092:来訪

 合同パーティが終わってから一週間後に、ハヤトさんが俺たちの拠点にやってきた。表向きは合同パーティの報酬に関してだったのだが、また謝罪をされるのだろうなと思っている。

 実は合同パーティが終わったその日のうちに、正式に謝罪を受けており、それに関しては俺の方でももう終わりにしようという旨は伝えていた。それでもまだ正式メンバーじゃなかったとはいえ、自分たちのクランから非道なことをした人間が出たことに申し訳なさを感じているようだったのだ。

 もし今回も謝罪をするようだったら、こちらとしても気まずいだけなので本気で止めてもらうようお願いするつもりである。それにこちらとしても打算はあった訳だし。



「ハヤトさんとミヤビさん、そしてトシロウさんわざわざありがとうございます」


「いや、こちらこそ時間取ってくれてありがとう。――それにしても、『清澄の波紋』の拠点は凄いね」と、俺たち自慢の拠点を見てハヤトさんが驚いているのを見てとても嬉しい気持ちになった。ハムハムさんも驚いてくれたけど、やっぱりこういうリアクションを見ると嬉しくなっちゃうよな。



 俺は3人のリアクションを見て内心ムフムフしていたのだが、それを隠しながら屋敷のリビングに案内をしてソファーに座ってもらう。そして、黒衣が出してくれたコーヒーを飲みながら、軽く雑談をしていると凛音が『探るんだ君』を持ってやってくる。俺はそれを受け取ると、テーブルの上に置いた。



「これは嚥獄で私が使っていた物と同じガジェットなんですが、これをハヤトさんにプレゼントさせて下さい」と伝えた。するとハヤトさんは驚いた表情を浮かべて「いやいや、こんな貴重な物受け取れないよ」と遠慮をする。


「俺としては、これからも『青龍』の皆さんとは良い関係を築いていきたいと思っているんです。優吾たちの件がありましたが、そういうことは水に流して仲良くしてもらいたいと思ってるんです」


「いや、それでも……」とハヤトさんが未だに遠慮をしていると、「まぁ、いいじゃねぇか。お前が受け取らないなら、俺たちのパーティで使うぞ?」とトシロウさんがハヤトさんを笑いながら揶揄った。


「ちょっとハヤトしっかりしなさいよ! トシロウに取られちゃうわよ!」と受け取るか悩んでいるハヤトさんの肩をビシバシ叩きながらミヤビさんが焦ったように言う。



 合同パーティが終わってから聞いた話なのだが、ハヤトさんとミヤビさんは大学時代から恋人として付き合っていて、トシロウさんはこの2人が所属していたサークルの一つ上の先輩だったらしい。そして、クランメンバーの前ではカリスマオーラがプンプンしていたのだが、本当のハヤトさんは優柔不断でミヤビさんの尻に敷かれているとのことだった。


 そんな2人に後押しされて「本当にいいのかい?」とハヤトさんが再び確認をしてきたので、俺が「もちろん」というと破顔させて「ありがとう」とお礼を伝えてくる。なんか最初は王子様な印象だったんだけど、子供っぽくて可愛いなって失礼ながら思ってしまう。

 そんなハヤトさんが面白くて「これからも仲良くして下さい」と言うと、「こちらこそだよ」と手を差し出して握手を求めてきた。俺はその手を握ると、今度ハムハムさんや龍二さんを呼んでSランク同士仲良くするのもありだな、なんて思うのだった。




 ―




 それから暫くは『探るんだ君』の使い方を説明したり、雑談をしていたのだが、ハヤトさんが急な真面目な顔になったのでいよいよ本題が始まるのかと思い、俺も自然と背筋を伸ばして言葉を待つ。



「まずは改めて先日うちのクランメンバーが、『清澄の波紋』の皆様に愚行を犯してしまい申し訳ありませんでした」ハヤトさんはそう言うと頭を下げてきた。それに倣うようにしてミヤビさんとトシロウさんも同じようにする。その姿を見て俺は辟易としてしまった。一度許すと言っているのに、何度も頭を下げられるのはあまり気持ちの良いことではないからだ。


「ハヤトさん。それにお二人も頭を上げて下さい。もう何度も謝罪はもらいましたし、許すともお伝えしています。それなのに何度も頭を下げられるのは、こちらとしてもあまり良い気分にはなりませんので」と素直に気持ちを伝えると、「――分かった」と言って頭を上げる。


「だが、謝罪だけでは流石に『青龍』として立つ瀬がないので、今回の合同パーティの報酬に関して、当初予定していた倍の支払いをさせてもらいたい」



 ハヤトさんは副リーダーのミヤビさんに目配せすると、彼女は徐に立ち上がりカバンの中から書面を取り出してテーブルの上に置いた。俺はその書面を手に取ると、確かに元々の報酬の倍額が記載されていた。俺としてはそこまでしてもらわなくても良いのだが、こうすることでハヤトさんたちの気がすんで、これ以上謝罪をしてこないのなら素直に受け取っておくことにする。



「気を遣って下さりありがとうございます。では、この提示金額でお願い致します。あとはハンター協会を通してってことで良いですよね?」


「あぁ、君たちの口座にはハンター協会経由で支払われるはずだよ」



 俺が素直に受け入れたのを見て安心したのか、ハヤトさんの表情が柔らかくなった。それを見たトシロウさんが「お前より詩庵の方が余程大人に見えるな」と揶揄うと、「いや、俺もそう思うよ」と苦笑いを浮かべるのだった。


「あと、今回は本当にありがとう。俺たちのことも気にしてあいつらに被害届を提出しないと言ってくれたんだろ? 本当に借りばかり作っちゃってるな」


「あはは。やはりバレちゃいましたか。優吾たちのことが公表されたら、ハヤトさんたちも後処理が大変だったと思いますし。それに、俺たちも本当にあいつらの関係で足踏みしたくなかったっていうのもあるので」


「この借りはいつか返させてもらうよ。何かあったらいつでも言ってきてくれな」



 優吾たちの件が世間に明るみになるとハヤトさんが言うように、かなり面倒なことになるのが目に見えていた。それは彼らだけではなく、俺たちが巻き込まれるのは間違いない。正直優吾たちのせいで、無駄な時間を過ごしたくないと思うのは仕方がないことだろう。それに、優吾たちをどうこうするよりも、『青龍』に大きな恩を売る方が俺たちにとって確実にメリットが大きい。

 恐らく俺の考えは彼らにも分かっているだろう。狸の化かし合いのようで気持ち悪いなと思いながらも、「そのときはお願いします」と俺は笑顔で伝えた。



 その後は、黒衣お手製の料理をみんなで食べて解散となった。

 ちなみに黒衣の料理を食べた3人が、「ぜひうちのクランに!」となったのは言うまでもない。

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