082:聖天の使者

 俺がミユのクラン入りを断ると、顔を真っ青にして「何故ですか?」と聞いてきた。瞳には薄らと涙が浮かんでいる。



「だって、ミユさんを俺たちのクランに入れたら、『聖天しょうでんの使者』にバレちまうからな。って、ひょっとしてこのこと知らないのか?」



 俺の説明にミユを始めとした他の面々も「はて?」という表情を浮かべている。



「そっか、黒衣たちにも説明したことなかったよな。実はSランククランの代表、もしくは権限移譲された人に関してどのクランに誰が所属しているのか見る権利が与えられてるんだよ。しかも、どこのクランやパーティに誰がいて、どれくらいのランクなのかってところまで分かるんだ」



 俺がそう言うと瀬那が「えぇ? なにそれ? 何でそんなの見る権利が詩庵たちにはあるの?」と目を大きく見開いて訪ねてきた。



「それはスカウトを捗らせるためだよ。Sランククランはそれくらい優遇されてるってことだ」


「はぁ、そういうことなのね」


「それに移籍するにも、ちゃんと筋を通して脱退しないと別のクランやパーティには所属できないしな」



 今のミユはまだ『聖天の使者』に在籍していることになっている。

 それに、ミユの話が衝撃的だったのもあり忘れていたのだが、以前『聖天の使者』内のパーティメンバーが不審死をしており、内一名が行方不明というニュースを見たことを思い出した。

 恐らくこの行方不明者がミユなのだろう。



「つまりミユさんはまだ『聖天の使者』のメンバーだし、その状態で俺たちのクランに入れることは出来ないってことなんだ」



 俺がそこまで言うとコネクトで瀬那から『ねぇ、何とか出来ないかな』と聞いてきた。



 元々瀬那も行き場を失った魂だった。孤独になってしまった者の気持ちが分かるのだろう。

 そしてここまで話していて、俺も最初ほどミユに警戒心を抱いてはいなかった。



『うーん。クランに入れなくても、匿うくらいならできると思うけどな』


『そうしてあげようよ。流石に可哀想だし』瀬那が俺を説得してきたが『決断するのは少々お待ちください』と黒衣が止めてきた。


『もう少しこの方に聞きたいことがあります』



 そう黒衣が俺たちに言うと、ミユの方に顔を向けて「ミユさんの心中はお察しします。ですが、私たちにまだ隠していることがありますよね?」と聞いた。

 ミユは驚いた表情を浮かべて黒衣のことを見つめている。



「私たちに隠し事をしている限り、貴女のことを助けることは出来ません。こちらもリスクを負うのですから、貴女も全ての情報を私たちに開示してください。別に『聖天の使者』の内部情報を教えろと言っているわけではないので。――あと、もう普段通りの話し方で良いですよ」



 黒衣の目を見て誤魔化すことは出来ないと判断したのか、ミユは何かを諦めたような表情を浮かべた。




「――ふふっ、そうだな。全てを打ち明けずに助けてくれなんて虫の良い話だった」と、先ほどの丁寧な口調ではなく、サバサバとした感じに変わる。しかし、その口調はミユの雰囲気に合っていて、自然と受け入れることができた。



「まずどこから話をするか……。そうだな、やはり『聖天の使者』について話すべきだろう。――先ほど怪や滅怪の存在は芽姫の記憶から知っていたと伝えたが、実はその前から知っていたんだ」


「ん? どういう意味だ?」


「それはな、『聖天の使者』は滅怪の人間で組織されたクランなんだよ。――これはもう少し信頼を得てから伝えたかったのだがな」とミユは苦笑いを浮かべている。



 想像の斜め上を行く発言に、俺と瀬那は絶句してしまう。黒衣も流石に驚いたのか目を見開いてミユの方を見ていた。



「まぁ、滅怪と言っても私たちは神託が降りなかった落ちこぼれだがな……」


「――なるほど。滅怪の中でも霊装を持てなかった人間がハンターをしているということですか」


「あぁ、その通りだ。滅怪の隊士になれなかった者は、私たちのようにハンターになったり、諜報員としてスパイのようなことをしている者もいる。――そんな私が霊装を纏って滅怪に帰ったらどうなると思う?」とミユは俺の方を向いて聞いてきた。


「不審に思われるだろうな……」


「その通りだな。そして、恐らく尋問されるだろう。何故突然霊装を纏うようになったのかと。――そして、私が本当のことを話したとしたら、怪に乗り移られていると判断をして殺されてしまう可能性もあるだろうな」



 確かに滅怪ならやり兼ねない。同じ目的で怪と戦っている俺に対して、滅怪ではないというだけで武力拘束をしてくるような奴らだからな。仮に仲間だったとしても、急に霊装を纏うようになるだけではなく、その原因が怪によるものだと分かったらミユが言うように殺してしまう可能性もあるだろう。

 また、ミユが『聖天の使者』がチップにゲートを任意で認識させない処理を施していると言っていたが、これはハンター協会には秘密裏にダイブして魔獣を討伐し、それを滅怪経由で市場に流すということをやっているからということだった。



『さて、どうする?』


『ミユさんちょっと可哀想だよね……』


『確かに可哀想ではありますが、それ以上に滅怪のことを深く知ることができる可能性があります。まだ完全に信用することは難しいので、屋敷から一人で外に出ないという条件で来てもらうのはどうでしょうか?』


『そうだな。――じゃあミカたちにも相談して、誰か見張りに立ってもらうことにするか』



 俺がそう言って2人の顔を見ると静かに頷いたので、ミユに「条件を飲めるなら手を差し伸べる。その条件とは……」と、先ほど黒衣たちとコネクトで相談したことを伝える。ミユは、敵ではないと信頼できるまでいつまででも大丈夫だと言い、俺たちの条件を全て受け入れた。


 それから数時間後に俺たちはミユからもっと話を聞くために、霊扉れいひで拠点へ戻った。ミユはというと、突然現れた扉を潜ったと思ったら、見知らぬ部屋に入ったのだから終始驚いた表情を浮かべていた。

 ちなみになぜすぐに拠点に戻らなかったかと言うと、ミユが霊装の制御が出来なかったのでその方法を教えていたからだ。戦闘での霊装の使い方に関しては、さすがSランククランのセカンドパーティに在籍していただけあって、自力で最適化することができたらしいが、出力をゼロにする術は知らなかったらしい。もし、霊装の出力をゼロにしない状態で拠点に戻っていたら、神魂により人外の力を得たミユに家具など壊されていたことだろう。



 屋敷に戻ると「みんなお帰りなさい」と凛音が俺たちのことを出迎えてくれる。そして、テーブルには既に人数分のコーヒーが置かれていた。テーブルにはミユの分のカップも置かれている。実はミユが霊装制御の修行をしている時に、コネクトで凛音に簡単な説明は終わらせといたのだ。

 ミユは凛音に、ささっと促されて椅子に座ってコーヒーを口の中に含むと「美味しい……」と落ち着いた笑みを浮かべていた。



「怪に襲われてから約1ヶ月半くらい経つが、室内でゆっくりとコーヒーを飲んだのは久しぶりだよ」


「その間ずっと嚥獄の中にいたのか?」


「あぁ。幸か不幸か襲われたのがダンジョン帰りだったからな。食材などが入っているロックアップがあったのでなんとか生き延びることができたよ」と言いながらカップを見つめている



 その表情を見て、ミユのこれまでの苦労を察してしまう。

 そりゃ仲間が怪に殺されて、さらに自分の中に怪が入ってきたと思ったら魂が融合して神魂が発動し、霊装を纏ってしまうなんて普通なら有り得ない自体だ。しかも、そのせいで滅怪にも戻ることができないどころか、仲間だった彼らに殺されないよう、嚥獄でレベル上げをしていたんだからな。

 ――何その天変地異は? もし俺がその立場だったと想像しただけで、ポッキリと心が折れそうになるな……。



「気になっていたことがあるんだが、俺たちが滅怪から狙われていることはミユさんも知っていたのか?」


「いや、滅怪以外にも霊装を纏って怪と戦っている人間がいるというのは噂程度で耳にしたことがあるが、芽姫の記憶を見るまでは黒という存在は知らなかった。恐らく滅怪の隊士と他に隠の者のみに共有された情報じゃないかと思う」


「ちなみに最初俺たちに『やはり強いな』と口にしていたが、なぜそういう発言になったんだ? それなら俺たちのことなんてほぼ知らないだろうに」


「『清澄の波紋』の配信は見ていたからな。あと、実際に私がバジリスクと戦った時に、あいつの周りに霊装が纏っていたことに気付いたんだよ。それでひょっとしたら『清澄の波紋』のメンバーは霊装持ちなのではという疑念が浮かんだのだな。そして、52階層目でお前たちの戦いを見てその疑念が確信に変わったという訳だ」



 確かにバジリスクの霊装を見たら、それを倒した俺たちが霊装持ちだと思うのは必然だったか。

 しかし、それはもし滅怪がバジリスクと対峙したとき、ひょっとしたらミユのように詩庵=黒と関連付けられる可能性があるということにもなりかねない。自分でも顰めっ面したことが分かったのだが、そんな俺のことを見たミユが「恐らく滅怪の隊士がダンジョンに潜ることはないと思うぞ」と言った。



「日国に現れる怪との戦闘に手一杯で、滅怪の隊士はダンジョンに人員を割く余裕はないだろうな。だからダンジョンには、私たちのように神託の儀を行っても、神魂が発動しなかった人間にやらせているのだから」


「滅怪の隊士がどれだけいるか分からないが、怪の討伐があいつらの使命なら嚥獄などの高ランクダンジョンに潜ることは確かにできない、か……」



 俺たちは黒衣の霊扉があるので、いつでも気軽に帰ることができるが、そうではない他の人からすると一度ダンジョンに潜ると最低でも数日間は潜り続けなければならない。そんなリスクを滅怪が選択するとは確かに思えなかった。



「じゃあ、滅怪でも魔獣が霊装を纏ってるってことを知らないんだな?」


「そうだな。少なくとも私は耳にしたことはないな」


「――分かった。じゃあ、次は滅怪について教えてもらえるか?」

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