【EP1.5】追想の那由多
「お誕生日おめでとう、那由里」
10年前、そう言って6歳の誕生日に貰ったのがこの金色に輝く複雑機械懐中時計"No.160"のレプリカ。
貿易商をしていた父はよく海外出張で家を空けていたが、この日ばかりは帰ってきていて、一緒に祝ってくれた。
クリスマスも近い冬の日の昼間の出来事だ。
「何で俺には変なモンしか買って来んのに、なんでナユリにはなんでこんな良いモンあげるん!? ズルい!」
咲間はその時だけは駄々をこねるが、そういった華美なものよりゲームとかサッカーボールとか、そんな単純なものが好きなのを父も母も知っている。
「万年筆と悩んだんやけど、那由里がもうちょっと大きくなってからにしようかなて。この時計、どっちかって言うとパパが欲しくて買ってしもうたんよね…高かったけど」
父は照れ笑いしながら時計を那由里に預けた。
「那由里、外には持っていかんようにな。失くしたら…大変なことになるから…」
「それはあかんね、おうちでだいじにする…。パパ、ありがとう」
那由里は小さな声で父にお礼を言った。
母がケーキは夕方食べようねと言うと何故か咲間が今食べたいと言っていたりした。
咲間が駄々をこねていると家のベルが鳴る。
それに反応したのも咲間で、すぐに気が変わって玄関の方に走っていた。
「どうせアイツやろ!」
那由里もベルを鳴らした正体に思い当たる節があって、複雑な気持ちが湧いてきた。
どたどたと二つの子供の足音がするとドアを開けて、咲間と皐月琥斗が乗り込んできた、という表現が正しいくらいに勢いよくやってきた。
「やっぱりコトやったで」
「おじゃまします~」
「琥斗君来てくれたのね。ほら那由里…私の後ろに隠れないで」
那由里は母の後ろに隠れて天敵を見つめていた。
琥斗は悪戯を企んでいる時の表情で那由里に近づいた。
「那由里、お誕生日おめでとう。プレゼント、やるよ」
「い、いらん…だって琥斗君いっつも……」
そう言って、泣きそうな顔で首を横に振るが琥斗は勝手に那由里の手を掴むと何かを握らせた。
那由里はそれを恐る恐る見て…
「ぴっ―――!?」
那由里は小さな悲鳴を上げて蜘蛛のおもちゃを琥斗に投げ返した。
その那由里の様子を見て琥斗は笑っていたが、それを咎める声がドアの方からやってきた。
「こらっ! 琥斗、貴方何してるんですか!?」
「イタッ」
高校生くらいの女の子…琥斗の姉、千雨だ。
千雨は琥斗の頭に拳骨をお見舞いすると那由里の方へやってきた。
「ごめんなさいね、那由里ちゃん。琥斗ったらプレゼント持っていくって聞かなかったんですけど、このバカは真っ先に悪戯するなんて…」
「バラすなよ、姉さん! ちゃんと持ってきてるし!!」
琥斗は千雨を押しのけると那由里にきちんとプレゼントを渡した。
「先に謝りなさいよ」
「う…。ごめん、那由里。ほら、プレゼント…」
琥斗は赤面しつつも開けるように促した。
那由里が慎重になっているのを見て琥斗は弁明をした。
「大丈夫だから。怖いやつ、入ってねーよ…」
「…嘘やったら琥斗君嫌いになる」
「嘘じゃないって」
白い縦長の箱。
ゆっくり開けると銀色のネックレスが入っていた。
明らかに小学生が小学生に贈るようなものではない、背伸びをしたプレゼントだった。
「…綺麗。ありがとう…琥斗君」
「そ、それじゃあ…、咲間、遊ぼうぜ!」
琥斗は自身の表情を隠すように後ろに居た咲間を引っ張って子供部屋でテレビゲームを始めた。
「はぁ、琥斗…何してるんだか…」
「あらあら…」
千雨と母は琥斗が照れ隠しですぐに引っ込んでしまったの気付いて静かに笑った。
「そういえば千雨ちゃん、今日お泊りって聞いたけれど…」
「あっ、ごめんなさい! 実は私、この後に用事が出来てしまいまして…。琥斗だけお泊りでも大丈夫ですか?」
千雨は母にそう言って頼んだ。
母は承諾すると、準備に向かい、千雨は那由里に声をかけた。
「那由里ちゃん、お誕生日おめでとうございます。あの子はあんまり言いませんでしたが、プレゼントは私と琥斗からということでお願いします」
「千雨さん、帰ってしまうん…?」
「すみません…あと1時間くらいしたら帰らなくては行けなくて…。それまで何して遊びましょうか? 那由里ちゃん」
「そ、それならね…」
那由里はそう言って、絵本を何冊か読んでもらって過ごした。
千雨は時間になると帰ってしまったが、色々話してもらえて嬉しかった。
琥斗も咲間もやんちゃなので、那由里と話したいようなことが話せないから。
そうして夕方にはケーキを食べて、ちょっと特別な日を終えようと夜に子供部屋でベッドに入り込んだ。
琥斗は一緒に子供部屋で寝ることになっていて、そして寝る前に咲間と那由里にこう声をかけた。
「なあ、いまからこっそりと秘密基地まで冒険に行かないか」
「なんそれ、面白そうやね」
「お兄ちゃん、琥斗君…。そんなことしたらあかんよ」
「…多数決はこっちの勝ちだから行くぞ」
「もう!」
琥斗の言う秘密基地、とは歩いて10分くらいのところにある皐月の別荘のことだ。
普段使いしていない、時々清掃が来る程度の大きな屋敷。
綺麗にしてあるからと琥斗がいつも鍵をくすねてきては勝手に出入りしていた。
咲間と琥斗の二人はゲームを持っていこうだとか話して鞄に携帯ゲーム機を入れていた。
呆れた那由里は自分がしっかりして二人を見張っていないと、という気持ちで付いていくことにした。
琥斗は那由里に"大事なもの"を持っていくようにしきりに促していた。
琥斗の目線の先にあったのは先ほどもらったばかりの懐中時計。
「琥斗君、それはお父さんが外に持っていくなって言うたもん…」
「いいじゃん、ちょっと悪いことしたって」
「嫌…失くしたらお父さんが困る…」
那由里はそう言ったが、琥斗は懐中時計を奪って、そのチェーンを那由里の首にかけた。
「…その、可愛いからつけとけって」
「……うぅ…」
那由里はそう言われることに悪い気はしなかったが、さっそく父との約束を破る後ろめたさはあった。
靴は琥斗が玄関からいつの間にか持ってきていて、準備を終えた三人は窓から庭に出て暗い夜道を歩いた。
いつもより静かな日だった。
寒い中を歩いて、秘密基地に付いた。
咲間はるんるんと夜道を楽しんでいたが、那由里は罪悪感と両親にバレた時にどう言い訳をするべきかで気持ちがいっぱいだった。
琥斗は鍵を開けると、静かにするようにと、明かりを付けないように言った。
屋敷の地下室はごちゃごちゃとした物置であったが、そこが子供にとっては居心地が良く、一番好きだった。
わざわざそこまで電気ストーブを引きずっていき、咲間が地下室へ一番に乗り込む。
「琥斗君、入らへんの? 寒いよ?」
「……うん。あぁ…今行く」
那由里が部屋の中に入るよう促すが、琥斗はどこか別の事に意識を割いているようで、何度か扉の外を見ていた。
扉を閉め、電気ストーブの前に集まった。
「コト、何しよったん? なんか気になるん?」
「いや…、なんでもない」
部屋も温まってきた頃、那由里はうとうとと眠気に襲われていた。
物置にあった毛布に丸まって那由里は睡魔と戦う。
咲間と琥斗は騒ぐのを抑えながら、携帯ゲームで遊んでいた。
「ナユリは寝とってええよ?」
「うん…」
「……おやすみ、那由里」
琥斗は何か、言いたいことを飲み込んだようにして那由里を寝かしつけた。
* * *
誰かに抱えられるような感覚がして那由里は目が覚めた。
瞼も身体も、何故かまともに動かせないくらいに重い。
「―――琥斗、くん…?」
「お前、どうして…」
琥斗が那由里を抱えていた。
今となっては普通、七歳の男児が少し小さい程度の女児をまともに抱えられるはずがないと思えるのだが、その時はそこまで頭が回らなかった。
琥斗はバツの悪そうな表情をしていた。
「那由里、ここに隠れてろ。絶対に出て来ちゃだめだからな」
「………どう、したの…?」
那由里をクローゼットの中に座らせる。
「何でもないから、ちょっと寝てろ。…頼む」
琥斗の苦しそうな顔が那由里を不安にさせた。
「咲間も今連れてくる――――」
しかし、那由里がその不安を口にする前に、琥斗は何かに気付いたようで、那由里をクローゼットに押し込んだ。
「わっ…琥斗く………」
勢いよくクローゼットの扉を閉めると、真っ暗になった。
開けてという前に扉の外から轟音と振動が響いて、言葉は詰まり、身体が強張った。
「余計な真似してくれるじゃないか。クソガキめ」
外から低い男の声が聞こえた。
それに交じって小さく咳き込む声が聞こえる。
「さて、"No160"はどこだ?」
「ッ、教えるかよ、バーカ」
琥斗がそう返事をして、鈍い音、何かが滴る音が耳に残った。
何が起きたのか那由里は想像したくなかった。
「領域操作っつーもんは面倒くさいんだよな。本当によ、小さな空間も迷路にしやがって」
クローゼットの外を探る音が響く…。
心臓が跳ねそうになっている。
那由里は目を瞑って、泣きそうな声を押し殺しながら耐えていた。
男のモノであろう大きめの足音が自身のクローゼットの前に来た。
もうだめだ。
そう思った時、カチリと何かが音を立てた――――。
…
……
………
――――静寂。
しばらくそのまま。何も、起こらなかった。
恐る恐る目を開けると真っ暗なクローゼットの中ではなく、星空が目に飛び込んできた。
抽象的な宇宙の中を歩いているような感覚。
後になってここはディメンジョンという異空間だということを知る。
父や母、咲間の名前を呼びながら、泣きながらその中を彷徨った。
あれから、私は何があったか知らない。そして———ここから先、私は無意識のままに時間の歪んだ世界へと旅に出ることになった。
いつの間にか星空に幸せな過去も凄惨な出来事も、ほぼ全ての記憶と思い出を置いてきてしまったくらい、とても永い旅だった。
その星空以外何もなかったはずの空間で"シンギュラリティ"と出会い、共に異空間から出た。
何百年と居た気がするが、最後の日からから5年ほどしか経っていなかった。
そして星空以外の光景が、私にとっては眩しすぎた。
これ思い出したくもない気分だ、これ以上はもう大丈夫。
忘れてしまってからのことはまだ覚えているし――――…。
それに。
私の記憶から何を知りたいかは知らないけれど、私の記憶を探るのはやめろ。
―——千雨さん。
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