【EP2.5】絵空事の花火
リツは中折帽子を被ったまま人の波の中を縫うように走っていた。
リーダーが自分に命令してくれたことが嬉しい。
リーダーが自分に大切な帽子を預けてくれたのが嬉しい。
このオレンジ色のお祭りの雰囲気が楽しい。
今から引きずり出す奇跡を考えるだけで幸せだし、この後のダーリンとのデートの事を考えるだけでワクワクが止まらない。
…はずだったが、リーダー・皐月琥斗の様子が心配で、幸福の天秤に掛けられたようだった。
「……はぁ」
どうにも良いことばかりではなく、溜息が混じる。
しかし、こんな日常も少し前のリツには考えられないくらい幸福な時間だ。
「爆弾は…っと、あっ。使っちゃいけないんだった…」
つい無意識に
代わりに、人の波を逸れたあたりで、火をつけたねずみ花火を20個くらい放り投げて溢れた気持ちを解消した。
「なはは~、もうちょっと派手な方がいいなあ!」
すっきりはしないがこれで我慢をする。
これから御翠市には素敵な"爆弾"をお見舞いするのだから。
そうして過ごして、作戦時間に"アスカロン"と第二地点で合流する。
ちょうどその頃、雨が降り始め、次第に雨音が大きくなる。
「やっほー来たよ! "アスカロン"」
「んあ? "パイナップル"、"イエローヘッド"はどうしたんだ?」
「私がリーダー代理なの!」
詩矢はリツが琥斗の帽子を被っていたので、琥斗がリツに今回の作戦を預けたということには気づいた。
しかし、詩矢は困った顔をした。
「……、お前に代理を任せたのは百歩譲って良い。けど……船は誰が運転するんだ? 俺はできないぞ」
「なはは~、私もできない………、えっっ!? どうやって作戦やるの!?? "アスカロン"は運転できないの!? リーダーみたいに無免許かっこいいできないの!?」
「馬鹿、騒がしい。気づかれたらどうするんだ。"イエローヘッド"が運転する手筈だったから…」
「ありゃ~、どうしよっか…? 漁師のおじさんとかひっ捕まえて脅そうか?」
「それは…」
と二人で考えていると近くから声がかかる。
「お困りか?
詩矢にはその声は聞き覚えがあって、すぐに臨戦態勢に入った。
近くの物陰から金髪、怪しく光る赤い目の男が手を振り、フレンドリーな仕草を見せながら姿を現す。
「っ! …"シンギュラリティ"。何しにきやがった」
「いやあ…、人ごみの中で見たことのある帽子被ってるやつがいてさ。もしかしたら"イエローヘッド"が不思議パワーで幼女化して"ピンクヘッド"になったのかと思って。後を付けちゃったぜ」
「ぷぷ…ほんとにリーダーが幼女化したら私も見てみたいな!」
「おい、"パイナップル"こいつと真面目に話すな。———敵だぞ」
「…そうなの?」
リツはきょとんとした表情で男を見た。
"シンギュラリティ"
詩矢と同じ御翠学園高等部1年生でクラスメイトではあるのだが、この男は掴みどころがない年齢不詳のオーヴァードだ。
FHのマスターエージェントの称号を捨て、行方を眩ました。5年ほど行方不明の期間を経て、現在何故かUGNのイリーガルをしている…と"イエローヘッド"から聞いた"シンギュラリティ"の情報だ。
それとは別に詩矢には個人的な恨みがある。
三か月前の御翠市陥落計画の実行中に衝突した際、この男の能力でエフェクトがうまく使えなくなってしまったのだ。
それがあって詩矢は簡単に警戒を解くことはできない。
「で、困ってるんじゃないのか? お前ら」
「えっと…ボートが運転できなくて―――」
「"パイナップル"! コイツだけは駄目だ!」
「でも…」
「あははっ、"アスカロン"に嫌われてるなあ? でも俺もお前嫌いだから。俺はもう一回お前を殺してもいいぞ」
詩矢と和臣は睨み合ったまま海波と雨が打ち付ける音だけが聞こえる。
リツはどうしようと困っていた。
「まあ俺はお前たちを殴り倒して計画を乗っ取ってもいいんだけど、どうせなら俺を利用してくれるくらいの気概を見せて欲しいなあって」
和臣の強調したその発言にリツも詩矢も気付いた。
詩矢は意図を読み取った上でそれに応えなかったが、リツは違った。
「いいよ。手伝ってよ"シンギュラリティ"!」
「馬鹿…!」
「おっ、こいつと違ってお前は分かりやすくて良いな! で、"ピンクヘッド"は俺に何を報酬としてくれるんだ?」
「ほうしゅう…? えっ、あっ……、私、お金持ってないよ! リーダーが後で払う!!」
「ぶはっ、いや…思ったより純粋だったわ。まぁ…冗談だから報酬は気にすんなよ」
「えっ! 年下に
和臣は悪びれる様子もなく、へらっと笑って勝手に船に乗り込んだ。
そして、自身の指先をキーンナイフで切ると自身の血を操って小型船の鍵穴に血を流し込んで固め、回す。そしてエンジンが動き出す。
「ほら、乗れよ。5カウント以内に乗らないなら置いていくぞー」
「ありゃ? ほんとにいいの?」
「……コイツは気まぐれが働いてるだけだろ」
「そうそう、俺の気まぐれ。気まぐれで"アスカロン"は海に放り投げるわ」
「あ?」
「ほーら、早く。時間ないだろ?」
リツは意気揚々と詩矢はしぶしぶとボートに乗り込む。
和臣は手慣れた動作で小型船を動かした。
「"シンギュラリティ"も無免許くせに運転できるのかっこいいね!」
「はは、お前たちも車と船と戦闘機くらい運転できると重宝されるぞ」
「戦闘機とかどこで練習すんだよ…」
和臣は二人から作戦を聞くでもなく目的地へとボートを走らせた。
和臣の分かっている態度に琥斗とはある程度話し合って来たのだと思わせられた。
リツはその様子を横で見て話しかける。
「ねえねえ"シンギュラリティ"はなんでFHやめちゃったの?」
「…俺がFHやめてるように見える?」
「確かに。"シンギュラリティ"はUGNよりFHの方がしっくりくるよ?」
「だろ? 俺もそう思うぜ」
自身のことで頷く和臣の背後では詩矢が不機嫌そうに敵対的な目を向けていた。
「適当にはぐらかすなよ、それで受け流せるのは"パイナップル"ぐらいだ」
「なんだ、俺のこと知りたいのか? "アスカロン"は素直じゃねぇなぁ」
「くっそうぜぇ…。俺はてめーが敵なのか味方なのか知りてーだけだよ。
「うーん、俺は味方になりたい奴に味方に付くだけだぜ。ま、お前らの背中を撃つかもしれないからな、ほどほどに警戒しとけ?」
「はー…、腹立つな」
くすくすと悪戯に笑う和臣と、ぎりぎりと歯軋りで怒りを飲み込む詩矢。
それを見てリツが一言。
「仲いいね!」
「何処をどうみたらそう見えんだよ…」
リツの言葉に気が抜けて、呆れるようにボートの縁に崩れ落ちた詩矢。
頭を抱え、そういえばと思ったことを口に出す。
「つか、作戦のこと、お前は聞かなくてよかったのかよ」
「なんとなくわかってるから、話さなくても話してくれてもどっちでも良いな。俺、これ以上手を貸す気はないし?」
「そうかよ……まぁ"パイナップル"も
詩矢は今回の作戦の内容を二人に伝える。
リツはウキウキとした表情で聞き、和臣は運転をしながらどこか遠くを見ていた。
「ところで…何でお前は気まぐれとはいえ手を貸す気になったんだ?」
「それは俺が大層な事よりもくだらない事の方が好きだからだな」
「うん…?」
リツがどういう意味だろうと首をかしげると詩矢は噛み砕いて伝えた。
「"パイナップル"、俺たちの計画はくだらねえって言われてんだよ」
「俺なりの誉め言葉なんだけどなあ!」
「くだらねえって言われて喜ぶ奴はごく一部だろうよ」
「でも、くだらないから手伝ってくれるんだ?」
「そ。"イエローヘッド"もお前らも。子供の絵空事みたいなのを本気にしてるのが俺はだーい好きなの」
「キッモ…」
詩矢は和臣に暴言を吐き捨てた。
しかしリツは和臣の考えに同意した。
「あー…、でもなんかそれはねえ、私は分かるかもしれない。リーダーは考えが可愛い。絵本のシンデレラみたいな感じ」
「ふはっ、俺はお前の考え方も好きだよ。…ああ、安心してくれ、"アスカロン"は嫌いだぜ」
「いちいち言わなくていいことを言うな、ウゼェ…」
和臣は楽しそうに笑った。
そうしていると、リツたちの目的地が近づいた。
陸から遠くに見えていたが、沖の大きな船と船台。
御翠納涼花火大会の花火を打ち上げる場所だ。
和臣は船台の近くにボートを着ける。
「じゃあ、あとはがんばれ~?」
「言われなくてもっ! "アスカロン"行こ~!」
「俺が先に行く、"パイナップル"。これ忘れんな」
「そうだったっ!」
リツは大きな"爆弾"を抱える。
小型船が船台に近づくと二人は飛び出した。
船台に乗り上げると、詩矢は<ワーディング>を使って乗っている人たちの意識を奪った。
何人か意識を失わなかったが、UGNの警備だろう。
アスカロンは自身の骨から生み出した
衝撃で船台が大きく揺れ、リツはバランスを崩しそうになる。
「うわわっ! "アスカロン"、船壊しちゃだめだよ~!」
「やっべ、つい…」
リツはよたよたと目的の場所へたどり着いた。
大きな花火を打ち上げる筒、それに自身の持ってきた"爆弾"を押し込んだ。
「よしっ、あとは点火スイッチだ!」
リツがスイッチに向かう頃には、詩矢は船台にいた警備を全員気絶させていた。
和臣も船台に乗り上げてその様子を見て、隠していた端末と装置で祭り会場の放送設備を乗っ取った。
「おい、"シンギュラリティ"。てめー何してんだ!」
気付いた詩矢が警戒した様子で和臣に寄ってくる。
「お前らの邪魔じゃねーよ。サプライズは必要だろ?」
和臣は楽しそうに笑みを見せた。
リツも楽しげな表情で点火スイッチのところまでたどり着いて手を振った。
「点火するよー!」
「いいぞー!」
「何でお前が返事するんだ」
―――こっちは上手くできたよ、リーダー!
「さあ、御翠市! リーダーの可愛い悪意を喰らえ~!」
リツは、点火スイッチを押す。
雨の中。大きな音を立てて、"爆弾"が撃ちあがっていく―――
和臣はサプライズを告げる放送を無線から送り込んだ。
文字通り、雨を吹き飛ばす七色の巨大な花火が空を彩った。
広範囲の雨雲がすべて晴れ、沈みかけた夕日が差し込み、空に虹がかかる。
「UGN、皐月家―――これは私たちからの脅迫だ! 花火大会をやれ! みんな楽しみにしてるんだからね!」
中折帽子を被った小柄のリーダー代理は桃色の声で気絶しているUGNエージェントのを端末を奪って一方的に言い放って捨てた。
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