083:滅怪とは

 ミユはコーヒーを再び口に含んでから、一度目を閉じてしまう。彼女はこれから生まれてから全ての人生を過ごしてきた組織について話をするのだ。生半可な覚悟では話すことはできないだろう。

 ミユは30秒ほどそうしていると、意を決したように俺のことを真正面から見据えて口を開いた。



「滅怪は16の主要一族と、それらを補佐する20の一族によって構成されている。それぞれ宗家と分家があって、主要一族の宗家当主ともなるとその権力は滅怪外にも及ぶほどだな」


「滅怪って1000年以上続いてる組織なんだろ? 一族だけでもかなりの数になりそうだな」


「そうだな。だが、残念ながら早くに死ぬ者も多いのでな、実際どれ程いるのかは私には分からないな」


「なるほど。――ちなみにミユさんは主要と補佐だとどちらの一族にいたんだ?」


「私は主要一族に属する家柄だったよ。一応宗家の長女ではあったのだが、神託が降りなかったので跡目を継ぐことは出来なかったがな」



 そう言うと、ミユは顔を上げて遠くに視線を送った。誰かのことを思い浮かべているのだろうか。



「ちなみに全ての滅怪が杜京にいるわけではないよな?」


「あぁ、もちろんだ。滅怪は杜京だけではなく、全国各地に支部を持っているし海外にも少ないが支部はあるな」


「か、海外にも怪はいるのか?」



 正直これには驚いてしまった。勝手な思い込みだったのだが、怪は日国のみに現れる化け物だと思っていたからだ。ひょっとして霊装を纏っている人間って日国人だけじゃないのか?



「いや、ここ数十年は海外での怪の報告は受けていないな。だが、滅怪が創設された頃は全世界で怪が現れていたという書物が残っている。そのため数は少ないが念の為に海外にも支部を置いているらしい」


「――あの頃は魔素の濃度が今よりも遥かに濃かったですからね」と、コーヒーを飲みながら黒衣がかつての日国のことを教えてくれた。


「あの頃は?」



 ミユが不思議そうな表情を浮かべながら、中学生にしか見えない黒衣を見つめている。しかし、まだミユに対して黒衣や瀬那の秘密を開示する気は全然ないので、この疑問をスルーして再び質問をする。



「杜京にいる滅怪の隊士は何人くらいいるんだ?」


「400人だな。壱番隊から拾番隊まであり、1隊に40人が所属していることになる。また、その中でも隊長が1名、副隊長を含めた主要隊士が4名いる。さらにその下には次期滅怪の隊士のなる者たちがいる。スポーツチームでいう一軍とニ軍みたいな感じだな」



 なるほど。想像以上に滅怪の層は厚そうだった。

 また、芽姫と戦ったときに、前に出ていた奴らが主要隊士ってことなのだろう。

 つまり、美湖や真田さん、そして秋篠たちが主要隊士に該当するってことになるのか。



「そうか。じゃあ滅怪にも組織図的なのは存在しているのか?」


「あぁ、もちろんだ。滅怪の総隊長をトップにして、その下に双滅そうめつと呼ばれる総隊長の右腕左腕となる2人と相談役が1人。そして主要一族の当主という形だな」


「滅怪は基本的には怪と戦っているだけの組織なのか?」


「いや、他にも色々とやってはいるよ。その中の一つが詩庵くんにも関係が深い、ハンター協会の運営だな」


「は? ハンター協会って滅怪が運営していたのか?」


「正確にいうと、滅怪と国府の国防省と共同運営だよ」



 まさか滅怪が俺の所属しているハンター協会にも関わっていたことに驚いていると、凛音が「国防省……」と呟いている声が聞こえてきた。凛音の方を向くと、顎に手を当てて何かを思案しているようだった。



「お前たちもSランクになったのなら、瑞然路定ずいぜんみちさだ会長に会ったことがあるだろ? 彼が滅怪主要一族の瑞然家現当主だよ」



 ハンター協会の会長が滅怪で、しかも主要一族の当主だっていうのかよ。正直ハンター協会が恐ろしい魔窟まくつのように思えて仕方がなくなってきた。



「まぁ、その下にいる副会長2名は国防省の人間だし、8人いる理事も半数ずつに分かれているので滅怪の独裁ということはないのだがな」



 ハンター協会が滅怪絡みだったのは驚きを隠せないが、これに関しては正直俺たちがどうこうすることは出来ないので、今は放置しておくのが一番だろう。上層部を除くとハンター協会で働いている人のほとんどが滅怪とは関係ないらしいしな。



「ところで聞き忘れていたんだが、ミユさんのハンターネームではない本名って教えてもらえるか?」


「あっ、私としたことが、ちゃんと名乗っていなかったな。――私の姓は真田という。真田美優が私の本名だよ」俺は滅怪で真田姓を名乗る人物に一人心当たりがあったので聞いてみることにした。



「真田……。ひょっとしてなんだが、美優さんには妹か親戚っていたりするか? あと、今更なんだが、口調はこのままでも良いかな? 最初からこんな感じだったから、敬語に切り替えるタイミングが掴めず……」



 薄々は気付いていたが、美優は恐らく俺よりも年上だろう。最初に警戒をしていたこともあり、こんな口調で話していたのが若干モヤモヤとしていたのだ。そんな俺の心情を察したのか、美優はくすりと笑い「あぁ、このままでいいよ」と言ってくれた。



「あと確かに私には妹がいるよ。今は高2だな」


「ひょっとして、妹の名前って真田万歌那だったりするか?」と俺が真田さんの名前を出すと、美優は驚いた表情を浮かべた。


「あ、あぁ。その通りだ。――しかし、なぜ詩庵くんが万歌那の名を知っているんだ?」


「真田さんとは中学校から同じ学校に通ってますからね。あと、彼女が滅怪だということも知っています」


「そういうことか。まさか万歌那の同級生が『清澄の波紋』のリーダーで、しかも滅怪以外の霊装持ちとはな……」



 その後俺たちは滅怪について色々と聞いたが、現在の滅怪がどのような行動を取っているかなどは隊士ではない美優には分からないとのことだった。正直心から信頼したわけではないが、滅怪についてここまで話してくれたのだから、それなりの対応をするべきだろう。



「それで今後についてだが、美優さんには先ほど言った通り、この屋敷から一人で出ないようにしてもらいたい。屋敷内は自由に歩いてもらって構わないが、メイドのミカたちの誰かを必ず同行させてもらう。それとハルバードに関しては、俺たちに預けてもらいたいのだが」



 俺がそういうと、ミカを始めとする怪メイドの4人が横並びになり、美優に向かってカーテシーで挨拶をする。美優にはミカたちのことは簡単に説明しており、危害はないということは伝えていた。それでも未だに怪がメイドをしていることが不思議なのか、どう反応して良いのか混乱しているようだった。まぁ、それが当然のリアクションだよな。

 そして、美優は自分の影に手を伸ばしてハルバードを取り出すと、ラーファとリエルに手渡した。



「あと、美優さんにも嚥獄のダイブを手伝ってもらいたいと思う。もちろん『清澄の波紋』としてのダイブではなく、非公式のダイブに関してだがな。それは問題ないか?」


「あぁ、問題はない。ちなみに私も一緒に戦わせてもらえるのだろうか?」


「今のところ美優さんには極力戦ってもらわないようにと考えてる。もちろん自衛のための戦いはしてもらっても構わないので、嚥獄の中ではハルバードはちゃんと返すから安心してくれ」


「――そうだな。一緒に戦えないのは残念だが、今の私では信頼が足りないのは理解しているので仕方がないだろう」



 それから、平日の日中は俺と凛音は基本的に学校に行っていることを話して、美優さんを信頼するまで黒衣と瀬那に関しては屋敷に滞在してもらうようにすることを決めた。その後は美優さんに屋敷の簡単な案内などを済ませて夜ご飯まで自由行動とすることになった。

 俺は自分の部屋に戻るとベッドに横たわり、美優から聞いたことを考えていた。

 正直想像以上に滅怪は巨大な組織だった。以前黒衣も言ってはいたが、本当に日国の中枢にも根を張っていたとはな。


 日国は国帝をトップとして、その下に国を運営する国府がある。その国府の中には先ほどの国防省を含めた省庁があり日国を回しているというのが常識である。しかし、滅怪という組織は国府のように公式で明るみにはされていない。それくらいアンタッチャブルな組織ということだろう。

 正直黒衣に出会うまでは、そんな組織と敵対することになるとは思いもしなかった。そして、幼馴染の美湖が深く関わっていることも。これからも日国で怪と戦っている限り滅怪とは遭遇してしまうこともあるだろう。面倒なことになりそうだな、とそう思わざるを得なかった。




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『聖天の使者』の読み仮名は、実は『せいてん』ではなく『しょうでん』でした。

最初からルビを振ると滅怪との関係がバレるかな?と思ったのであえてルビを振っていなかったのです。

これからは『聖天しょうでんの使者』とお読みくださいませー!

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