第4話 「戦争」
目を開くと目の前には青空が広がっていた
虚無感…いや…これはある種の爽快感と言っていいのだろうか
「ああ、俺は負けたのか…」
今までで一番重い身体を起こすと遠くのクレーターでウィルが座っている
生まれてこの方500年
一対一どころか複数を相手にしても戦闘に関しては一度も負けたことが無かったが負けたのだ
いっそ清々しい
だが、物思いにふけっている余韻は無かった
クレーターの横で天狐が人間の兵士に襲われている…
兵士には歴戦を思わせるような身体の傷
その傷のせいかガラが悪く見える
ウィルを見ていたから立ち振る舞いに品位が無く感じるのだろうか
敵を見つけた時の人の立ち振る舞いは皆このような感じなのだろうか
バカだからよくわからねぇ
ウィルが説明してくれていた事
妖狐の事何一つ覚えていない
でも、天狐がウィルに時折見せていた敵意じみた目の理由がこれなんだろうか
難しい事を考えるのはやめだ
とりあえず天狐を助けなきゃいけねぇ
そこらへんに転がっている小石を兵士に向かってデコピンで飛ばした
小石は兵士の籠手に命中し兵士の剣を弾き飛ばした
兵士たちは俺の姿を見ると恐れ、あたふたしていた
「ふぅ…」
天狐の無事を確認するとため息を付いた
ウィルが立ち上がり俺の方に歩いてくる
待てよ、ウィルは何で天狐を助けなかったんだ…?
ウィルが俺の方に向かう途中、兵士たちが全員駆け寄り
膝に手を付き何か話しをしている
兵士たちは何度も頭を下げると俺の方へ向かうウィルの後ろに整列して付いてきた
ウィルは何をするつもりだ?
兵士を引き連れてとどめを刺すのか?
ウィルとは短い付き合いだがそんなことするよな奴じゃない…
少なくとも俺の知る限りは
まさか俺を殺すための道化を演じていた…なんてことは無いと思いたい
不安をよそに近づいてくるウィルの表情は透き通っていた
そして笑顔だった
察した
これはお前は強かったと認めよう[僕が勝ったけど]
という笑顔だ
まあ、それは事実か
天狐の事は…おそらく同じ人間として攻撃することが出来なかったんだろう
良い方向に結論づけよう
しかし、彼の言葉が今までの俺の思考を一掃させた
「オーグン…悪魔軍と戦争になったらしい
僕たちの助太刀をしてくれないか?」
戦争…
ここ数百年なかった事だ…俺は参加したことがない
でも聞いたことがある
異なる派閥同士が殺しあう
あれはいつだっただろうか…
浮浪のオークが言っていた
戦争は最高だと
敵を殺し、何でも奪えるのだと
俺は魔族や人間を殺したことはない
別に平和主義って訳じゃあない
ほとんどの場合戦闘にすらならないから殺すくらい本気で戦ったことがないんだ
本気で殺そうとしたのはウィルとイルスぐらいだろうか
ゆえに戦争に対する憧れみたいなものがずっとあった
『種族間不干渉』
とはいっても、これがある限り戦争が起こるとは無かった
なぜこんなに戦争に憧れているかって?
自分の強さを示したい?
ちゃうちゃう
そのオーク曰く
奪えるものは
食糧や金品だけじゃない
女
そう女を孕ませることが出来るのだと
そしてそれが戦争の醍醐味だとオークは言っていた
無論オークの言う戦争はオークの村同士の戦争だ
だが、今回ウィルの言う戦争は人間対悪魔軍
そこにオーガの俺が人間側として参戦する
べ、べ、別にオークみたいに無理やりとか殺してからやりたいとは思ってない…
それだけは誓って良い
で、でも万が一…
人間の女の子が男の悪魔に襲われている時に現れたとしたら…
彼女を身を挺して守り…
「大丈夫か…かわいこちゃんよ…」
『危ないところを助けて下さり感謝します
あの、私で良ければ…』
とか言われたら
ズキューーーン
うん、これで行こう
いきなり結婚とかがっついてもダメだってウィルが言っていたしな
「…グン」
「オーグン‼聞いてた?」
「はう…?」
おーそうだった ウィルの祖国へ向かう途中だった
周りには馬に乗ったウィル、ウィルに何度も頭を下げていた兵士長らしき人、天狐がいた
いけね
自分の世界に入りすぎた…
「はぁ…」
ウィルはあからさまにため息を付いた
自分の下半身に視線を向けるとそこには大きな傘が立っていた
オウ マイ アンブレィラ
「オーグンちゃんと聞いてよね」
「ああ、悪い悪い…」
兵士長の男が今後の作戦を話しているようだ
「今王都の城壁を悪魔軍が取り囲み攻防戦が日夜、行われています
定石通り、我々は悪魔軍の本陣に外から奇襲をかけましょう
敵も警戒しているとはいえ、ウィル様とオーグン殿程の戦力が外から襲ってくるとは思っていないでしょうから」
天狐もあの後は襲われることなく、何事も無く移動すること数日…
懐かしの王都
夢にまで見た人間の国…
が、まさに今攻撃を受けている
崩壊…とまではいかないが明らかに厳しい戦いだ
さらに目を凝らすと妖精を連れた人間の女、鎧に身を包み剣で敵を撃退している女が敵の攻撃を苦しい表情で耐えているのが見えた(実際は男の方が圧倒的に多いが目に入らない)
気付いたら走り出していた
「ちょっと…オーグン…全く…コウセイ‼」
ウィルの隣にいた兵士長が膝まずく
「はっ」
「オーグンについていって」
「はっ」
兵士長コウセイはすぐ馬に乗りオーグンを追いかける
「僕たちも敵の本陣へ行こう」
「おおおお」
天狐は今が好機と静かに後ろへ下がった
俺は全速力で前線に走った
女の子達を助けるために…
ああ、ちょうど今コウモリと犬が混じっているような男悪魔が
槍のような手で女魔術師にとどめを刺そうとしている…
そこを助けるのだ
妄想通りに…
「罪深き人間よ死ねぇ‼」
「っっ…‼」
ガキィイイン
「何ぃ⁉」
「⁉」
うん、計算通り…
俺の強固な背中で相手の攻撃を防ぎ
俺の逞しく優しい腕で女の子を包み込む
女の子は頬を赤らめ…いや、少し驚いた顔してるな
そりゃそうか死ぬ寸前だったもんな
ここでゆっくり手を解き
決めセリフだ
絡まる視線
高鳴る鼓動
ドクン ドクン…
かわいこちゃんなんてキザ過ぎる言葉は出ない
まずいここで何か言わないと
そうだウィルが言っていた言葉だ
「おおおお、俺とお友達からお願いします」
「きゃああああああああ」
おお、周りで黄色い声援
こんなの初めてだ
心なしかいつもの帯せられる叫びと大差ないように感じるが…
この子も逃げないでいてくれる(腰が抜けて動けない)
しかし、ウィルの教えがここまで有効とは‼
「皆の者ぉおお」
兵士長かコウセイとか言ったな
「ウィル王子とオーガ族族長オーグン殿が友好関係を結ばれた
この場を今しがた耐え凌げぇ」
バリバリ バリバリ
遠くの本陣に雷雲が集まっていく
ウィルも戦闘態勢か
「お、おいコウセイ様とウィル様が戻られたのか」
「あの何度も王都に攻めてきたオーグンが味方だって‼」
「勝利への兆しが見えたぞぉお」
人間の士気があがっているな
「へぇ、コウセイだっけ?あんたも結構人気なんだな」
「っっっ‼」
バシッと軽く叩くと一瞬悶絶したような表情を見せるも
「い、いえウィル王子とオーグン殿と力ですよ」
「そうか、俺も自分の欲望だけじゃなくて…ウィルの友として役目を果たさないとな」
俺はそこらに転がっている小石を集め
悪魔の男 ドゴッ
悪魔の男 バゴッ
悪魔の女…可愛い… あとでお話出来るかな?
悪魔の男 ズゴッ
人間の男…はやっちゃダメか
悪魔の男…悪魔の男……
数秒…小石だけで悪魔の男だけを死なないように手加減して片付けた
「お、オーグン殿なんと…しかしまだ敵が残っていますぞ…?」
「バカヤロぉー 俺をウィルみたいな女も傷付ける奴と一緒にするな
俺は世界の女の子の為に戦うんだ」
ドゴオオオン
雷鳴が鳴り響く
「あのバカ王子あれじゃ見境ないだろ」
「ん?」
足元に大きな影が濃くなっていく?
ドォオン
「わっ危ね…」
空からでかい…熊と悪魔を組み合わせたような悪魔が落ちてきた
「3大魔物のオーグンと見受ける
悪魔軍幹部パズズだ いざ勝負」
ーーーーウィル視点ーーーーー
「はっ 僕は気絶していたのか…」
クレーターの中の岩盤に座るようにして気を失っていたのか
オーグンは?とどめを刺さないのか?
周りを見渡すと妖狐が自分の国の兵士に襲われている
「くっ… 間に合うか…」
手に魔力を込めるも兵士の剣は弾き飛ばされた
遠くでオーグンがまた小石を飛ばしたのか…
オーグンとの戦いにも負け、自分の国の兵士も止められず
「完敗だ…」
でも、清々しい
思えば、国でこんなに思い切り戦ったことも
自分の感情すら表に出したことも無かった
まあ、元からオーグンがただの変態でシャイな奴って分かったから
負けても危機感は無かっただろう
オーグンのほうに向かって歩いていくと兵士たちが集まってきた
「う、ウィル様王都が悪魔軍に攻め入られています 援軍を…」
「そんなことより妖狐を襲ったのは何で?」
「も、申し訳ございません、自分の監督が生き届いておらず」
「コウセイ…責任者が君だからこれ以上は言わないけど」
「は、はい…」
悪魔軍か…
オーグンとの戦いでほとんど消費しちゃったからな…
オーグンの方に近づいていくと何やらいつもと表情が違う
負けた僕を憐れんでいるのだろうか?
まあ今回はいい
それより協力を仰がなくては
戦争…
その言葉を聞いたオーグンの顔は気持ち悪い顔になった
短い付き合いだが分かるオーグンがこの顔をするときは変態的な事を考えている時だ
戦争のどこにその要素があったのだろうか…
意外とオーグンは自分の強さの顕示欲みたいなのはないのだが
オーグンの思考はよくわからない
王都に戻ってきたら立ててた作戦を全部すっぽかしてオーグンが戦争の中心に飛び込んでしまった
まあ、何考えているのか分からないけど無差別に殺したりするような奴じゃない
とりあえずコウセイを付けたし大丈夫だろう…
そんなことより僕は僕でやるべきことをやらなきゃ
敵の本陣は目の前だ
ーーーー天狐視点ーーーー
おいらは規模が違う程の喧嘩を見せられた
冗談でも彼らの攻撃を一撃でも食らうと即死だろう
おいらは彼らの喧嘩を眺めるしか出来なかった
お互いが最後の力をふり絞りぶつかった後二人は吹っ飛び同時に気絶した
ここまで互角だとは…
仮にもオーグンははぐれ者のおいらですら耳にしたことがある程の魔族
それと互角のこの人間は何者なんだ…
人間なんて弱いくせに群れて
しかもずる賢くて
より弱いものを痛ぶる最低の種族のくせに…
「うわっ なんだこの地形は…」
背後に数人の兵士がいた
に、人間…
「ん? おいおいおいおいこいつは妖狐じゃねぇかい」
人間の一人がおいらに剣を振り上げながら近づいてきた
「やめろ‼」
「はっ 何言ってんだコウセイ…兵士長
こいつを狩れば英雄として一生遊んでも有り余るほどの金が手に入るんだろ
今更あんたの命令なんて聞けるわけねぇだろ」
そう…人間なんてこんなもんさ
でも足が動かねぇ
怒りと恐怖で…
くそ…くそ‼
突きつけられている剣が怖い
弱きを狩る人間の視線が怖い…
「テン…生きて」
くそ…走馬灯か…
ソラ…お前を殺した人間においらは何も出来ないのか
おいらに向かって振り下ろされた剣が弾きとんだ
オーグンだ‼
小石一個しかもデコピンでこの威力…やっぱりオーグンは強い
ソラ…おいらは何としても生きるよ
オーグンに付いていくんだ
たとえ虎の威を借る狐だとしても生き延びるんだ…
そう思っていた…
「うぉぉおおお‼」
が、戦場でオーグンは戦いが一番激しい所に行ってしまった
周りは全員人間…
全員敵…
何とかして逃げ出さなきゃ
⁉ウィルが本陣に攻め込むのか、何とかどさくさに紛れてここを離れるんだ
なるべく小さいもの…ネズミ…ネズミに化けてこの場から逃げ出すんだ
『変化』
幸いウィルに付いていくのに必死で誰も僕に気付いていない
ドゴォオオ
ウィルの魔法だろうか…この音と光にみんな気を取られてくれている…
このまま踏まれないように足元を抜けて…
何度かこけたが
よし…何とか人間達から抜け出せた
後は遠くに逃げるだけ…
「おい、どこいくんだよ」
くそっ 見つかった…
いや、こいつおいらに切りかかってきたやつ
ずっとおいらを狙っていたんだ…
「自分から一人になってくれるなんてあーありがてぇーー」
だ、ダメだ…やっぱり震えて動けない
「コウセイもいねぇえし ここなら誰も口出しするやつぁ いねぇ」
「なんでおいらには力が無いんだ…
なんでおいらには勇気がないんだ」
「震えちまって 可愛いなぁああ こんな雑魚を狩るだけで英雄なんて
ははぁああ なんて軽っちいんだ 伝説とやらの武神ウィンザードとやらもたかが知れているんだろうな …ん? うわっっ‼」
ビュオオオ
チンピラ兵士の前に風の渦が起こり吹き飛ばされる
「ちくしょう何だってんだ…ぎゃああああ」
チンピラ兵士の顔の目の前にオーグンの顔があり発狂する兵士
「なんでお前ら…戦争は…?」
ウィルが腰の抜けているおいらに手を差し伸べてくれている
「ああ終わった」
「うん終わったよ」
「ぱ、パズズ様がたった一撃で」
「本陣崩壊‼本陣崩壊‼直ちに退軍せよ」
遠くの方で悪魔軍が撤退している
「なんでおいらを助けるんだ…おいらはお前らを利用し都合が悪くなったから逃げようとして…」
喜び…ではない
うれしいわけでもない
悔しいわけでもない
安堵したわけじゃない
涙が止まらない
でも涙が出てくる理由がわからない
しいて言うなら張り詰めた糸が切れた感覚だけが残っている
そうかおいらはずっと怖かったんだ…
生まれた時から親に異質ということで捨てられ
育ての親のソラを人間に殺され
力が弱いくせに寿命がないこの身体で一人で怯えながら数百年生きてきた
ずっと怖かったんだ…
死ぬときは殺される時
いつも恐怖が身近にあった
ソラと過ごした時間のような家族のような安堵や安心感とは違う
恐怖からの解放…
ただそれだけ…
でもそれだけで無意識に涙が出るほど
日々の恐怖がこんなにも自分を追い詰めていたんだ
オーグンはチンピラ兵士の頭を持ち上げると兵士の身体は宙づりになった
「今度俺らの友達を傷つけようとしたら許さないからな」
友達…いつ友達になったんだか分からない
おいらには友達なんていないんだから
でも、なんか悪くはない…かな…?
「ごめんね…人間にも色々な人がいるから」
ウィルはそう言いながらおいらに治癒魔術をかけてくれた
気が付かなかったが戦場から逃げる時にネズミの姿で必死に逃げていたせいで
身体は傷だらけだった
ウィルの魔法で一瞬で痛みは無くなった
人間のくせに…
…いや、こいつはおいらにあまり関わろうとしなかった
それはおいらに対する敵意のようなものだと思っていたけど
今思い返せばその表情は敵意ではなく謝罪のようなものだった
ソラが狩られたのは百年以上前…
寿命が短い人間のウィルが関わっているはずはない
頭の切れるウィルの事だ、人間に都合の良い英雄伝のようなものが残っていてそこからソラが一方的に狩られた事を読み取ったのだろう
事実、チンピラ兵士はおいらを狩る事に躍起になり
ウィルは妖狐という種族の事をよく知っていた
オーグンとウィル
この二人は信用できる
「ウィル様、王よりオーグン殿一行を王宮に招待せよとのことです」
コウセイが伝令からの言葉を伝えると
オーグンは小便を漏らしたチンピラ兵士を離した
彼は情けない走り方で林の中に逃げていった
ウィルはつまらなさそうな顔をしながら
「僕たちは王宮に招待を受けるために帰ってきたわけじゃないからもう行くよ」
「そ、そうだな」
オーグンは少し残念そうな表情を浮かべている
「そ、そんなこと仰らず…妹様も含め全員が、オーグン殿にお会いしたいとのことなので」
「い、妹‼」
オーグンの動きが止まった…
ウィルは珍しくまずいって顔をしおいらに目くばせをしてきた
ここはおいらがウィルに借りを返す時なんだ
●キャラクター紹介
名前:天狐
種族名:妖狐
魔魂:A
魔躰:E
寿命:?
能力:相手の魔魂を自在に操れる
一言:「おいらは生きるんだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます