085:思わぬ依頼と再会

 71階層目でマーキングをした後、拠点に戻ってきた俺たちは疲労で意識を失った美優さんを寝かせ、リビングでミーティングをしていた。



「これ、どうしようか?」と瀬那はため息混じりにテーブルの上に置かれた手紙を指差した。


「だな。正直これを受けるメリットって俺たちにないんだよな……」



 俺たちが嚥獄から戻ると、凛音が「百合さんがこんなの持ってたよぉ」と封筒をヒラヒラとさせながら持ってきたのだ。その封筒を受け取って裏を見ると、『青龍』の刻印が刻まれた封蝋で閉じられていた。

 俺は驚きながらもペーパーナイフで封筒を開いた。手紙の内容を要約すると【『清澄の波紋』と合同パーティをしたい】ということだった。正直『青龍』と合同パーティを組んでも俺たちのメリットはほとんどないというのが正直なところだ。あるとしたら、ひょっとしたら『悪食』や『天上天下』と同様に仲良くなれる可能性があるくらいだろう。



「そうですね。逆に数日間彼らに拘束されてしまいますし、逆にデメリットの方が多そうな気がします」


「うーん。とはいえ、Sランククランの先輩からのお誘いだからな。あちらも俺たちが夏休みだからこのタイミングで誘ってくれたんだろうし」


「どれくらいの期間ダイブしようって書いてあったの?」


「あぁ、帰りを含めて14日間って書いてはあったな」


「14日間はちょっと長いよね……。夏休みの1/3を、私たちにメリットの小さなダイブで拘束されるのは嫌だよね」と凛音はウンウンと言いながらどうしたものかと悩んでいる。


「――提案ですが、日数の短縮を先方に願い出て、さらに私たちを2手に分けるというのはどうでしょうか?」



 黒衣が言うには、Sランククランとの繋がりを持つのは悪くはない、だが時間的縛りがネックだとしたら、それを取り除けば良いじゃないかというものだった。確かに先方から一方的な日数を承諾する必要もないし、帰りを含めて6日くらいに短縮してもらえるように頼んでも良いだろう。正直行きだけで4日もあれば『青龍』の最高到達地点を更新することができるだろうしな。

 もしこの条件で大丈夫ということになったら、合同パーティは俺と瀬那の2人が担当して、黒衣とミカたちの4体の怪、そして美優さんで攻略を進めるのが一番効率が良いだろうということになった。確かに通常ダンジョンはいつもミカたちに戦ってもらってたし、俺と瀬那がいなくても黒衣さえいればなんとかなるのが正直なところだった。



「だけど、美優さんをどうするかだよな」


「私としては、美優さんはもう信用できると思うのよね。――私のことを身を挺して守ってくれたし」


「うん、そうだな。そろそろ美優さんのことを信用して、俺たちのことを話してもいいかもな」



 俺がそういうと「信用してくれるのは嬉しいなぁ」という声が、扉の方から聞こえた。そちらの方を慌てて振り向くと、美優さんが扉からピョンっと跳ねるようにして姿を現す。そんな可愛らしい行動を、武士感たっぷりな美優さんがするとは思えなかったので、不審に思っているとある可能性が頭をよぎる。



「お前……まさか芽姫なのか?」


「あははは! 大正解だよ! よく分かったね」と芽姫は大きな笑顔をこちらに向けてきた。顔は美優さんなのに、表情の表現や口調が芽姫なので違和感しかない。


「お前の魂は美優さんの魂を上書きできず消失したんじゃなかったのか?」


「うーん。はっきり言ってほとんど消えちゃったよ。だけどほんの僅かだけど残ってたんだ。今は軽く同化してる感じ。だから美優ちゃんも私の記憶を覗くことが出来たんだよね」



 芽姫は無邪気に話しているが、俺たちはすでに戦闘体制に入っている。怪メイドの4体は、戦闘能力が低い凛音を守るようにして武器を構えた。



「あっ、大丈夫。私は詩庵くんたちと戦う気はないから安心して!」


「は? 本気で言ってるのか?」


「本気だよ、本気! だって、完全な怪だったときよりも弱くなってるのに、詩庵くんたちと戦ったって勝てるわけがないじゃん。それに私はもう怪じゃないしね」そう言いながら手を上げると芽姫は「戦意がないときはこうするんだよね?」と楽しそうに笑った。その言葉を肯定するように、芽姫からは殺気を一切感じない。


「――戦意がないのは本当っぽいな。それで何故このタイミングで出てきたんだ?」


「美優ちゃんのことを信用してない段階で私が出たら、それこそ信用なんてしてもらえないでしょ?」



 確かにその通りだ。俺たちは今日自分の身を挺して瀬那を守るまでは、美優さんのことを心から信用することなんて出来ていなかった。警戒している時に芽姫が出てきたら殺さないまでも、怪の国に連れて行って取り残すくらいのことはしてたかもしれない。



「それで今お前が出てきた目的はなんだ?」


「目的ってほどじゃないんだけど、私のことも認知して欲しいなって思っただけだよ。今はまだ美優ちゃんが寝たときしか出てこれないけど、もうちょっと魂が馴染んだら美優ちゃんとお話もできるだろうしさ。それに美優ちゃんが許可出してくれたらこうやって表に出ることだってできるしね」


「――お前は本当に俺たちの敵じゃないんだな?」


「うん。ホントホント! 私も死にたくないからさ。それに詩庵くんたちには感謝してるんだよ? だって美優ちゃんだけだったらいつか絶対に嚥獄で死んでただろうし」



 芽姫はそこまで言うと俺たちの方に歩いてくると、徐にテーブルの上にあるクッキーを手に取って「うーん、美味しい」と頬に手を当てながら何個も齧って喜んでいる。さすがにそんな無防備な姿を見せられたら、こちらの毒気も抜かれてしまう。それに、本当に芽姫から敵意を感じることがないしな。芽姫が今の所無害だというのは、黒衣が戦闘体制を解いているのが何よりの証拠だと言える。



「お前が敵じゃないと言うなら、今の怪の国がどうなっているかとかも教えてもらえるのか?」


「うん、いいよ。今となっては、怪の国よりも美優ちゃんが生活してるこの世界の方が大切だしね。――だけど、美優ちゃんにも話を聞いて欲しいから、魂がもうちょっと馴染むまでは待ってて欲しいかな」


「――分かった。あと、聞いておきたいんだが、もしお前の魂に術式を組み込んで、俺たちを裏切ったら魂を破壊すると言ったらそれを受け入れることはできるか?」


「あぁ、そっちの怪の子たちに組み込んだ術式かな? うん。私は別にいいよ」と笑顔で言ってくる。


「本当にいいのか?」


「ホントだよ。だって、そうしたら信用してくれるんでしょ? まぁ、美優ちゃんがちょっと可哀想だけどね」そう言うと芽姫は本当に申し訳なさそうな表情を浮かべた。その表情を見て俺はこいつのことを信用しようと決心する。


「悪かったな。流石に美優さんに何も言わずにそんな術式を施すつもりはないよ。――とはいえ、裏切ったら本気でどうにかさせてもらうけどな」俺はそう言うと刀を鞘に戻すと、芽姫に向かって手を差し伸べる。その手を芽姫はキョトンとした表情で見つめたまま突っ立っていた。あぁ、こいつは握手とか知らないんだな。



 俺は手を伸ばしたまま「お前も手を出せ」と言うと、芽姫は俺と同じように手を出してきた。その手を掴んで「これは握手って言うんだよ。仲間にする親愛の証だ」と言うと、芽姫は嬉しそうに俺の手を握り返してきて「へへっ、じゃあこれから本当に仲間ってことでいいんだね」と頬を緩ませた。

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