【EP3.0】雪解け
なゆたは隣に居た千雨を突き飛ばした。
小さな悲鳴が上がって、彼女は尻もちをついた。
「きゃっ…!」
「な、なゆたちゃん!? 何してるの!?」
「………ッ」
なゆたは何度も肩で大きく息をし、呼吸を整えようとした。
少し経ってから自身の瞳から涙が流れている事に気付く。
「…わざわざ、私の味方じゃないって教えてくれてありがとう。千雨さん」
「ふふ…。そう、上手くはいかないものですわね…。流石です、那由里ちゃん…」
なゆたの濡れ冷めた瞳の先には、具合の悪そうな千雨が座り込んでいる。
弓槻は状況が読み込めずに、オロオロとしていた。
「しかし那由里ちゃん…、貴女はどれだけの時間を………」
「それに関して、千雨さんに話すことはないよ」
なゆたは服の袖で涙を拭うと瞳の奥に怪しい光を灯した。
「こんなことまでして何が知りたかったの?」
「……、私はマティアスさんのことが知りたかっただけですわ」
「ふーん、メイさん人気者だね」
重い雰囲気の中に生ぬるい風が吹き抜ける。
それをぶち壊したのは二人の間でオドオドしている男だ。
「あ…、えっと…2人とも。喧嘩しちゃだめだよ…?」
「するわけないでしょ、人数不利だし。…もしかして、弓槻君。周りに千雨さんの護衛がいるの気付いてないの?」
「えっ!? ウソッ!」
弓槻はきょろきょろと辺りを見回してようやく数人、近くで見張っている人たちを見つけることができた。
そんなことをしているのを余所になゆたは千雨に歩み寄って、手を差し伸べた。
「はい」
「えっ……」
千雨はきょとんと差し出された手を見ていた。
「別に。何でも無いよ。理由が必要なら適当につけるよ、思い出させてくれたお礼とか昔遊んでくれたお礼とかね」
「…手を差し伸べられても、私は先ほどの件は謝れませんわよ」
「別にいいよ、謝られたって許すつもりじゃないし」
千雨はなゆたの手を取り、フラフラとした足取りで立つ。
「ち、千雨さん。大丈夫ですか…?」
「…ええ、大丈夫です。そもそも、この力を使うと少し疲れてしまうので、お気になさらず」
心配した弓槻の気遣いに千雨は大きく息を吐いて返事をした。
「……那由里ちゃん、思い出せましたか?」
「お陰様で完璧に思い出せた。あと…お願いがあるんだけど…」
「何でしょう?」
「このアルバムの写真、全部欲しいから複製してもいい?」
千雨はくすりと笑って言った。
「それごとあげますよ。それはいつか咲間君か那由里ちゃんが生きていたら、渡すつもりで作ったものなんです。この間、咲間君と会った時は持っていなかったので…。那由里ちゃんに渡しておきます。二人で仲良く見てくださいね」
「そう、ありがと」
なゆたはアルバムを大事そうに抱えた後、鞄にしまった。
「千雨さん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど…」
「―――詫びにもならないでしょうが、私に答えられる範囲でお答えしますわ」
「だったら…私のお父さんとお母さんはどうなったの? ——ああ、期待はしてないからはっきり教えて欲しいな」
「…お二人は残念な結果になりました。あの時、別所でもFHの襲撃があり、UGNの到着は遅れ、エージェントがたどり着いたときにはお二人は息を引き取っていたそうです。お二人のお墓は皐月家が責任をもって、那由里ちゃんたちの地元のお寺で管理しています。盆は過ぎてしまいましたが、いつか手を合わせに行ってあげてください。詳細は…あとで久瀬支部長を通して咲間君に渡しておきますわ」
「そう…、わかった。それと、私は琥斗君にクローゼットに押し込まれたことまでしか知らない。あの後何があったか知ってる?」
「…遅れたUGNは当然子供たちが居なくなっているのにも気づき、FHに誘拐されたものとして動いたのですが、別荘の方で死傷したFHエージェント数名が発見されました。あの場で抵抗できたのは生まれつきオーヴァードだったのは琥斗だけ。お二人が覚醒したということもあったかもしれませんが…、ここからはUGN側の長期調査結果も交えて私の知っている事をお話しますね」
千雨は調査結果のすべてが正しいわけではないことを添えて続けた。
「……琥斗は確かに生まれつきのオーヴァードだったのですが、あの事件の日までは、今でいうイージーエフェクト程度しか使えない体質の子だったんです。琥斗は何かしらの外的要因を受けてレネゲイドウィルスの力を増幅させ、宵月家を襲撃したFHエージェントを数名死傷させたようです。後日、子供たちの行方を追い、私たちがようやく探し出して、琥斗に再び会った時にはフロンツセルのセルリーダーを名乗っていました。事件のことを聞いても何も答えてくれませんでしたし…、咲間君の行方は琥斗が抱えていたため琥斗と咲間君はFHの誘拐ということで結論。那由里ちゃんの行方はわからないようでした」
ふう、と息を吐いて千雨はなゆたを見た。
「那由里ちゃん自身の事は那由里ちゃんが一番わかってますよね。私が知っているのはこれくらいですかね」
「うん、大体わかった」
「後、気になるのは…千雨さん。千雨さんは…この事件が起こるのを知ってて琥斗君を残して帰ったの?」
「……私は事件が起きるのを知らなかった、と答えておきましょう」
「…ふーん」
千雨はやりきれない表情を
水面下で探り合っているようなどこか張り詰めた空気の中、なゆたと千雨が話をしていたらちょうど18時。
弓槻がスマートフォンで鳴らしたアラームと同時に陽気な声がかかる。
「やっほ、弓槻。なゆちゃん。あと……知らない綺麗なお姉さん。お待たせ♪」
「…あっ、待ったよ~和臣~!」
弓槻は和臣を抱きしめた。
「お留守番よくできました~。なゆちゃんもありがとね、弓槻の面倒見てくれて」
「ううん、大丈夫———いや、大丈夫じゃなかった。私に弓槻君のお守りは無理、才能がない」
「ごめんってば、なゆたちゃん…」
弓槻は和臣に引っ付いたままなゆたに謝る。
この薄っぺらい男はまるで説得力がない。
「初めまして、どこかでお会いしたような気がしますが、貴方が初めてというのであればそうなのでしょうね。皐月千雨と申します」
「俺は嗣原和臣! よろしくね、千雨さんも俺たちとデートする?」
「若い子に囲まれるのは悪い気はしませんが、私はこれから用事がありまして…。また時間が合うときにでもお供しましょう」
千雨は顔色が悪そうだが、ゆっくりと歩き出して、一度なゆたの近くへ来た。
「那由里ちゃん。今から、もしも時間があって気が向いたのであれば…あそこに見える…
「なんで急に…」
千雨はなゆたに鍵を握らせる。
「……鍵をお貸しします。あの館は皐月が客人を迎えるために持っている屋敷なのですが、今日勝手に皐月の管理室から鍵をくすねた悪い子が居ましてね。懲らしめて欲しいわけですよ」
「うわー、誰だろうなー…」
「少し高台にあるのでバルコニーからは花火がよく見えると思います。鍵は今度会った時か、御翠UGNの久瀬支部長に渡してくれたらわかってくれますから」
なゆたの返事も待たずに、千雨は帰る支度をする。
「では、私はこの辺で失礼します。みなさん、奇跡の花火大会を楽しんでくださいね」
そう言うと、近くで待機していた黒服の護衛を引き連れて行ってしまった。
「…はぁ、これが主目的か。あの人に嵌められたなって感じがする」
なゆたは大きなため息を吐いた。
「まさにズルいって感じだよな~、あのやり口」
和臣は察したように言う。
「よし、弓槻。俺たちもなゆちゃんについていこう。皐月センパイが狼しないとも限らないワケだし。皐月センパイの機嫌が良ければ人が少ない尚且つ豪邸で花火が見れる」
「それは名案だね」
「ちょっと。何で二人も行く流れになってるの…」
「いいじゃん~。それに俺の勘が悪い予感を告げてるんだよね。…もしかして、行かないの? なゆちゃん」
「行くけどさ…、本当に回りくどいなって思ってるだけ」
そう零して、3人で言われた館に歩き出す。
「結局、和臣君は琥斗君の計画を手伝ったの?」
「違うよ~。手伝ったんじゃなくて脅されたんだよ~、手伝わなきゃ殺すってね」
「和臣君が脅されるわけないでしょ、逆に脅したんじゃないの?」
「てへっ♪」
「可哀そうに琥斗君…」
和臣は表情を明るく可愛い子ぶった。
やっていることは可愛い気の欠片もない。
「和臣は本当に何してきたの?」
「"イエローヘッド"の代わりにボートを運転してやっただけだよ。あとは~…まぁ、フロンツセル以外に紛れ込んだ奴をちょっと御翠に二度と来たくないって身体にしてきてやっただけだぜ」
「随分とバイオレンス。和臣、ボート運転できるんだ」
「トラックとか戦車とか戦闘機とか大型客船とか、乗り物なら大体イケるな…。宇宙船は流石に乗ったことない――――今度乗ってみるか」
「いつか宇宙旅行が当たり前にできるようになったら活躍できるかもしれないね」
弓槻は先ほどと違ってまだ表情が明るかった。
もう少しだけ時間がかかる徒歩の道。
他愛のない会話と、少し屋台で寄り道しながら館を目指した。
しばらくして、洋館と呼ぶにふさわしい二階建ての茶と白を基調とした屋敷が現れた。
門の格子の隙間から見える庭は手入れもきちんとしてあるようだ。
館の明かりは付いてはいなかったが、門の呼び鈴を和臣が勝手に鳴らす。
返事はなかった。
「琥斗君、居るなら出てきてよ」
なゆたが声をかける。
しばらく待ったが、それでも返事はなかった。
「皐月先輩いないのかな…」
「うーん。いや…違うと思うな。館の中から微かに血の匂いがする、皐月センパイの血の匂いが―――、ね」
和臣は犬のように、鼻を効かせるためにスンスンと周辺の空気を嗅いでいた。
「たしかに微かに血の匂いはするけど…。和臣は誰の血の匂いか、なんてよく分かるね…」
「前に戦ったし、何なら美味しく舐めさせてもらった! そこまでしたら流石に覚えるぜ?」
「素直に引く」
なゆたは和臣をきっぱりと言葉で割り切ると門に手をかけた。
鍵を差し込むと門を開ける。
「ガチで引かないでよ、なゆちゃん。あの時はただ本当にセンパイにトドメを刺すつもりだったんだから」
「わかったわかった。……何はともあれ、琥斗君にトドメを刺さずに済んでよかったよ。今、館で死んでるかもしれないけど」
「…ん? なゆちゃんが皐月琥斗にそう言うとは…さては思い出したな?」
「ついさっきね」
「あの、皐月千雨が居たからそんな気がしたけど」
和臣がよかったねと言うものの、なゆたは気持ちの変わりように戸惑い、複雑な表情をしていた。
その気持ちのまま館へ進む。
「弓槻。何が起こるかわかんないから、戦闘態勢ね」
「うん、わかった」
「和臣君が居るなら大抵勝てるけどね」
「俺だけだと火力不足なんだね、なゆたちゃん……」
弓槻が悲しい顔をしたが、なゆたはそれを見て見ぬふり、聞かぬふりもしてなゆたが先を歩く。
和臣もいつの間にか手元でキーンナイフを弄んでいて戦う準備は万全といったところだ。
「匂いは…二階だな。風も感じるからベランダかどこか、窓が開いてるかも」
和臣は鼻を利かせながら、血の匂いを辿る。
なゆたを先頭、和臣を最後尾にして3人は二階へ上がった。
生暖かい風が近くから吹いて、そこの先のバルコニーで皐月琥斗が倒れていた。
うつ伏せで口から血を吐いたような少量の血が口元付近で血だまりを作っていた。
「ひえっ…!」
誰よりも先に小さな悲鳴を上げたのは弓槻で、他の二人は警戒心を解かずに周囲の様子を伺っていた。
「ここは……、無残なセンパイ以外に何も居なさそうだな。弓槻、なゆちゃんと一緒に居て。俺、館の中を確認してくるから」
「わ、わかった…」
弓槻はなゆたの後ろに隠れて様子を伺っていた。
「…琥斗君。生きてる?」
なゆたが近くでしゃがみ込んで脈や呼吸を確認する。
「一応生きてるね。…ちゃんと≪リザレクト≫して、不用心に寝てるだけかな」
「生きてるの、さすがオーヴァード…。だけど皐月先輩がやられるなんて…」
「いや、たぶん…琥斗君は誰かと戦って負けたんじゃなくて、あの男に
「あの人ね…あれからどうもシプレー系の匂い苦手になっちゃったんだよね…」
シプレーの男…琥斗の上司である"マスターオラクル"の事だ。
深緑の長く伸ばした髪を後ろで一つに縛り、赤色のメッシュ。
金のフチ眼鏡の奥は怪しく金色の瞳が覗いていて、白衣をゆるく着た吐き気のする男。
オーヴァードに関する知識の探求のために非人道的なことばかりをする。
"賢者の石"を人工的に生み出す技術を主に研究していて、過去に宵月咲間に"賢者の石"を生み出した実績がある。
「…ここに少しだけその香りがするからなゆちゃんの考えがあってると思う」
「本当に鼻が利くね」
和臣は素早く屋敷を一周してきたのだろう。二人のいるバルコニーに戻ってきた。
「報告としては、館の中に危険はなかったよ。どうする? "イエローヘッド"、UGNに突き出してみる?」
「そうなったら、今日の和臣君の悪事もバレるね」
「…やめておいてやろうじゃないか」
和臣は適当にしらばっくれるとバルコニーの周囲で何かを探し始める。
「どうせここら辺に……あったあった」
和臣はどこからか琥斗がいつも持っている仕込み杖を引きずり出す。
「いったん没収しとこう。起きた時に抵抗されると面倒だし、何より…"日常"に武器は必要ないからな!」
「じゃあ縛る…とか?」
「そこまでしなくていいんじゃない。和臣君、弓槻君ちょっと手伝って」
なゆたはあれこれと二人に指示を出す。
琥斗は相当お疲れだったのだろうか。多少触れても、騒いでも、まったく目を覚まさなかった。
「よし、これで起きたら琥斗君びっくりでしょ」
「悪くない、平和的な罰ゲームだな」
「でもこれ、罰ゲームって言うよりかは…いや、どうなんだろう…」
弓槻は、可愛いからいいかとそれ以上の追求をやめた。
花火が打ち上がるまであと10分――――。
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