091:侮蔑嫉妬、その行き着く果ては

 詩庵と初めて話したのは、ハンター協会で出会ったときだった。

 ハンター協会でクラスメイトに会ったって言うのもあり、テンションが上がって話し掛けたんだが、なんとなく運命を感じてパーティに入らないかと誘っちまったんだよな。

 詩庵と別れた後に、幼馴染の紫から「勝手に勧誘しちゃうんだから!」と怒られたけど、「詩庵となら上手くやっていけるから」となんとか宥めたんだっけ。それから俺と紫は急いで学と小鳥に追加メンバーのことを伝えて、翌日のダイブに挑んだんだが今思い返すとあの時が一番楽しかったかも知れないな。


 そして、俺たち『龍の灯火』が初めてダイブをしたとき、詩庵の刀を振るう姿がとても美しくて見惚れてしまった。そして、俺はこいつと一緒ならSランクにだってなれるって確信したんだ。

 しかし現実ではそうならなかった。俺たちのレベルが上がっていくのに対して、詩庵のレベルは一向に上がることがなかったのだ。下の階層を目指そうとしても、詩庵を守りながらのダイブになるので先に進むことすら儘ならない。『天上天下』の龍二さんの例もあるので、それでも俺たちはあいつを見捨てずに一緒にダイブをし続けた。


 しかし、4ヶ月目くらいから俺たちはあいつへの不満を隠せなくなってきた。徐々にあいつに対する口調が荒くなってきたのも自覚している。あいつがいないときは、メンバー全員で詩庵の悪口を言い合っていた。まぁ、小鳥だけは「そんなこと言ったらダメだよ」と俺たちを嗜めていたが、「あいつのせいで俺たちのレベルもランクも上がらないんだ。こんな風に言われても仕方ないだろ」と言って黙らせたことも一度や二度ではない。


 そして、6ヶ月が経過したくらいで俺たちの我慢も限界になり、詩庵にパーティを除名することを伝えた。一応ゲストという扱いでこれからもたまにダイブしてやるとは伝えたけど、そんなつもりは俺たちには一切なかった。

 その後もあいつがソロでダイブしているのは知っていた。しかし、レベルはやはり上がっていないみたいで、ずっと初級ランクのダンジョンで苦戦しているらしい。この頃になると、あいつのことを俺たちは完全に無能と見下していた。勉強は出来るんだからさっさとハンターなんて辞めちまえよ。俺は頑張ってますアピールなんていらねぇんだよ。そんなことを紫にぶつけて、それに彼女も同意していた。


 ところが高1の3学期くらいから、詩庵がダイブしているという話を聞かなくなった。自分が無能だと気付いてようやく諦めたかと思い、もうあいつのことは完全に忘れたと思っていたが、高2になって1ヶ月が経過したくらいであいつがクランを立ち上げたことを知った。

 あいつ諦めたんじゃないのかよ。それにクランがHランクまで上がってるだと?

 無能のくせにパーティメンバーにおんぶに抱っこでもしてるんだろ、どうせ。

 そう思った俺は、紫と一緒にAクラスの詩庵の教室へ向かった。


 何度か煽るようなことを言ったが、あいつはいつも冷静だった。思い返すとパーティの除名を伝えた時も焦った感じもなく、冷静に状況を把握してそして、俺たちに感謝の言葉を伝えた。無能のくせにそんな冷静で大人の対応をするあいつが気に入らなくて仕方がなかった。

 なので、俺はあいつの仲間のこともディスってやった。そうしたら、いつも冷静のあいつが怒りを露わにしたんだ。俺はメッキが剥がれたなって思ったよ。あいつはSランクを目指すとか言ってたが、そんなことあいつに出来るわけがない。もし出来たとしても、その時は仲間の力だろうよと本気で思っていた。


 それから一ヶ月後に、ハンター協会から新しいダンジョンの調査で、Aランクハンターと一緒にポーターとしてダイブして欲しいという依頼が来た。他にも詩庵がいるクランも参加することを聞いてムカついたが、ここで成果を残せたら俺たちは一気にランクアップできると思い二つ返事で了承した。


 合同パーティでは、いけるところまで戦っても良いと言ってもらえたので、遠慮せずに戦わせてもらった。Aランクパーティ『紅蓮』や『猪突猛進』のリーダーからもFランク以上の実力があると言ってもらえたので、この合同パーティの後は飛び級でランクアップする可能性があると俺たちは喜びあった。

 そんな俺たちとは対照的に、詩庵たちはポーターの仕事のみを愚直にやっていた。まぁ、あいつのクランメンバーが作る料理だけは大したものだったが、それ以外であいつらは全然役に立っていなかった。やっぱり無能は無能だったのだ。


 状況が変わったのは20階層目に到達した時だった。突然魔獣が頭上から降ってきて、俺は意識を失ってしまったのだ。その後意識を取り戻すと、俺たち以外にも炎夏さんたちも戦闘不能になっているとのことだった。では誰が戦っているのかと尋ねると、詩庵が一人で戦っているというじゃないか。俺たちが一発でやられた魔獣と一人で戦っているなんて嘘だと思った。

 体力を取り戻した俺たちは、詩庵が戦っているという場所まで走っていくと、ちょうど魔獣を倒したところだった。しかし、詩庵だけではなく黒衣という女の子も一緒にいたので、俺はあいつではなく黒衣が倒したのだと確信した。そうじゃないとあの無能が戦えるわけがないのだから。当時からすばしっこかったから、あいつが魔獣を撹乱してその隙に黒衣が倒したのだろう。そう俺は思いこむようにしたのだ。


 合同ダイブが終わって、俺たちはFランクからDランクヘ一気に上がることができた。しかし、俺たちに喜びはなかった。それはそうだろう。あの無能が率いるクランがSランク認定されたのだから。仲間に寄生しているだけのパラサイトが、楽してSランクになったのがどうしても許せなかった。

 なので俺はあいつの真実をハンターギルドの掲示板や学校で言い広めてやった。あいつはパラサイトだ、Sランクの器なんかじゃないと。そう考えていたのは俺だけではなく、過去の詩庵を知ってる人間はいずれも「やっぱりな」と納得していた。全員が知ってるんだよ、あいつが無能だってことに。


 合同ダイブが終わって少しすると、『青龍』からクランに参加しないかとスカウトが来た。『青龍』が将来性のありそうなパーティをスカウトしているという噂は耳にしたことがある。

 自分たちの力でSランクになりかったのだが、『青龍』の仲間になるのは俺にとってもステータスだった。それに、Sランクに認定されたら独立しても良いと言ってもらえたのだ。この好条件で参加しない理由がない。俺たちは『青龍』の一員になることを承諾する。俺は周りに自慢したかったのだが、『青龍』として最初の合同ダイブをするまでは研修期間になるらしく、周りに公言してはいけないとのことだったので我慢した。


 お飾りのSランククランのリーダーをしてる詩庵は、遠からずクランを除名されるだろうと思っていた。

 しかし、詩庵が本物だと認められる事態が発生した。『清澄の波紋』が嚥獄ダイブをライブ配信し始めたのだ。最初の低階層は仲間が戦っていたので、俺もやっぱり自分で戦う力なないんだなと思っていた。

 ところが、2日目からは詩庵がほぼ一人で魔獣と戦っている姿を目の当たりにしてしまったのだ。Sランクのクランが苦戦する嚥獄の魔獣を詩庵一人で倒している。コメントや掲示板を見ても詩庵は本物だと認識されていた。あいつはお飾りなんかじゃなかったのか。パラサイトなんかじゃなかったのか。あの無能が俺たちよりも力をつけていることがどうしても納得いかなかった。


 あんなにも俺たちに迷惑をかけた分際で……。


 詩庵はあのライブ配信を経て、歴代ハンターの中で最強と呼ばれるようになっていた。俺はただただ悔しかった。しかも『青龍』としての合同ダイブは未だに参加させてもらっていない。合同ダイブでは複数のパーティでダンジョンにダイブすることで、リーダーだけではなく複数の視点からふさわしいか決めるらしい。俺たちはその合同ダイブが行われないので、『龍の灯火』としてひたすらダンジョンへダイブした。


 その結果学校の成績は散々たるものだったが、Sランククランの一員となった今となっては学校にいる意味をあまり感じなかったのであまり気にすることはなかった。それよりも夏休みに入って今まで以上にダイブできることが嬉しかったのだ。

 そして、ハヤトさんから『清澄の波紋』と一緒に合同ダイブしたいと考えている旨を知らされたときに、俺たちも参加させてくれと必死にお願いをした結果、俺たちの試験を兼ねた合同ダイブも一緒に行おうということになった。ただ、俺たちの役目はポーターとしての参加で、緊急事態以外は戦闘などには参加させないということだった。


 ハヤトさんが詩庵たちを持ち上げて、合同パーティをしたいと熱く語るのは癪に触ったが、これで正式に『青龍』のメンバーになれると思ったら少し気が楽になった。『青龍』の正式メンバーになってしまえば、詩庵だけにデカイ顔をさせることもないだろうしな。こっちはあの『青龍』の正式メンバーなのだから、格式はこちらの方が高いに決まっている。なので、あいつらがいるのは不愉快なのだが、俺たちはそのことを我慢して合同パーティに同行していた。


 合同パーティは順調に進んでいた。俺たちもポーターとしてしっかりと働くことが出来たし、戦闘のバックアップなどもこなせたはずだ。それでも戦闘に関してはほぼ詩庵たちが担ったので、『青龍』はゆとりを持って対処できたというのもあっただろうが。

 しかし、往路最終日前日の夜にハヤトさんがバジリスクと戦うと言い出した。今の俺たちの力であんな化け物と戦うなんて考えたくもない。詩庵が唆したのだろうと思った俺は、あいつらの拠点に行ってハヤトさんに30階層目に行くことを中止するように伝えた。俺が頼んだにも関わらずあいつは首を縦に振ることはなかった。


 だから俺たちはあいつらの拠点の結界石に細工をして、魔獣に拠点を襲わせたのだ。正直あいつらがここの魔獣でどうこうできるとは思っていない。だが、拠点が壊れたり、傷を負ったりしたら明日のバジリスク戦は無くなるだろう。そう思っていたのだが、俺の思惑は完全に失敗に終わった。あいつらの拠点はめちゃくちゃに出来たが、詩庵たちは傷一つ負わずに魔獣を殲滅したのだ。


 そして結局俺たちはバジリスクと戦うことになった。俺たちは戦力外通告されて、みんなが戦っているのを後ろから眺めることしかできなかった。悔しかったが、先輩方がバジリスク相手に全然ダメージを与えられない姿を見て、今の俺たちでは太刀打ちできないというのも理解している。だが、このままで終わるわけにはいかない。詩庵たちだけを強者にさせるわけにはいかないのだ。

 結局バジリスクは、詩庵の一振りで討伐された。『青龍』はというと、ハヤトさんが一太刀与えただけで、それ以外のメンバーではバジリスクに傷一つを与える事が出来なかったのだ。


 俺は悔しい思いをしながらも、その後は地上へ戻るだけだと思ったし、これで『青龍』の正式メンバーになれるのだからこれから頑張れば良いと思っていた。だが、まさか最後の最後で俺たちがしたことが明るみになるとは思ってもいなかった。俺たちが無能の拠点にやったことが動画に撮られていて、更にハヤトさんに伝わっていたのだ。その結果俺たちは『青龍』の正式メンバーになるどころか、除名処分になってしまった。

 俺はハヤトさんにバレた時点で、ハンター資格の剥奪はもちろん、殺人未遂として逮捕されることも覚悟した。実際にハヤトさんは俺を除名にして、ハンター協会にも真相を伝えると言っていた。

 ハヤトさんは「それで良いかな?」と詩庵に確認すると、「はい。だけど、被害届は提出しないようにします」と返した。



「良いのかい? 彼らの行為は殺人未遂と言っても過言じゃないんだよ」


「良いんですよ。――だけど、ケジメはちゃんと取ってほしいですね」



 詩庵は俺たちの方を見て、「お前たちがどうなろうが俺にはもう関係ない」と言ってくる。



「だけど、被害届出すと裁判とかになるだろ? 弁護士と話したりしないといけないし、出廷もしなくてはいけない。そんなことに時間を使いたくないんだわ」



 詩庵の言葉に俺たちは何も言えず、ただ項垂れることしか出来なかった。



「正直な、お前たちに関わってる暇がないんだよ。だけど、お前たちはハンターとしてやってはいけないことをやったんだし、その報いは受けるべきだと思うんだよな。だからハンター協会にはちゃんと顛末を伝えるから、恐らくお前たちはもうハンターになることは難しいだろうな」


「――あ、あぁ……」



 詩庵の言う通りだ。

 ハンター資格を剥奪された人間が、再びハンターになることは限りなくゼロに近い。

 それだけではない、ハンター資格を剥奪されるということはそれだけ社会的信用が落ちるということになる。

 チップアプリのプロフィールに、ハンター資格の剥奪と記載されるので就職活動でもかなり不利になってしまうのだ。また、除名後に犯罪行為を行った際は、元のランクが高ければ高いほど罪が重くなる。

 ハンター資格を剥奪されるというのは、例え警察に捕まることがなくても重い罰を受けることになるのだ。


 両親だけではなく、親族全員が俺たちのことを期待していた。

 しかし、その期待を最悪な形で裏切ることになってしまった。



「あとな、被害届なんて出したら、俺たちはもちろん、ハヤトさんたちもマスコミに追われたりするだろ? お前のやらかしたことで、俺たちの貴重な時間を使うのは流石に迷惑なんだわ」



 そう言うと詩庵はハヤトさんの方を向き、「これで良いですよね?」と尋ねると、ハヤトさんは「俺たちのことまで気を遣わせてしまって申し訳ない」と頭を下げる。



「被害者の詩庵くんが被害届を出さないと言うなら、俺たちもそれに従いたいと思う」



 そして、ハヤトさんは俺たちの方を向き、顔を見渡した後に「本当に残念だよ」といつも輝いている笑顔ではなく、見たこともないような暗い表情を浮かべていた。この時、ようやく俺は周りが見えてきた。『青龍』のメンバーのことを見渡すと、全員が俺たちのことを蔑みの目で見ていた。俺はその目が怖くて、顔が上げられなくなってしまった。


 目を閉じて耳を塞いでいると、いつの間にか『龍の灯火』のメンバー以外のみんなはいなくなっていた。紫は先ほどまでの俺と同様に蹲っており、学たちは呆然としている。俺は紫の側に行き、肩に手を添えるとビクッと小さく痙攣した。



「あっ、優吾……」紫の目は赤く充血していて、顔は涙と鼻水でグチャグチャになっていた。俺は紫を抱きしめると「ごめんな」と何度も謝る。すると、俺の肩に激しい衝撃が襲ってきて、俺は紫と一緒に吹き飛ばされた。

 俺は元いた場所を見ると、紫と同様に顔面を涙で濡らした学が立っていた。



「優吾! お前が、お前が詩庵なんかにずっと拘ってるから! どうしてくれるんだよ!」学の隣には、同じく憤怒の形相をした音也が立っている。つか、お前たちも乗り気だったじゃねぇかよ。なんでこいつらにこんなことを言われなきゃならねぇんだよ。俺が奴らのことを睨むと、聡美が「っていうか、あんたたちなんてことするのよ! 私知らなかった。そんな馬鹿なことするなんて知らなかった!」と叫んで俺たち全員睨みつけてくる。


 その剣幕に押されたのか、先ほどまで俺に敵意を向けていた学たちも聡美のことをまともに見ることが出来なかった。

 そう。聡美だけは今回のことを知らなかったのだ。聡美は俺たちのパーティの中で、唯一詩庵に対して何の感情も抱いていなかった。なので、計画に文句を言われるのを避けるために、彼女だけには何も伝えずに俺たちだけで実行した。

 実行した時は俺と紫が見張りだったのだが、その時聡美はテントの中で熟睡していた。なので、本当に今回のことには携わっていないのだ。



「悪い……」



 俺は聡美にそう言うしか出来なかった。

 聡美は「ふざけんな!」と言うと、俺の頬を殴ってきた。そして紫や学、音也のことも同様に殴るとそのまま俺たちから離れていく。


 こうしてSランクを目指して結成された俺たち『龍の灯火』は、結局ハンターとして何も実績を作ることが出来ずに解散することになったのだった。





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 ざまぁ作品ではないですが、ざまぁ風味な描写となりました。

 残念ですがやらかしちゃったらその報いは受けなくてはいけないんですよね……。

 嫉妬は悪いとは言いませんが、それを良い方向に持っていけたら彼らもこんなことにはならなかったのに。

 被害届を出さなかったのは甘いと言われる方もいらっしゃると思いますが、この処遇に関しても計算があったり、なかったり。

 彼らを徹底的にざまぁしても清澄にはメリットないですからね。


 ちなみに後日談ですが、計画自体を知らなかった聡美さんはハンター資格の剥奪とはなりませんでした。

 これは後日ハンター協会への報告と聴取で明らかになりました。

 そのため彼女だけはそのまま『青龍』に残っています。


(過激なことをしないから)ざまぁ作品ではないと思っているので、『ざまぁ』タグ入れてなかったんですが、『プチざまぁ有り』くらいは入れても良いですかね?笑

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