084:暗闇での戦い

 美優さんとの出会いから一週間が経過して、俺と凛音も夏休みに入ったこともあり、ここ3日間は毎日嚥獄ダイブをすることができている。そのため現在は69階層まで到達し、次は70階層目のボスというところまで進めることができた。

 また、60階層のボスと戦ったことで俺のレベルも36まで上がった。そう言えば美優さんのレベルはというと、神魂が発動する前まではレベル40だったらしいのだが、嚥獄に潜って魔獣と戦うようになってからレベルが52まで上がったらしい。やはりバジリスクなどのボスと戦うことで飛躍的にレベルが上がったようだ。やはり、霊装を纏った魔獣は、俺たちにとって最高の相手らしい。


 そして俺は、地竜に跨って俺たちと並走している美優さんを横目で見やる。彼女が跨っている地竜は、黒衣と瀬那が怪の国で取ってきてくれたものだ。どうやら彼女は爬虫類系の動物が大好きだったらしく、紹介された地竜を見るなり駆け寄って抱きつこうとしたのだ。その行動に驚いた地竜は美優さんのことを思いっきり蹴ってしまうのだが、「えへへ」と笑っている彼女が少し恐ろしかった。

 そんな爬虫類ラブの彼女でも、地竜に乗ることは難しかったらしく、最初は跨ることすら苦戦していたが、今では完全に乗りこなして軽快に走らせている。初めて地竜に乗れたときは、涙を流しながら喜んでおり、その光景を遠目で見ていた俺たちは苦笑いをしてしまうのだった。ちなみに、彼女は地竜にチロ助という名前をつけた。



「さて、次は70階層目のボスとの戦いになる。今までのボスも強敵というほどではなかったが油断せずに行こう」



 70階層目に降る階段の前で俺がそう口にすると、全員が頭を小さく縦に振って同意する。

 また、なぜ俺がコネクトを使用しないかと言うと、美優さんにはまだコネクトをインストールさせていないし、そのアプリがあることも伝えていないからだ。もちろん戦闘にも基本的には参加をさせていない。まぁ、通常階層に関してはミカたちに任せているから、俺たちもまともに戦ってないのだが。


 70階層が見えてくると、俺たちは地竜に跨ったまま中を覗いた。ダンジョンの階層は草原だったり、湿地帯だったりとそれぞれの顔を見せてくるが、いずれも共通していたのは太陽が照らされていると錯覚するくらいに明るいというところだった。しかし、70階層は今までと毛色が違い、微かな光すらも感じさせない暗闇だった。



「少し先も見ることができないな……」


「ライトを照らしてみても、少し先が見えるくらいですね」と黒衣も困惑したように声を漏らしている。


「ここで立ち止まってても仕方ない。取り敢えず中に入ってみるか」


 ミカたちが全員分のライトを手渡したところで、俺たちは70階層目に足を踏み入れた。

 周りからいつ魔獣に攻撃されるか分からないので、俺たちは陣形を整えて慎重に階層の奥へと進んでいく。

 そして70階層の探索を開始して一時間ほどが経過したが、ボスの魔獣は一向に出てくる気配がない。



「ひょっとして、ここが嚥獄の最下層ってことはないよな?」俺がふとした疑問を口にすると、「霊装の気配だけは感じます。しかし、まだ気配は遠くて正確な場所はわかりませんが、この先にいるものと思われます」と黒衣がそれに返した。



 正直この暗闇の中でいつ、どこから現れるか分からない魔獣に対して神経を研ぎ澄ませるのは、精神的にかなりきつい。

 序盤こそはまだ平気だったが、一時間も神経を研ぎ澄ましていると、徐々に俺たちの口数も減ってきて、全員に疲労の影が見えてくる。特に美優さんは目に見えてキツそうだった。



「美優さん大丈夫?」俺が美優さんに声を掛けると「あぁ、まだ大丈夫だ」と返してくるが、どう見ても強がりとしか思えない。


「ちょっと休憩するか」そう言ってミカたちの方を振り向いて、結界石を配置するように指示をする。美優さんには座ってもらって、その周囲を守るように囲んで敵の攻撃から警戒をする。



 俺が前方に意識を向けていると、背後から瀬那の「キャッ」という小さな悲鳴と一緒に、ドンッという破裂音が聞こえてきた。慌てて振り向いてライトを当てると、そこにはお腹を抱えながら蹲っている美優さんがいた。俺は黒衣に美優さんを結界石の中に入れて治療をするように指示すると瀬那の方に駆け寄った。



「どうしたんだ?」と瀬那を起こしながら尋ねると、「分からない。だけど、急に背中を押されたと思ったら美優さんが……」と瀬那自身も一体何が起きたのか分かっていないようだった。



 黒衣の方を見ると、結界石の中に入れる前に治癒術で応急処置をしているようだった。それはつまり今すぐに施さないといけないくらい傷が深かったことを意味している。

 俺は瀬那を立ち上がらせると、黒衣たちを守るように周囲を警戒していた。すると足元から「き、気をつけろ……。何かを投げて攻撃してくるぞ」と美優さんの弱々しい声が聞こえてきた。


 俺たちが刀を構えて飛来物に警戒をしていると、「来る……」と美優さんの小さな声が耳に入る。その瞬間俺の正面からドンッと先ほど耳にした破裂音が聞こえてきた。



「詩庵様。ご無事でしたか?」そう聞いてきたのは、怪メイドの一体であるリエルだった。俺に迫ってきた飛来物を彼女が身を挺して守ってくれたのだ。

 彼女たちは肉体がないので、飛来物が当たったとしても怪我をすることはないが、霊装を削られてしまうと徐々に弱体化して死んでしまう可能性もある。俺は彼女に感謝しながらも、第三射が来る可能性があったのですぐに警戒態勢に入った。しかし、いつまで経っても第三射が放たれることはなく、第二射が来てから数分後にようやく攻撃がやってきた。その攻撃を俺たちは見切ることはできなかったが、次はラーファが瀬那の盾になってくれたことで事なきを得た。


 ここまでで分かったのは、一度投擲をすると数分のクールタイムが必要なこと。相手の攻撃は霊装を纏っているということだった。

 しかし、それが分かったとしても俺たちにはそれを打ち破る術が見当たらなかったのだ。

 この状況を打破するためにはどうしたらよいか考えていると、「ちょっといいかな」と聞こえたので、声の方を向くと先ほどよりも元気を取り戻した美優さんだった。



「詩庵くん。私のことがまだ信用できないのは分かる。だが、ここは私に任せてもらえないだろうか」


「――美優さんにはこの状況が打開できるのか?」


「あぁ、どうやら私には飛来物の気配が分かるようだ。しかし、どこに魔獣がいるのかは分からないのだ」


「あぁ、分かった。美優さんを信じるよ。っていうか、俺たちには今の現状を打開する術はないしな。――黒衣、大体でも良いから魔獣の場所を指示してくれ」



 俺がそう言うと同時くらいに、美優さんがハルバードを振って俺めがけて飛んできた飛来物を叩き落とした。どうやら彼女には本当に魔獣の攻撃が分かるらしい。その光景を見た黒衣も「わかりました」と魔獣がいるであろう場所を指し示す。

 その方向に向かって、俺たちは進むのだが今までの探索でこの階層の足元はそこまで悪くないというのは分かっている。そのため、出来る限りの速度で魔獣の元へ向かって走ることができていた。

 陣形は美優さんを先頭にして黒衣がその後ろについて、俺と瀬那が続くという感じだ。俺たちの周りには、怪メイドのミカたちが囲んでおり、ライトで足元を照らしてくれている。


 魔獣に向かっている最中も魔獣からの攻撃は当たり前のようにやってくる。しかし、その都度美優さんがハルバードで叩き落としているので、ミカたち含めて誰もダメージを負っていない。

 それにしても、この魔獣の攻撃は何なんだ? 飛来物の風切り音すら聞こえない攻撃ってヤバすぎだろ。もし美優さんがいなかったら、ひょっとしたらミカたちの誰かが犠牲になっていたかもしれない。そう思うと自分の弱さを自覚すると同時に、美優さんへの感謝の気持ちが芽生えてくる。



「美優様! 右斜め前方約200m付近に目標の魔獣がいます!」


「分かった。私に任せてくれ!」と美優さんが叫んだ。そして、黒衣の指示があった方に突き進むと「うん。ここまで来たら本体の気配も分かるな。――これならいける」と美優さんが呟いて、魔獣の攻撃を敢えて一度受けると、魔獣に向かって全速で駆けていった。

 俺たちは取り残された結果になったのだが、その数秒後に「グギャァァ!!!」と魔獣の叫び声が聞こえてくる。ライトをそちらの方に当ててみると、腕の長い巨大な猿のような魔獣と美優さんが激しく戦っていた。

 魔獣は長い腕を鞭のように振るっているが、美優さんは見事な体捌きで交わし続ける。魔獣の攻撃は激しく、絶え間なく続いているのだが、美優さんも守備一辺倒ではなく、隙を見てはハルバードを振るって攻撃をしていた。


 まさに一進一退の攻防だったが、魔獣の攻撃を避けた際に、美優さんが何かに躓いてしまったのか体勢を大きく崩してしまう。この隙を逃さずに、魔獣が大きくしならせた腕を美優さんに向かって振り抜いた。


 初めて攻撃を受けてしまった美優さんは、数メートル先まで吹き飛ばされてしまう。それを見た俺はダメだと思い、魔獣に向かって走り出そうとしたが「待ってくれ!」と美優さんの大きな声で阻まれてしまった。



「私はまだ大丈夫だ。我儘を言ってすまないが、この魔獣は私にやらせてほしい」とハルバードに体を預けながら立ち上がった。そして、再びハルバードを構えて、魔獣へと立ち向かっていく。



 両者の力は拮抗しているように思えたが、先ほどのダメージが残っている美優さんの動きは明らかに精彩を欠いていた。しかし、彼女の瞳は決して死んではいない。さすがにこれ以上の危険を感じたら問答無用で俺たちが魔獣を倒させてもらうが、それまでは美優さんの意思を尊重することに決めた。この魔獣とここまで接近することができたのは美優さんの力が全てだったのだから。


 それから10分くらい美優さんと魔獣による戦いは続いたのだが、ついに戦況に変化が起きた。美優さんが執拗に攻撃を重ねていた、魔獣の右腕が何度目かの斬撃でついに斬り落とされたのだ。これを好機とみた美優さんは、ハルバードを影からもう一つ出して一気に攻撃を仕掛けた。その後もう片方の腕も叩っ斬った美優さんは、残ったハルバードを袈裟斬りに叩き落とし、魔獣を両断して討伐を果たす。


 ハルバードで体を支えながら、肩で息をしている美優さんの元に行くと「私の我儘を聞いてくれてありがとう」と柔らかな笑みを浮かべて俺たちを見つめてくる。その笑顔は息を呑んで見つめてしまうほど美しかった。

 その後疲労困憊の美優さんはミカたちに任せたのだが、緊張が解けたのかそのまま意識を失ってしまった。俺たちは魔獣をロックアップに格納すると、チロ助に美優さんを乗せて71階層目へと進んでから拠点へと戻った。

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