭をなでる
どうやら正解のようだ
そしてからかうかのように四方八方に瞬間移動した
まるで遊びたがっているかのように
「悪いな 俺らは急ぎでやるべきことがあるんだ」
というと
小さな頭をガックシと落とした
俺らはここで一晩だけ休ませてもらうことにした
ムーに似た奴クーがずっとちょっかいをかけてきていたが
それも気にならないほどに俺らの心身は疲れ切っており
深い眠りに入っていた
クーが居ながら地下室が荒らされていたのは何でだろうか…?
と頭の隅にあったが それ以上に思考が出来ぬほど疲れていた
翌朝
「じゃあな いきなり邪魔して悪かったな」
そういうとクーは俺の耳に手をやるとチクっと針の刺したような痛み
耳に手をやると小さな耳飾りがついていた
「お前 これ呪いじゃねぇだろうな…」
「クククク」
と逆さまになりながらクーは笑っていた
メルサがじっと耳飾りを観て
「私の眼には 魔法もかかっていたないただの耳飾りですわ」
と言った
こうして俺らはこの奇妙な屋敷を後にした
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