【EP2.0】リーダーは後悔しないのか?
時間は少し遡り、なゆたがベンチでかき氷を溶かしていた頃。
中折帽子を被った皐月琥斗はとある計画のために夏祭りの
本当は琥斗が一人で動いて
「ねぇねぇリーダー! かき氷食べたい!」
「なら買ってくればいいだろ」
「いちご味がいい! 奢って!」
「うるせぇ…」
能天気な笑顔で琥斗を見る、小柄で薄桃色のショートヘアの少女が纏わりついていた。
琥斗は鬱陶しそうに少女に自分の長財布を投げつけた。
「わーい、リーダーは何味がいい?」
「いらん。自分のだけ買ってこい」
少女は琥斗の長財布から千円札を抜き取るときちんと財布を返して、かき氷の屋台へ向かって行った。
琥斗は大きなため息を吐いて、人の流れを避けて足を止めた。
あの少女―――名前は
コードネームは自ら可愛いからという理由で名付けた"パイナップル"。
御翠学園中等部の2年生。FHフロンツセルのエージェントだ。
3年前、他のセルに売られた喧嘩を返しに行った際、何かの実験のモルモットにされていたところを助けた。
それ以来、琥斗の後ろを付いてきている。
「リーダーおまたせー! 初めて贅沢して練乳かけてもらっちゃった! 練乳のとこ、ひとくちあげよっか?」
「…いらんて」
リツはかき氷をあーんとしようとしたのも拒否され、お釣りを渡そうとするが琥斗はそれも拒否をした。
「大した額じゃないからあとで好きなの買えば?」
「んもー、リーダーは素直じゃないねえ。照れ屋さんだぁ。あと二千円くらい貰えばよかったな!」
「照れてるワケじゃねえし…。というか…お前…夕方から遊ぶ金ないのか…?」
「あはは~、真面目に受け取らないでよ~。夕方のデートの時はダーリンが奢ってくれるからさあ~」
また財布を投げつけようとした琥斗に対してリツはお坊ちゃんと金銭感覚が違うのだと
リツはウキウキとした気分で琥斗の前を歩きはじめる。
「それより、あとは何するんだっけ?」
「計画の準備の最終段階、あとそっちじゃない」
「ありゃ~」
琥斗はリツの服の後ろ襟を引っ掴んで人の波を逸れた海沿いを歩く。
少し歩けば海岸の物陰に停めた小型船へたどり着いた。
そこに見張りとして一人、男を配置している。
確かに、ボートの近くに目的の男は居たが周囲に戦闘痕を見つけた。
「うわ~、なに~? 戦ったの~?」
「"アスカロン"、何があった?」
「"イエローヘッド"…ちょうどよかった。UGNの見回りに見つかったから、ノシちまった。気づかれるのは時間の問題だと思うから場所を変えた方がいい」
近くに警備員に
リツはUGNのエージェントのすぐそばにしゃがみ込んで、気絶している顔をつついた。
「お前でも容易にやれたってことは、非オーヴァードエージェントだな」
「ぐ…非オーヴァードだったよ。リーダー、俺もアイツのせいでエフェクトの調子が戻ってないの気にしてるんだからあんまり言わないでくれ…」
「…それは悪かった」
"アスカロン"…
だった…、というのは二か月前の御翠市陥落計画の実行中、"シンギュラリティ"というオーヴァードと交戦した際に奴の不思議な能力のせいで、エフェクトを上手く扱うことができなくなってしまったのだ。
とはいえタイマンでは並みのオーヴァードよりは強いし、何より琥斗は彼の実力を信頼している。
「"パイナップル"、ソイツら縛ってそこの茂みにでも投げ込んでおけ」
「イエッサー! …あ、爆弾つけなくていい? 1時間後とかにドカンみたいな」
「却下」
「はぁい」
リツはどこからか取り出したロープで、簡単に声をあげられないように口元、そして身動きが取れないように身体を固く縛って、二人のUGNエージェントを見えづらそうな茂みに放置してきた。
リツが戻ってきたころには琥斗は小型船のエンジンをかけていて、リツと詩矢に乗るように促した。
「わあ、リーダー。無免許のくせに運転できるのかっこいいね!!」
「くせに、とか言うな。知識さえあれば誰だってできるわ。見つからなけりゃここが一番
「了解」
「わかったぁ」
曇り空の下、生ぬるい風を浴びながら3人は海に出る。
リツは小型船に乗せられた大きな"爆弾"を見て目を輝かせた。
「ああ、これをドカンってするんだね!」
「そうだ。"
「リーダー…、"パイナップル"に雑に説明してないか?」
「お前には仔細を話してあるし、構わないだろ。コイツはあまり聞く耳を持たないしな」
「そんなことないもん!」
「…それなら、今回の計画で一番覚えていて欲しいことがある。"アスカロン"には散々言ったが…」
「なあに?」
「今回、『目的を達するまで利用できるものはなんでも利用しろ』。いいな?」
「えーっと…"なんでも利用しろ"、ね。わかった、覚えた!」
「わかったけどさ…」
詩矢は今回の計画に関して、琥斗からこの言葉を何度も聞いている。
そのせいか、詩矢にはこの言葉が合言葉めいて聞こえていた。
10分ほど海岸沿いの海を小型船で走る。
その間にリツはかき氷を全部食べてしまって、海風を浴びて楽しんでいた。
また物陰の海岸に小型船を停めると三人は陸に上がった。
「ここが
「俺はまた見張りしてる」
「ああ、何かあったら連絡してくれ」
「リーダー、私はどうしたらいいのー?」
「お前はダーリンとデートにでも行っとけ」
「まだ待ち合わせにめっちゃ時間あるもんー! 私にもなんか命令して!」
リツは甲高い声で駄々をこねる。
琥斗は分かっていた我儘ではあったので困った表情を見せながらも、自身の腕時計を見る。
「こら、"パイナップル"。"イエローヘッド"を困らせるな。俺と一緒に見張りでもしてればいい」
「うう……」
「…"パイナップル"期待しないで聞くが、お前…俺の隣で、何があっても黙ってられるか?」
「それはたぶん無理ぃ…」
「"イエローヘッド"、コイツに黙れっていうのは逆に酷だろ…」
「…まあ…ここで騒がれるよりいい。じゃあ、ほら、祭りの会場の方に行くぞ」
「騒ぐけどいいの?」
「良いわけではないが…、いざというとき時はお前に任せるから」
「わかった! 爆発は任せて…!」
「それは…、本当にいざっていうときな? …やるなよ? 約束だからな」
「はーい! 約束だね!」
リツは機嫌を直すとぱっと明るくした。
詩矢は不安そうに琥斗を見たが、琥斗は大丈夫だと表情で返した。
「"イエローヘッド"が決めたことなら任せる。俺はコイツの相手、上手くないし」
「"アスカロン"は引き続き見張りを頼んだ」
「わかってるよ、また作戦時間に」
琥斗は祭りの会場へとリツを連れて歩き出す。
先ほどみたいにリツは琥斗の周りを纏わりついていた。
「それで、今からは何するの~?」
「少し、身内と会う予定があって…。そいつと会ってる間はお前は黙っていて欲しい」
「頑張るけど…たぶん無理…」
リツは正直な返事をする。
琥斗は半ば果たされない約束であることはリツの性分上、無理であろうことは分かっていたので、しょうがないとしていた。
人ごみに紛れる寸前、リツはするりと琥斗と腕を組んだ。
「…おい、リツ」
「こうしたらカップルみたいに見えるね!」
「わけがわからん。というか中学生に興味はねえし、お前みたいなトンチンカンは好きじゃない」
「えー、私はリーダー好きだよー。お兄ちゃんの次のダーリンの次に好き」
「そうかい、どうでもいいわ。離せ」
「嫌って言ったら~?」
「………」
屈託のない幼稚な、そしてきらきらと輝いたような笑顔で見上げられる。
琥斗は離してほしいのだが、強引な行動は取りたくなかった。
「私はこの状況…もしもダーリンが見ちゃって嫉妬で、すっ飛んできてくれたらなあって思う。リーダーは好きな子に嫉妬してほしいとかないの?」
「ねーよ、俺様を巻き込むな。それに、自分のことを考えさせるならもっと別の方法があるだろ」
「そうかな?…でもリーダー、悪い気しないでしょ?」
「いや、悪い気しかしない。俺の予感は大体当たるんだ…」
「なんで? 女子中学生と手を組んで歩いてるんだよ。お得だよ」
「何がお得なんだよ。…頼むから離せ………、あ……」
リツと腕を組んだまま言い合っていて視界を覆う人の波の合間の中、すれ違うようにして見知った銀髪の長い髪が揺れた気がした。
皐月琥斗は無意識に探して、目で追った。
時音なゆた…もとい宵月那由里。
彼女の薄水の瞳と一瞬目が合った気がした。
そしてさらに気になったのは、那由里は誰かと一緒に来ているようで―――その男の横顔にも見覚えがあった事だ。
―――オイ、なんで那由里が天谷弓槻と一緒に来てるんだよ!
琥斗は心の声が実際に口から出そうだったのを堪えた。
天谷弓槻…、那由里のクラスメイトで4か月前に"アスカロン"が起こした事件で殺した際にオーヴァードに覚醒した。
UGN側の人間で天谷弓槻本人は琥斗と相手にならないくらい弱い。
しかし、今の御翠にいるオーヴァードの中で最強の矛と言っても過言ではない嗣原和臣とあまりにも仲がいい。
正に虎の威を借る狐だ。
―――祭りに那由里に一緒に来てるっていうことはそういう事なのか…?
頭を抱えて思考を乱されていると隣から桃色の声がかかった。
「どしたのリーダー? めちゃ百面相しててウケるー」
その声でリツの存在を思い出して、現状の過ちに気付いた。
なゆたはこっちを見ていたような気がするし…腕を組んで歩いていたのを見られたかもしれない。
「な、なぁ…リツ…この状況って俺たち付き合ってるように見えるか…?」
「見方によっては? もしかして付き合いたいの? リーダー、ほんとは私のこと好きだったの? だめだよー、もう私にはダーリン居るから…」
「悪い。そうじゃなくて…」
「はっ…もしかして好きな子に見られちゃった!? どの子どの子??」
リツはすれ違う人を飛び跳ねたり、背伸びをしたりして見渡す。
なゆたたちはとっくに多くの人に紛れていて見つけることはできなかった。
「なはは~ごめんね? リーダー…。うわ、動揺の顔すごいよ?」
リツは腕を離して、足を止めた。
写真撮っていーい?と琥斗の返事を待たずに歩きながら動揺している面の良い男の写真をスマートフォンのカメラに収める。
「"アスカロン"に送ってあげよ~」
リツは『可愛いリーダーの写真撮れた( *´艸`)』と添えて、写真と共に詩矢へメッセージを飛ばした。
すぐに『関係ないことで連絡するな』とお叱りのメッセージが返ってきて、リツはそれを見て笑っていた。
一方、琥斗は乱された思考を平常に戻すのに非常に時間を要していた。
とある約束のために目的地へ歩きながらも、隣でリツの詩矢とのメッセージアプリでのやり取りで遊んで笑っている声も遠くに聞こえる。
―――別に嫉妬してないし…!それに…よくよく考えたら別に那由里がさっきので嫉妬する道理なんてないな…??
誤解は招いたかもしれないし、正直落ち着かないが、大丈夫だと。
そう思うことにして、一度、頭の片隅に追いやることにした。
「ああ、クソ…。とにかく行くぞ!」
「なはは~、はぁい!」
まずは目先の問題から。
しばらく人の波の中を歩いた後、リツを連れて、海沿いに出た。
約束とは言ったが、相手からの一方的な約束だ。
こちらも一方的に反故にしてやってもよかったのだが、他でもないあの人からの連絡だったから…
折角だし、会ってやろうじゃないか―――…と。
「リツ、ここから少し黙るように」
リツは何があるんだろうと不思議な顔をしながらも頭を縦に何度か振る。
琥斗は、一歩踏み出すと、人避けのために<ワーディング>を使った。
堤防には白を基調としたワンピース、つばの大きな白い帽子を被った女性が待っていて、気配に気付くと琥斗の方に顔を向けた。
リツはもしかしてリーダーの好きな子だと胸を躍らせたが、先ほど身内に会いに行く、と言っていたような気がすることを思い出して、再び不思議そうな顔に戻った。
「あら、遅かったですね、琥斗。待ち合わせの時間、5分ほど過ぎてますけど? 怖気づいて逃げたのかと思いました」
「うるせぇ、俺様も予定が立て込んでんだよ。一方的に約束してきやがって、ちゃんとお説教されに来てやっただけありがたいと思えよ、姉さん」
琥斗の姉…皐月千雨は翡翠色の瞳をリツへ向けた。
リツは確かに雰囲気が似ていると一人で合点していた。
「はいはい、来てくれてありがとうね。ところで…なんで女の子と一緒に居るんです?まさか中学生くらいの子に手を出したのでは…」
「してねーわ!ガキに興味ねーし!!妄想甚だしすぎるだろ、この
「久しぶりに会ったというのに相変わらず口が悪いですねぇ? もう少し丁寧な言葉を使いなさいよ!」
リツは琥斗の部下だという発言に頷きながらも、
「まあいいです。貴方の言う通り、私は貴方をお説教しに来ました。何故、二か月前に那由里ちゃんが生きているのを私に教えてくれなかったんです? 私、先週に知ったんですけど…」
「姉さんはUGNの出資者なんだから、そっちからさっさと聞けばよかっただけだろ」
「出資者だからと言って簡単に教えてもらえるわけじゃないですのに。それに蓮さんは私が宵月家と関りがあった事を知らなかったそうですし…事情を知っている貴方のほうが早かったです」
「それで怒ってんのかよ、俺はFHだぞ? なんで教えなきゃいけねーんだよ」
「それ以前に琥斗、貴方は私の弟だからです。宵月家と仲の良かった貴方から教えて欲しかったのですよ」
「………、アンタのそういうところが嫌いだ…」
琥斗は中折帽子に手を添えると深く被りなおした。
生暖かい海風が二人の間を通っていく。
「弟、ね…。そう言ってくれるのは姉さんだけだな。親父も他の兄貴も俺のことなんか気にしないからな」
「はあ、もうちょっとよく周りを見たらいいのに。
「ハッ…、あんな昔に死んだ兄貴のことなんか忘れたわ。引きこもりの兄貴のこともな!」
「ふん、そうですか。それならそれでいいですけど、それを聞いたら雅弥は怒ると思いますわ…」
千雨はリツという部外者が居るのに身内のことを話し過ぎたと心の内で反省し、話題を変えた。
「オホン…。琥斗、浴衣にその帽子は似合ってませんよ?」
「オイ。急に人のファッションにケチつけんな、それにこれは俺のトレードマークなんだよ」
「FHでの貴方の…ね。そういえば、もう一つ。那由里ちゃんが生きていたからこそ貴方に聞きたい事がありましたわ、10年前からずっと聞きたかった」
「……」
互いの翡翠色の瞳が合った。
「琥斗、仮にも皐月家の貴方がFHに入って手を汚す必要はありましたか?」
「…俺のやってることは無駄だって言いてえのか?」
「そうではなくて。私は貴方の立場ならFHに入らなくても…できることはあったのではないかということを言いたいだけです」
「はは…、本気で言ってんなら姉さんのこと見損なうぞ」
「見損なわれたら悲しいけれど、私は私のやるべきことをやるだけ。どう思うかは貴方が決めることなのでどうぞご自由に。私は琥斗の口から気持ちを聞きたいだけです」
「俺からも言わせてもらうが…、10年前。俺があのまま皐月に居たら、宵月咲間が生きてたと思ってんのか? 実験のモルモットにされてた
琥斗は黙っていたリツを千雨の前に差し出すとつづけた。
「わっ…」
「正直、代償が大きすぎて挫けそうになったことも後悔もあるわ。だがな、間違ったことをしたなんて
琥斗は千雨に言い放った。
千雨はふと笑うと、リツを見たあとに琥斗に目を合わせた。
「そうでしたか、琥斗の本音が少しでも聞けて良かったです。辛いときはお姉ちゃんの胸で泣いていいんですよ」
「誰が泣くかよ、調子乗んな」
「ふふ、そうですね」
千雨は二人に歩み寄った。
そして差し出されたリツと目線を合わせた。
「ねえ、琥斗。この子とお話してもいいですか?」
「ダメ」
「いいよ」
「オイ」
リツはかなり黙るのを我慢していた。
ついに話しかけられてうずうずしていた気持ちが綻んで返事をした。
琥斗は分かっていたことなので素直に諦めることにした。
「私は皐月千雨といいます、貴女のお名前は?」
「小花衣リツ!」
「ではリツちゃん。琥斗のことをどう思っています?」
「んー…、優しいリーダー!私を助けてくれたときは白馬の王子様みたいだなって思ったの」
「可愛い例えですね」
千雨はそう言いながらも琥斗を一瞥して笑いをこらえていた。
琥斗はそれに対して悪態をつく。
「うっっっざ…」
千雨は琥斗の悪態を聞き流して、リツの周囲をくるくると周って観察をした。
「リツちゃん……可愛いですわね、ロリータ系の服着てみませんか?」
「着てみたいけどガチのロリータは高いじゃん!」
「お金がかかるのはそうですね、着て写真を撮らせていただけるのでしたら出資させていただきたく…」
「俺の部下を買収するな!」
「えー、でもリーダー! ロリータ服着てみたい~」
「あんな女に惑わされるなよ」
「じゃあ琥斗が買ってあげたら?」
「それとこれとは話は別だろ!?」
千雨はくすりと笑うと琥斗の不意を突いた。
「ところで琥斗。那由里ちゃんをお祭りに誘わなかったんですか?」
「ぶっ」
琥斗が千雨の言葉で背中を刺されたのを見てリツもそれに乗っかった。
「あー、それがリーダーの好きな子の名前? 誘わなかったの?」
「お前ら、うっせぇな! 好きじゃねーし! それに俺なんかと来なくてもアイツはUGNイリーガルの…天谷弓槻と一緒にいたわ!!」
「リーダー…。ジェラってるんだね、かわいそ…。ってあれ…?」
リツは何か違和感を覚え、うんうんと唸ったがそれが何か思い出せず、まあいいかとすぐに考えるのをやめた。
「あら、那由里ちゃん。弓槻さんと一緒に来てるんですか? あらまあ…」
「何だよ、姉さん。アイツの事知ってんのかよ」
「夏休み前にオーヴァード児童養護施設のお手伝いに来ていただいたんですよ。とても優しい子だったので覚えています」
「…優しい…? 嘘だろ」
「いえいえ、嘘じゃないですよ。それに子供たちが弓槻さんとまた遊びたいって言ってたくらいですからね。子供に好かれるのは才能ですね」
「………」
琥斗は弓槻に対する評価を変えた。
変えたが、どうにも気にくわない感情を拭えずにいる。
「さて、じゃあ~…琥斗が那由里ちゃんに会いに行かないのなら私が会って来ましょうかね。お土産もありますし」
「お土産?」
「10年前の宵月家のアルバムです」
「……俺の写真抜いてあるんだろうな?」
「抜くわけないでしょう、女の子みたいなフリフリな服を着た琥斗のカワイイ写真を―――」
「リーダーの女装!? 見たい!!」
「見んな、見せんな!」
「ふふ、リツちゃんはまた今度見せてあげましょう」
「えー、ズルイー!」
リツは駄々をこねたが、琥斗がなだめた。
千雨は去る前に琥斗に声をかけた。
「琥斗」
「なんだよ」
「もしも…。本当に困ったときは頼っていいんですからね。
「…………あっそう…」
「まあ…雅弥は今日、貴方に
「雅弥兄さんにセキュリティ甘すぎって言っとけ」
「そうですね。ネズミ捕りでも付けましょうかと提案してみます」
千雨は笑ってそれで、別れの挨拶を口にした。
「それでは、琥斗。リツちゃん。いつかまた会いましょう」
「うん、バイバーイ!」
それだけ残すと千雨はふわりと姿を消した。
リツは大きく手を振る。
「……余計なお世話なんだよ」
琥斗が小さく零した時、鋭い頭痛に襲われて頭を押さえた。
「…っ」
琥斗は想定内の出来事に嫌気がさした。
「うん? どったのリーダー? 今度は顔色悪いよ」
「……"パイナップル"。予定変更だ」
そう言って琥斗は中折帽子をリツの頭に被せた。
「およ?」
「少し…俺の代わりを頼む。時間になったら"アスカロン"のところに行って、お前が計画を実行しろ」
「……リーダー、もしかして。あの人のところ行くの?」
リツからネガティブな感情を含んだ声が出る。
「私は、あの人嫌い。リーダー虐めるから………」
「…そんなこと言うな。俺の恩人だぞ」
「それも言わされてるんでしょ! リーダーのドМ! ばか!」
「ド…、うるさいな。少なくともお前に馬鹿とか言われたくないわ。…早く行け、命令だ」
「……、わかった…」
リツは渋々といった表情で中折帽子を受け取ると心配そうな表情で琥斗を見上げた。
琥斗はそれを意に介さず自身の頭を押さえながら、目で早く行くように訴えた。
リツは不貞腐れるような表情をしてそれに従って人ごみの方へ走り去っていった。
「ああ、もう…今行くから少しくらい待ってろよ。そんなに呼ばなくても分かってんだよ…」
―――自分が簡単に逃げられないことくらい。
悪態をつく独り言が思わず零れる。
琥斗は、ゆっくりと、誰もいないはずの六蒼館へと歩いて行った。
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