086:初対面

 芽姫と再会した翌日の朝食が終わると、部屋に戻ろうとする美優さんに声を掛けて俺たちのことと、先日の出来事を全て話した。

 俺がどうして神魂が発動したのか、凛音とはどうして仲間になったのか、そして黒衣と瀬那が神器だということも全てだ。美優さんは最初驚愕していたが、霊扉れいひを使って怪の国へ連れて行き、葬送神器を使うと何もかもを信用してくれた。

 芽姫に関しては驚いていたものの、思ったよりは狼狽えた様子が見えなかった。そう見えるだけなのかも知れないが、こればかりは芽姫と会話ができるようになった時に自分で乗り越えてもらうしかないだろう。




 ―




 美優さんに全てを話した後に、俺と凛音はハンター協会に足を運んで百合さんに、合同パーティに関して俺たちの考えを伝えに行った。俺たちの話を静かに聞いていた百合さんだったが、話が終わると「私も『青龍』とこのタイミングで合同パーティを組むメリットはないと考えていました」と俺たちと同じ考えだったことを伝えてきた。


 百合さんが言うには『青龍』サイドからの合同パーティの打診は、俺たちの嚥獄配信が終わってすぐだったらしい。その打診に対して百合さんは、ダイブが終わってまだ日が浅いことを理由に断っていたのだ。これは俺たちの意見を汲んでくれてた。実は百合さんには嚥獄ダイブが終わった後に、少しの間は本格的にダイブする予定はない旨を伝えていたのだ。

 しかし、先日『青龍』リーダーのハヤトさんが、百合さんのところに直接来て合同パーティの打診とともに、俺に手渡して欲しいと封筒を持ってきたので、流石に自分だけの意見で断れる状況じゃ無くなってしまったとのことだった。

 百合さんは「申し訳ありません」と頭を下げてきたが、ここまで止めてれていただけで有難いことだった。百合さん的にもただの挨拶がしたいという話だったら、すぐにセッティングしていたらしいのだが、流石に合同パーティは時期尚早だと思っていたようだ。



「百合さん気にしないでください。先ほどお伝えした条件で『青龍』側が了承して下さったら、合同パーティを組むのは問題ないですから」


「そう言ってくださると助かります。では、雪さんを通して『青龍』サイドにお伝えしておきます。また、顔合わせに関してですが、明日明後日でお伝えしますが、ご都合がよろしい時間はございますか?」


「いや、大丈夫。その日だったら先方の都合に合わせるとお伝えください」



 その後百合さんはすぐに行動に移してくれたらしく、その日の夜には「明日の15時から先方の都合が付きました。詩庵さんたちも問題ないでしょうか?」と連絡が来たので、大丈夫ですとお伝えをした。




 ―




「ふぅ。『青龍』のハヤトさんに会うの緊張するな……」



 顔合わせの時間になったので、俺と凛音でハンター協会に行くと、百合さんがいつものように出迎えてくれた。



「お待ちしておりました。『青龍』の皆様は会議室でお待ちしております」


「そうですか。で、では、急がないと……」



 俺はSランククランの先輩でもあり、憧れのハンターのハヤトさんを待たせてしまったことに焦っていると、百合さんがクスクスと笑いながら「大丈夫ですよ。ハヤトさんは偶々午前からハンター協会で用事があったので早かっただけなので」と教えてくれた。

 その言葉に安堵すると、凛音から「ふふっ、しぃくんは前からハヤトさんのことかっこいいって言ってたもんねぇ」と笑顔で揶揄ってくる。凛音には俺がSランクハンターに憧れていたこと、中でも当時の最高到達地点をマークしていたハヤトさんのことは今でも尊敬していることを話していたのだ。



「うっせ。待たせると失礼だから早く行くぞ」そう言って俺は歩く速度を少し早めた。


「照れなくてもいいのにぃ」凛音はニヤニヤとしながら俺の後を追ってくる。そして、俺たちの少し先を歩いていた百合さんが、俺たちのことを見て微笑ましそうに笑っているのを見て、なんとなく更に照れ臭くなってしまうのだった。



 それから少し歩くと、20人くらい入れる広い会議室の前に通された。俺がそんな会議室に通されたことに驚くと、百合さんが微妙な表情を浮かべながら「実は『青龍』はダイブするパーティのリーダーと副リーダーを連れてきたらしくて」と言ってきた。このことは百合さんも先ほど知ったらしい。



「今日は顔合わせですからね。俺たちみたいに少数クランじゃないですし、大人数でダイブするのも知っていたので大丈夫ですよ」



 百合さんが申し訳なさそうな顔をしていたので、そう言って安心させてあげると「ありがとうございます」と頭を下げてから、会議室のドアを開ける。

 中に入ると会議室の所謂下手側の椅子は全て埋まっており、上手側は誰も座っていなかった。ハヤトさんは真ん中に座っており、その周りにいるのが各パーティのリーダーなのだろう。各リーダーの後ろには一人ずつメンバーが立っていたので、恐らく彼らが副リーダーなのだろう。俺は『青龍』クランの面々を見渡すると、その中の一人を見て俺は驚きのあまり「嘘だろ?」とつい声を漏らしてしまった。それは凛音も同様だったらしく、「え? なんでここにいるの?」と驚いていた。



「詩庵さん、こちらにお座りください」俺は驚きながらも、百合さんに促されたまま指定された席に座った。目の前に座っているハヤトさんはニコニコ笑顔なのだが、『青龍』クランの一部からは俺たちを値踏みするような視線のように感じる。しかし、一番端の席に座っている男とその後ろに立つ女が俺たちを見る目はとても厳しかった。いや、厳しいというよりも、睨みつけていると言った方が適切だろう。そして、その視線からは怨恨の念が込められているのを感じる。

 その視線の元を辿ると、そこにいるのは元パーティメンバーの『龍の灯火』リーダーの優吾と、その副リーダー花咲さんだったのだ。



「初めまして。私は『青龍』のリーダーをしているハヤトと言います。気軽にハヤトと呼んでください」とにこやかな笑顔を浮かべながら手を差し伸べてくる。


「あっ、俺……いや、私は『清澄の波紋』リーダーの詩庵です。今回は合同パーティの打診とても光栄でした」俺は慌てて差し出された手を取って挨拶をする。ハヤトさんは「ははっ。そんなに緊張しなくてもいいよ。私……いや、俺も普通に話すから、詩庵くんも普段通りで頼むよ」と言ってくれた。や、優しい。



 その後全員の挨拶が終わるとハヤトさんから、嚥獄の最高到達地点の更新を讃えられたり、配信を見ていたこと、あまりの強さに驚いたことなどを言ってもらい恐縮してしまう。ハヤトさん以外の一部からは、未だに俺のことを値踏みような視線を向けている。まぁ、あからさまに睨みつけて来ている人が2名ほどいるわけですが……。


 ハヤトさんも彼らの視線には気付いていたのか「気を悪くしたらごめんね。こいつらには後でよく言っておくから」と申し訳なさそうに謝罪してきた。ハヤトさんからは悪意を感じなかったので、「別に気にしていませんので」と返したのだが内心では周りがこんな感じで合同パーティとか組むことができるのかと若干不安になってしまう。

 彼らとしては、Sランクハンターになってすぐの俺たちが、嚥獄の最高到達地点をあっさりと更新してしまったのだから面白くないのかも知れない。



「さて、今回のダイブなんだけど、合同パーティというよりも依頼って言った方が近いんだ」


「どういうことでしょうか?」ハヤトさんの言ってる意味が分からなかったので聞き返すと、「あぁ、意味分からないよね」と笑顔で答えてくる。


「えっとね。私たちは恥ずかしながら一年以上ずっと26階層で足止めをくらっててね。その先を見せてもらいたいって思ったんだよ」とそこまでハヤトさんが言うと、『青龍』専属受付の雪さんが「ここからは私が説明をさせて頂きます」と言いながら立ち上がった。



 雪さんが言うには、これは正式な依頼になるらしい。所謂指名オーダーというものだ。指名オーダーとは依頼人がハンター協会を通して、仕事を依頼するというものである。



「もちろん指名オーダーなので費用も発生致します。費用は一日一千万円お支払いさせて頂きます。また、27階層目以降に関しては階層ごとにプラス500万円をお支払いさせて頂きます」と雪さんが説明をしてくれた。



 以前炎夏さんたちと組んだ合同パーティでは、1階層10万円の報酬だったことを考えると今回の依頼料は破格だと思われた。提示された金額に俺たちが困惑していると、百合さんが「そこまで破格な金額ではございません」と言う。



「詩庵さんたちはSランクハンターです。しかも、今回の依頼は『青龍』の皆様が足を踏み入れたことがない、嚥獄の27階層目に行くのですから。それに、今回の依頼料に関しても嚥獄ダイブして魔獣を獲得してくることで元は取れるでしょうし」


「その通りだよ、詩庵くん。俺たちに取ってはメリットしかないダイブになるんだ。逆にこの程度の金額しか提示しないことで断られるんじゃないかと思っているよ」



 そういうハヤトさんの表情は本当に申し訳なさそうな印象を受ける。俺は凛音の意見も聞こうと横を見ると「しぃくんに任せるよ」とのことだった。まぁ、最初から合同パーティに関しては了承していたし、報酬が支払われるんだからラッキーと思うようにしておこう。



「承知しました。『青龍』の力になれるように頑張ります! 当日は私と瀬那の2人になりますが、戦力的には問題ないかと思いますので安心してください」そう俺が伝えると、ハヤトさんは「問題ないよ。了承してくれてありがとう。嚥獄ではよろしくな」と再び握手を求めてきた。




 ―




「凛音的には今日の話どう思った?」



 ハンター協会を後にした俺たちは、長い会議に疲れてしまったので、拠点に帰る前にカフェで休憩をすることにした。そこで人の見る目がある凛音が『青龍』をどう見たのか気になったのだ。



「多分だけど、ハヤトさんは良い人だよ」と言ってから、「他の人はまだ分からないけど」と苦笑いを浮かべる。


「そうか、凛音がそう言うなら安心だな」


「だけど一部の人はまだ私たちのことを信用してなさそうだね。――あの2人がいたことも気になるし」



 凛音が言うあの2人とは、俺が以前仲間だった優吾と花咲さんのことだ。まさかあの2人が『青龍』に加入しているとは知らなかった。会議が終わってからSランククランの閲覧権限で『青龍』のメンバーを見ると、『【仮】優吾(龍の灯火)』と書かれていたので本当にメンバーになっているのだろう。だが、【仮】ということは、正式なメンバーではなく、所謂試用期間っていうところなのだろう。



「まぁ、何かされてもしぃくんと瀬那ちゃんだったら負けないし大丈夫でしょ! それに、念の為食事はそれぞれのクランが用意するってことになったしね」



 そう。凛音は先ほどの会議で「私たちは2人しか参加しないので、料理に関してはそれぞれのクランで持参することにしませんか」と提案をしていた。しかし、今の凛音の口ぶりではそれとは別の思惑がありそうだったので、「それがどうかしたのか?」と聞いてみた。



「しぃくんはやっぱりあまり人を疑うタイプじゃないよね」とちょっと呆れた表情をされてしまった。


「えっとね、食事を一緒にしちゃったらさ、ひょっとしたらしぃくんたちの料理に何かを盛られる可能性があるでしょ? それが致死性が高い毒じゃなくても、麻痺とかの状態異常に陥る毒なんかが盛られて魔獣と戦ったら死ぬまではいかなくても大怪我をする可能性もあるしね」



 さらりとそう言う凛音に俺がビックリしていると「ひょっとして引いちゃったかな……。性格悪いよね、私」と不安そうな表情を浮かべる。それを見た俺は慌てて「そ、そんなことないよ!」と伝える。



「むしろ凄いなって思ったんだよ。凛音がそうやって警戒してくれてるから、俺たちはいつも安心して戦うことができるんだから。凛音と一緒にクランを作れた俺は本当に幸せ者だよ」



 俺は本気で凛音に感謝を伝えると、「へへっ……。それならよかった」と安堵の表情を浮かべた。その凛音の表情や仕草が可愛らしくてドキッとしたのはここだけの秘密だ。

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